062 潜水
英修サイドから。
斎川睦視点です。
「何やってんだ! そいつは簡単に打たせるなっ!」
私の隣に座る2年生の初瀬巡、“めぐりん”が声を張り上げる。
その前では、メガネの人物……コーチの西弘幸が戦況を見つめていた。
眉間に皺を寄せた渋い顔して腕を組み、うろうろ……落ち着きなく歩き回っている。
その様子が何だか可笑しくて、ニヤついてしまう口元を、肩から掛けたタオルで隠す。
そんなに心配なら、メンバー変えなきゃ良いのに……。
幕張英修と国府台昴の試合は最終第4Qへと突入していた。
24点差が付いた事もあって、西君は予定通りメンバーチェンジを実行。
それまで試合に出ていたメンバーを全員下げ、ここまでプレータイムを得られていない、控えの選手たちをコートへと送り出している。
訂正。
予定通りとは言えないか。
まさか西君も、初戦からここまで苦戦とは思ってなかっただろうな。
相手のすばる高は無名の初出場校。
当初はもっと早い段階でレギュラーを下げるつもりだったハズだ。
インターハイのトーナメントは過密日程が続く。
今日はこの試合だけだけど、勝ち進めば明日も2試合。
オールコートプレスを多用するウチのチームは、他のチームに比べ選手の消耗が激しい。
その為にいくら英修が厳しい練習を積んでるとは言っても、相手もどんどん強くなる先を見据えて、主力選手の消耗は極力避けたい。
そんな西君のプラン、考えは分かる。
分かるけど……ホント、アタマが固いよなぁ。
西君は、自分のゲームプランを頑なに守ろうとするところがある。
その所為か、臨機応変さに欠けるコーチだ。
そんなコーチの性格は、英修というチーム性にも良く表れている。
型にハマった時は盤石だけど、予定外の事が起きた時は柔軟な対応が出来ず苦戦する。
ギャラリーの一角に目を移す。
そこは、愛しのエイジ君が居る場所だ。
エイジ君は、ギャラリーの手すりに片肘を乗せながら試合を観ていた。
その姿も絵になっていてカッコイイ。
ふと、西君じゃなくて、エイジ君が英修のコーチだったら良かったのになぁなんて事を思う。
エイジ君ならきっと、西君とは全然違うチームを作るんだろうな。
そんなエイジ君が作るチームの中心に私がいて、彼に勝利を届ける。
よしよしと犬みたいに褒められて、私は尻尾を振りながらまたボールを追いかけるのだ。
嗚呼……なんて幸せ。
―――!
そんな妄想に耽っていたら、どよめきに近い声が館内に響いた。
「速攻だ! 止めろっ!」
隣のめぐりんが叫ぶより速く、ボールを持つすばる高の選手が駆け出す。
楓ちゃんだ。
あっという間にトップスピードに乗った彼女が、単騎で英修側の陣内へと突っ込んでいく。
その圧倒的な勢いのドリブルを、誰も止める事が出来ない。
そのままディフェンスを切り裂き、レイアップシュートを決められてしまった。
すばる高の……いや、楓ちゃんの連続ゴールで、点差が19点になる。
「みんな落ち着け! 試合に入れてないぞっ!」
それまで腕を組んで戦況を見つめていた西君が、両手を口元に当ててコート内の選手に声を掛ける。
試合に出てる英修の選手は、誰ひとり試合の流れに入れていない。
楓ちゃんが見舞った先制パンチに、完全に面食らった格好だ。
第3Qでは精彩を欠いていた相手のエースが、インターバルを挟んで息を吹き返した。
「一本! 落ち着いていこう!」
私の2つ上、ポイントガードを務める3年生が、ゆっくりとボールを運びながら周りに声を掛ける。
周りに、というより、自分に言い聞かせているように思えるけど。
そこへ、楓ちゃんが猛然とチェックを掛けに行く。
あっという間に距離を詰められて慌てたか、急ぐようにボールを手放す。
その横パスを、相手の6番が狙っていた。
体勢不十分な状態ながら、なんとかボールを受けた味方に激しいプレスが襲い掛かる。
それをドリブルで躱そうとしたところに、相手の手が伸びる。
ボールが叩き落とされ、相手に奪われた瞬間、
ピッ――。
審判の笛。
完全にボールを奪われたかのように見えたけど、審判は6番のファウルと判断した。
