049 空転
県大会一回戦、国府台昴 対 矢那津 の一戦。
すばる高のスターティングメンバーは、センターのポジションに環さん、パワーフォワードに飛鳥さん、スモールフォワードに夏希さん、シューティングガードには私、ポイントガードに千春という編成。
キャプテンの中村詩織さんがベンチスタートなのは私も予想外だった。
地区大会の二日目同様、試合会場には詩織さん目当てとおぼしき一団がギャラリーの一角に陣取っている。
詩織さんが芸能活動をしていた(というのも最近知った話だけど)時代のファンなのだろうが、本人はあの人たちの応援を快く思っていないっぽい。
あの人たちが応援に現れてからというもの、詩織さんは明らかにプレーに精彩を欠いている。
練習の時の動きも良くなかった。
ウチのチームの場合、試合中の選手交代は顧問の麻木先生が決めているが、先発メンバーについてはこれまで、詩織さんが主導して決めてきていた。
ということは、自分で先発を外れたという事だ。
普段通りプレー出来る自信がないのかもしれない。
正直、キャプテンがそんな繊細なのは困るんだけどね……。
代わりに出るのは夏希さんだ。
夏希さんが先発するのは地区大会の一回戦以来。
夏希さんは、プレータイムが少ない事に不満を持っているようだったが、今日までの約二週間、相変わらず練習不参加の日があったり、練習を早退したりと、ある意味平常運転。
正直、そんな人がコートに立つくらいなら、毎日懸命に練習しているブンちゃんや静香に実戦機会を与えてあげたい。
……まぁ、今この場でそんな事考えてもしょうがないんだけど。
**********
試合直前。
「楓」
呼ばれて振り返ると、私の傍に寄ってきたのは上目使いで私の顔を見る幼女……もとい顧問の麻木先生。
ド派手なハニーブロンドのツインテール、白いポロシャツに良く分からない柄のシフォンスカート、黒のバッシュを合わせた装い。
ポロシャツにバッシュを合わせているあたり、多少TPOを弁えようという気持ちを感じるが、やっぱり大会に参加している引率者とは思えない。
目立つので、引率される側としてはどこにいるか分かりやすくて良いけど。
背が低いから人の波に紛れるとマジで見失いそうだし。
「分かってるわね?」
私のユニフォームの裾をつかみ、何事か念を押す先生。
「……? なんでしょ?」
意味が分からず聞き返すと、先生が露骨に馬鹿を見るような目をしてため息をついた。
「昨日言ったでしょっ!いい?地区大会みたいに後先考えず飛ばすんじゃないわよ。 次の試合があるんだから!」
「あー……?」
言われたような言われてないような……。
「次の相手は今までの相手みたいにいかないんだから、あんたがスタミナ切れで動けないとかシャレにならないわよ」
「はぁ、気をつけます……」
思いっきり生返事。
私の最大の弱点はスタミナだ。
中三の夏から今年の春まで、バスケはおろか身体を動かす事自体から遠ざかっていた事もあり、体力面では中学時代と比べ物にならないほど衰えている。
実際先生に指摘されたように、フルでプレーするのは相当キツい。
それは分かってるんだけど……、上手い事手を抜くとか、性格的にもプレースタイル的にも難しいんだよなぁ……。
オフェンスを一人で完結する事も多い私のプレーは、点を取ることはともかく、体力的には決して省エネとは言えない。
気の入っていない私の返事を聞いた先生は、今度は呆れたようにため息をつく。
それからまた言葉を続けた。
「あんただって楽しみにしてたんでしょ? チカと戦うの。 こんな機会、二度とないかもしれないんだから、ベストの状態で当たらないと勿体無いじゃない」
私とチカちゃんが知り合ったのは、元々先生の紹介で参加したバスケサークルでの事だ。
チカちゃんと私が知り合った事も、チカちゃんが幕張英修の生徒で、バスケ部だという事も知ってて当然か。
「でも……、私が手を抜いてチームが負けたら元も子もないじゃないです?」
「だーっれが手抜けっつったのよっっ!」
「えぇ……?」
どゆこと?
