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Lay-up girls レイアップ・ガールズ  作者: 日野かさね
Lay-up girls 2
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64/85

062 潜水

英修サイドから。

斎川睦視点です。

 

「何やってんだ! そいつは簡単に打たせるなっ!」


 私の隣に座る2年生の初瀬巡(はつせめぐる)、“めぐりん”が声を張り上げる。


 その前では、メガネの人物……コーチの西弘幸(にしひろゆき)が戦況を見つめていた。

 眉間に皺を寄せた渋い顔して腕を組み、うろうろ……落ち着きなく歩き回っている。


 その様子が何だか可笑しくて、ニヤついてしまう口元を、肩から掛けたタオルで隠す。

 そんなに心配なら、メンバー変えなきゃ良いのに……。


 幕張英修(まくはりえいしゅう)国府台昴(こうのだいすばる)の試合は最終第4(クォーター)へと突入していた。


 24点差が付いた事もあって、西君は予定通りメンバーチェンジを実行。

 それまで試合に出ていたメンバーを全員下げ、ここまでプレータイムを得られていない、控えの選手たちをコートへと送り出している。


 訂正。

 予定通りとは言えないか。


 まさか西君も、初戦からここまで苦戦とは思ってなかっただろうな。

 相手のすばる高は無名の初出場校。

 当初はもっと早い段階でレギュラーを下げるつもりだったハズだ。


 インターハイのトーナメントは過密日程が続く。


 今日はこの試合だけだけど、勝ち進めば明日も2試合。


 オールコートプレスを多用するウチのチームは、他のチームに比べ選手の消耗が激しい。

 その為にいくら英修(ウチ)が厳しい練習を積んでるとは言っても、相手もどんどん強くなる先を見据えて、主力選手の消耗は極力避けたい。


 そんな西君のプラン、考えは分かる。

 分かるけど……ホント、アタマが固いよなぁ。


 西君は、自分のゲームプランを頑なに守ろうとするところがある。

 その所為か、臨機応変さに欠けるコーチだ。

 そんなコーチの性格は、英修というチーム性にも良く表れている。

 型にハマった時は盤石だけど、予定外の事が起きた時は柔軟な対応が出来ず苦戦する。


 ギャラリーの一角に目を移す。

 そこは、愛しのエイジ君が居る場所だ。


 エイジ君は、ギャラリーの手すりに片肘を乗せながら試合を観ていた。

 その姿も絵になっていてカッコイイ。


 ふと、西君じゃなくて、エイジ君が英修のコーチだったら良かったのになぁなんて事を思う。


 エイジ君ならきっと、西君とは全然違うチームを作るんだろうな。


 そんなエイジ君が作るチームの中心に私がいて、彼に勝利を届ける。

 よしよしと犬みたいに褒められて、私は尻尾を振りながらまたボールを追いかけるのだ。

 嗚呼……なんて幸せ。


 ―――!