「焦るなっ! 落ち着けッ!」
隣のめぐりんが、苛立たしげに手を叩く。
その矛先は、パスを受け奪われかけた選手では無く、パスを出した選手に向いていた。
もどかしいよね……うんうん。
自分が出てたら、そんな風にならないもんね。
英修の控えメンバーは、スタメンと比べてそうガクンとレベルが落ちるわけじゃないけど、やっぱりめぐりんと比べると2ランクは落ちる。
それだけ、英修というチームではめぐりん、そして留学生のリタの能力が図抜けてた。
2人への依存度が高く、彼女たちがまとめて抜けるとガクンと強度が落ちる。
特にめぐりんは、みんなの精神的支柱でもあり、不在の影響がデカい。
彼女の代わりを務められる選手は、コートの中にはいなかった。
そんな風に思いながらめぐりんを見てたら、視線を感じたのか、キッとキツイ目を向けてきた。
「何見てんだ」
「いやぁ、めぐりんは可愛いなぁって」
どん。
「あ痛っ!」
肩パンされた。
痛い。
「真面目に観てろ」
「はぁい」
怒られた。
続けて、めぐりんが言う。
「あの15番……茅森楓は、いつもあんな感じなのか?」
「……あんな感じって?」
その問いの意味が分からなくて聞き返す。
「まるで、全てを一人で背負っているようなプレーだ」
「さぁ……。 知り合ったの最近だからなぁ。 てか、めぐりんだってそうじゃん」
この初瀬巡という人は、生来のリーダー気質。
ウチのチームではキャプテンのハルさんよりもキャプテンっぽい。
2年生のクセに、3年生相手にもタメ口で駄目出しするわ、指図するわ。
それでも上級生もコーチの西君も誰も文句言わないのは、彼女がそれだけの信頼を得ているからだけど。
同じようにタメ口の私は非難されまくりだから間違いない。
私、人望なさすぎ。
「チームを背負ったプレーなんて言ったら、めぐりんもそうそう変わらないと思うけど?」
「ぬかせ、私はただそういう役回りなだけだ。 私には周りを引っ張っていく能力があるからな」
さらっと凄い事言うよね……、でも。
「違いがわかんない。 役回りっていうなら一緒じゃない?」
「まったく違うな。 私は自分に出来る事として先頭には立つが、チームの勝敗を一人で背負いこむつもりは無い。 あくまで勝ち負けはチームの全員で分かち合っているつもりだしな。 ……正直、15番のプレーは見ていて苦しいよ。 勝ち負けのプロセスも、結果も、その喜びも悲しみも、まるで自分のものだと」
めぐりんとの会話の間に、攻めていた英修のシュートが外れる。
リバウンドを相手にキープされ、攻守が入れ替わる。
ボールを受けた楓ちゃんが、英修のディフェンスを躱しながら前へと進んでいく。
センターラインを越えたところで一旦ボールを味方に預けると、全速でサイドへと流れ、再びリターンパスを受け。
まだそんな余力が残っていたのか。
第3Qで対峙した時は、だいぶ疲労してるっぽかったのに。
どんなに疲れていても、どんな状況でも、彼女の瞳から色が消える事は無い。
ただ真っ直ぐに、自分の持てる全ての力を使い果たそうとも。
……ずっと、そうやってきたんだろうなぁ。
楓ちゃんのプレーはまるで、潜水しているみたいだ。
耳と目を塞ぎ、痛みと恐怖に耐え、光の届かない世界へと、ただ深く深く沈んでいく。
その先に何があるのか。
そんな事すら、考えていないのかもしれない。
「水面から顔を出して、一杯に空気吸った方が楽なのにね」
「? どういう意味だ?」
「なんでもなーい」
私の呟きに、めぐりんが不思議そうに反応したが、説明が面倒だったので適当に返した。
楓ちゃんが3ポイントラインからシュートを打つ。
綺麗なフォームから放たれたボールは糸を引くような軌道を描き、吸い込まれるようにリングへと向かう。
やがて、ザシュっと濁った音を響かせた。
「さぁ、仕切り直しだ」
そのゴールを見届けるや、めぐりんはそう言って立ち上がった。
同時に、西君がオフィシャルに向かって両手で『T』の字を作っている。
タイムアウトを告げる長いブザーが鳴り響いた。