あと『つ』が多いよ、『つ』が。
困惑する私。
そんな私を見て、先生はまぶたを緩めて目尻を下げた。
「楓はもっと周りを上手く使いなさい。 ……あんたが一人で勝敗を抱えなくても、環も夏希も飛鳥だって、頼りになる先輩なんだから。 大丈夫、もっと先輩たちを信頼しなさい」
そう言って笑いかける、先生の眼差しはどこまでも優しい。
こんな見た目だし、適当なように思えて、よく見てる。
先生は大人で、やっぱ先生なんだなと思わせる。
私の内心を見抜き、言葉の余韻で諭す。
「おーい、試合前に選手のメンタルかき回すような事すんなよー」
そんな先生との会話に割って入ったのは、頭上から降り注ぐ低い声。
観戦向けに解放された二階、ギャラリーからだった。
先生が振り返り、仰け反るように上を見る。
それを見て、私も先生から視線を外し上を見た。
「よっ」
片手をあげて私たちの視線に答えたのは、エイジさんだった。
傍らには、サイゾーさん、イト君さんの姿も。
「うるさいわねっ! 部外者が口だすんじゃないわよっ!」
優しい表情から一転、鬼の形相でギャラリーのエイジさんを指差してキレる先生。
「怖っ! 何言われたか知らんけど、頑張れよー」
そう言って、今度は私に向かって手を振るエイジさん。
ペコリ、と頭を下げそれに応える。
私の応援に来てくれたのだろうか。
そういえば、先生とエイジさんって結局どういう関係なんだろう?
「楓ちゃん! 頑張ってねー!」
先生とエイジさんの関係について思っていると、今度はまた違う位置から声を掛けられた。
友達の咲希ちゃんだ。
地区大会に続いて、今日も応援にきてくれたらしい。
しかも前回はアミちゃん、コージ君と一緒だったけど、今回は一人。
それでも応援に来てくれるなんて、本当にうれしい事だ。
咲希ちゃんにはグッと拳を突き上げて応える。
「まぁ、なんというか……善処しますよ」
「……ま、頑張んなさい」
そう言って、先生は私との会話を切り上げた。
応援してくれる人が、こんなにもいっぱいいる。
頑張らなきゃ。
でも……。
人を信頼するって、そんな簡単に出来るもんじゃないよ、先生。
**********
試合が始まる。
試合は序盤から、高さで勝るすばる高がペースを握った。
一回戦の相手、矢那津のメンバーは身長があまり高くない。
センターを務める一番背の高い選手でも160センチ後半、というところだろう。
必然的に、ゴール下はすばる高が支配し出す。
インサイドの二人、センターを務める二年の環さんは180センチ、飛鳥さんも171センチある。
二人はただ背が高いだけじゃなく、フィジカルコンタクトにも強い。
特に環さん。
あの身長は県大会レベルじゃ中々にレア。加えてパワーもある。
160中盤のセンターでは、環さんの相手は辛いだろう。
矢那津の選手もそんな事は分かっている。
だからこそ、ディフェンスでは環さんに簡単にパスが通らないようにパスコースを消したり、環さんにボールが入れば人数を掛けてプレースペースをを潰しに行く。
そうなれば、自然と他の選手が空く。
千春や夏希さんが、フリーでボールを受ける機会が多くなる。
二人は迷わずシュートを打つ。
シュートが外れてもインサイドの二人が高確率でボールを回収してくれるからだ。
構図は完全に地区大会一回戦の新徳学園戦に近い。
あの時もインサイドを支配出来ていたから、アウトサイドの選手が思い切りよくミドルシュートを打てていた。
オフェンスでは、高さを武器に点を取る。
その反面、すばる高最大の弱点はディフェンスだ。
マンマークで守るウチに対し、相手はスクリーンを多用してマークを剥がしにくる。
速いパスワークで揺さぶられ、簡単にフリーの選手を生んでしまう。