 そんな妄想に耽っていたら、どよめきに近い声が館内に響いた。


「速攻だ! 止めろっ!」


 隣のめぐりんが叫ぶより速く、ボールを持つすばる高の選手が駆け出す。


 楓ちゃんだ。

 あっという間にトップスピードに乗った彼女が、単騎で英修側の陣内へと突っ込んでいく。


 その圧倒的な勢いのドリブルを、誰も止める事が出来ない。

 そのままディフェンスを切り裂き、レイアップシュートを決められてしまった。


 すばる高の……いや、楓ちゃんの連続ゴールで、点差が19点になる。


「みんな落ち着け! 試合に入れてないぞっ!」


 それまで腕を組んで戦況を見つめていた西君が、両手を口元に当ててコート内の選手に声を掛ける。


 試合に出てる英修(ウチ)の選手は、誰ひとり試合の流れに入れていない。


 楓ちゃんが見舞った先制パンチに、完全に面食らった格好だ。

 第3Qでは精彩を欠いていた相手のエースが、インターバルを挟んで息を吹き返した。


「一本! 落ち着いていこう!」


 私の2つ上、ポイントガードを務める3年生が、ゆっくりとボールを運びながら周りに声を掛ける。

 周りに、というより、自分に言い聞かせているように思えるけど。

 そこへ、楓ちゃんが猛然とチェックを掛けに行く。


 あっという間に距離を詰められて慌てたか、急ぐようにボールを手放す。

 その横パスを、相手の6番が狙っていた。


 体勢不十分な状態ながら、なんとかボールを受けた味方に激しいプレスが襲い掛かる。

 それをドリブルで躱そうとしたところに、相手の手が伸びる。

 ボールが叩き落とされ、相手に奪われた瞬間、


 ピッ――。


 審判の笛。

 完全にボールを奪われたかのように見えたけど、審判は6番のファウルと判断した。


「焦るなっ! 落ち着けッ!」


 隣のめぐりんが、苛立たしげに手を叩く。

 その矛先は、パスを受け奪われかけた選手では無く、パスを出した選手に向いていた。


 もどかしいよね……うんうん。

 自分が出てたら、そんな風にならないもんね。


 英修(ウチ)の控えメンバーは、スタメンと比べてそうガクンとレベルが落ちるわけじゃないけど、やっぱりめぐりんと比べると2ランクは落ちる。

 それだけ、英修(えいしゅう)というチームではめぐりん、そして留学生のリタの能力が図抜けてた。

 2人への依存度が高く、彼女たちがまとめて抜けるとガクンと強度が落ちる。


 特にめぐりんは、みんなの精神的支柱でもあり、不在の影響がデカい。

 彼女の代わりを務められる選手は、コートの中にはいなかった。


 そんな風に思いながらめぐりんを見てたら、視線を感じたのか、キッとキツイ目を向けてきた。


「何見てんだ」

「いやぁ、めぐりんは可愛いなぁって」


 どん。


「あ痛っ!」


 肩パンされた。

 痛い。


「真面目に観てろ」

「はぁい」


 怒られた。


 続けて、めぐりんが言う。


「あの15番……茅森楓は、いつもあんな感じなのか?」 

「……あんな感じって?」


 その問いの意味が分からなくて聞き返す。


「まるで、全てを一人で背負っているようなプレーだ」

「さぁ……。 知り合ったの最近だからなぁ。 てか、めぐりんだってそうじゃん」


 この初瀬巡という人は、生来のリーダー気質。

 ウチのチームではキャプテンのハルさんよりもキャプテンっぽい。

 2年生のクセに、3年生相手にもタメ口で駄目出しするわ、指図するわ。

 それでも上級生もコーチの西君も誰も文句言わないのは、彼女がそれだけの信頼を得ているからだけど。


 同じようにタメ口の私は非難されまくりだから間違いない。

 私、人望なさすぎ。


「チームを背負ったプレーなんて言ったら、めぐりんもそうそう変わらないと思うけど?」

「ぬかせ、私はただそういう役回りなだけだ。 私には周りを引っ張っていく能力があるからな」


 さらっと凄い事言うよね……、でも。


「違いがわかんない。 役回りっていうなら一緒じゃない?」

「まったく違うな。 私は自分に出来る事として先頭には立つが、チームの勝敗を一人で背負いこむつもりは無い。 あくまで勝ち負けはチームの全員で分かち合っているつもりだしな。 ……正直、15番のプレーは見ていて苦しいよ。 勝ち負けのプロセスも、結果も、その喜びも悲しみも、まるで自分のものだと」


 めぐりんとの会話の間に、攻めていた英修のシュートが外れる。

 リバウンドを相手にキープされ、攻守が入れ替わる。


 ボールを受けた楓ちゃんが、英修のディフェンスを躱しながら前へと進んでいく。


 センターラインを越えたところで一旦ボールを味方に預けると、全速でサイドへと流れ、再びリターンパスを受け。


 まだそんな余力が残っていたのか。

 第3Qで対峙した時は、だいぶ疲労してるっぽかったのに。


 どんなに疲れていても、どんな状況でも、彼女の瞳から色が消える事は無い。

 ただ真っ直ぐに、自分の持てる全ての力を使い果たそうとも。


 ……ずっと、そうやってきたんだろうなぁ。


 楓ちゃんのプレーはまるで、潜水しているみたいだ。


 耳と目を塞ぎ、痛みと恐怖に耐え、光の届かない世界へと、ただ深く深く沈んでいく。


 その先に何があるのか。

 そんな事すら、考えていないのかもしれない。


「水面から顔を出して、一杯に空気吸った方が楽なのにね」

「? どういう意味だ?」

「なんでもなーい」


 私の呟きに、めぐりんが不思議そうに反応したが、説明が面倒だったので適当に返した。


 楓ちゃんが3ポイントラインからシュートを打つ。

 綺麗なフォームから放たれたボールは糸を引くような軌道を描き、吸い込まれるようにリングへと向かう。


 やがて、ザシュっと濁った音を響かせた。


「さぁ、仕切り直しだ」


 そのゴールを見届けるや、めぐりんはそう言って立ち上がった。

 同時に、西君がオフィシャルに向かって両手で『T』の字を作っている。


 タイムアウトを告げる長いブザーが鳴り響いた。







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