それでも相手チームのシュート成功率の低さに助けられ、致命傷にはならない。
ここでも生きるのはインサイドの高さだ。
ディフェンスリバウンド、オフェンスリバウンド両方で優位に立ったすばる高が、第1Q、第2Qと順調に点差を広げていく。
第2Q残り1分というところで、31-13。
18点のリードを奪う。
得点の内訳は環さんと私がそれぞれ10点づつ。
それから夏希さんが7点。
夏希さんが7点というのは意外。かなりの本数打ってたけど。調子が良いのかもしれない。
それから飛鳥さんが4点。
地区大会ではまったく点の取れなかった飛鳥さんが、2ゴールを決めた。
いずれもオフェンスリバウンドから、ゴール下でのシュート。
これは練習の成果がはっきりと出た形。
飛鳥さんはホントに真面目な人だ。
私にアドバイスを求め、それを真摯に聞き、繰り返しゴール下でのシュート練習を体に染み込ませてきた。
センスも良くて、どんどん上手くなっているのが分かる。
まぁ、ファールを貰って得たフリースローはを4投とも外したのはご愛敬だけど。
最後に、千春が2点。
シュートの成功率が低く、これにはちょっと不満が残る。
積極的にシュートを打つのは悪いことじゃないけど……、どうも千春らしくない。
練習でもシュート練習を重点的にやっていたけど、ここまでは結果に出ていなかった。
千春についてはちょっと気負いすぎかなと思う。
地区大会が終わって千春自身、自分のプレーに色々思う事があったみたいだけど……。
アクシデントが起きたのは、そんな第2Qの最終盤だった。
第2Q残り20秒を切ったところで、矢那津の選手がミドルシュート。
これが外れ、リバウンドボールを環さんが確保。
攻守が切り替わり、環さんはボールを千春に預ける。
ボールを受けた千春は、ゆっくりとボールをフロントコートへ運ぶ。
時間を使うことで、相手の次の攻撃機会を無くすためだ。
仮にシュートが入らなくても、そこでゲームが中断する。
ここで時間を掛けて攻めるのは、セオリーの1つだ。
でも、どうせならここはきっちり点を取っておきたい。
ここで決めれば20点差で後半を迎えられる。
20点差がセーフティリードとは言えないけど、選手起用含め、かなり有利な状況を作り出せるのは確かだ。
ボールを持つ千春もそう考えているはずだ。
私はここまで、かなり抑えてプレーしていた。
点を決めたのは外からの3ポイントシュートが2本、相手のミスからの速攻で決めたのが2本。
正直、自分のやりたいプレーが出来てなくて、物足りない気持ちもある。
時計を見る。
第2Qの残り時間が刻々と減っていく。
9、8、7……。
そこで動く。
アウトサイドから、中へと勢い良くカットイン。
それは良くやるパターンの1つで、千春からタイミングよくパスが出てくる。
ハズだった。
私がカットインした瞬間、千春が選択したプレーはドライブだった。
ボールを持って、右から勢いよく抜きに行く。
私がカットインした方向と、千春の進路が被っていた。
「危ない!」
誰かの声が聞こえる。
私は途中でカットインを止め、動きを止めた。
しかし、私をマークしていた矢那津の選手は、私の急ブレーキについていけず、ふらつく。
「!?」
中へ突っ込む千春の前に、矢那津の選手が倒れる。
千春がそれに気づき、咄嗟に身体を捻った。
何とか躱して、ドリブルを続けようとしたのだろう。
それが良くなかった。
倒れた選手の手を踏みそうになった千春が右足首を不自然に曲げ、転倒する。
千春の手からボールが零れた。
「っ!!」
審判が笛を吹き、試合が中断される。
顔を歪め、その場でうずくまる千春。
その両手は、右足首を抑えていた。




