047 次へと
戻りまして、茅森楓視点です。
月曜日。
土日の二日間で行われた高校総体千葉県第10地区予選。
準決勝で塩浜高を破った私達すばる高女子バスケ部は、勢いそのままに決勝の日和学園にも勝利。
見事、地区一位で県大会への切符を手にした。
第3代表決定戦では、塩浜高が勝利。
すばる高、日和学園、塩浜高の3チームが県大会へと進む。
同じく地区大会に出場した男子チームも、準決勝こそ惜敗したものの第3代表決定戦に勝利し、県大会への出場を決めた。
二日で計四試合を戦った疲労を考慮し、今日の部活は男女共に休みとなっている。
私にとっては中学時代以来となった公式戦。
結果としては文句ない成果だったけど、内容については反省も多い大会だったと思う。
個人として最大の課題はスタミナ不足。
第3Qの終盤には完全に足が止まってしまっていた。
チームとしては連携の低さを露呈。
チームとしてどう相手を崩すか、どう守るかという事がまったく出来ていない四試合だった。
それもこれも普段の練習不足が原因だ。
もっと練習から強度を上げていかないと、今のままじゃ、とても県大会を勝ち上がれない。
明日には県大会の組み合わせが発表される。
そして、二週間後にはすぐ試合だ。
個人としても、チームとしても、もっとレベルアップしていかないと。
正直、今は一分一秒でも多く皆で練習したい所なんだけど……。
「はぁ……」
2限目の授業が終わり、雑然とした教室。
自然とため息が漏れる。
「どーしたのさ? ため息なんかついて」
後ろの席に座る、同じバスケ部の櫛引千春が話しかけてくる。
椅子をずらし千春の方に向き直ると、千春が続けて話す。
「あんた、昨日あんだけ活躍しといてそれでも不満なワケ?」
「いや、別に不満ってワケじゃないけど……」
モヤモヤするんだよなぁ。
地区大会の結果が示す通り、ウチのチームはそんなに弱くない。
むしろ環さんをはじめ、個々の選手の素質は高いと思う。
県大会まで2週間しかない。
だけどまだ2週間もある。
出来る事、取り組める事はいっぱいあるハズだ。
「あ、そーだ。 あんた練習着持ってきてるっしょ?」
千春が思い出したかのように言う。
「そりゃあ持ってきてるけど……」
「じゃあ付き合ってよ。 ちょっと個人練習したいから、さ……」
「え?」
「何さ? あたしが練習すんのが可笑しい?」
「いや、おかしくはないけど……」
珍しいな、とは思う。
「昨日の塩浜戦さ、ぶっちゃけどーだった? あたし」
「どうって……」
千春の問いに、次の言葉が出てこない。
「……ま、そんな反応だよね」
私が答えに詰まると、千春は苦笑いしながらそう口にした。
正直に言うなら、物足りない。
櫛引千春というプレーヤーは、ドリブル、パス、シュート、ディフェンス、どのスキルをとっても一定のレベルにはある。
視野も広いし、ゲームの流れを読む力もある。
それは、ポイントガードを務める上では重要な要素だ。
その上で、物足りなさを感じてしまう。
もっと出来る選手のハズなのに、と思うことは多い。
例えば、昨日の塩浜高との試合。
千春は、中学時代のチームメイトである間宮ゆきえとマッチアップしたが、局面の戦いでどちらが勝っていたかと言えば、間違いなく間宮の方だった。
二人のプレースタイルはシンプルで似ているし、技術的な面でいえば二人に大きな差は無いと私は思う。
にも関わらず、千春は常に間宮に対し後手を踏んだ。
二人を分けた違いは何だったのか?
私は、自信の差だと見ていた。
千春は、プレーヤーとしての自分を過小評価しすぎている。
自信の無さが、ちょっとしたプレー選択や判断に出るのだ。
プレーが消極的、ともいえる。
比較して、間宮のプレーからは物足りなさを感じなかった。
それは彼女が、自分に出来る事、出来ない事の線引き、整理が出来ているからだと思う。
それは、自分を正しく評価出来ているからだ。
正しく評価出来ているから、正しく踏み込める。
自分の性能をきちんと引き出せる。
「ちょっと練習したからって、自信が付くとは思ってないけどさ。 それでもやらないよりは、ね」
自分でも分かっているって事だろうか。
「頑張ろうぜ、県大会」
「うん」
千春の言葉に、私は小さく頷いた。
**********
放課後。
教室の掃除当番を終えてから、更衣室で練習着に着替えた私と千春は、バスケ部の練習場所となっている第二体育館へと向かう。
館内からは、ダンッダンッとボールを突くドリブル音と、キュッキュッ、とコートを鳴らす甲高いスキール音が漏れ聞こえてくる。
「誰か練習してるみたいだね」
音は複数聞こえる。
今日は男子も女子もバスケ部は休養日のハズだけど、私達同様、何人かの部員は自主練に来ているようだ。
玄関口でバスケシューズに履き替え、館内へ。
中では、男女数名が練習をしていた。
「おー! 楓とちーこも来たのかー! ちーっす!」
女子の方のコートへと足を踏み入れると、同じ一年生の高木葵が、私達に気付き、ドリブルを止めてこちらに手を振ってきた。
「葵にブンちゃん、静香……! あ、飛鳥さん! お疲れ様です……」
「楓ちゃん、こんにちはですぅ」
「どもども」
「おう」
一年の豊後結衣、同じく北村静香、それに二年の那須飛鳥さんも、それぞれボールを持って練習していた。
「葵たちも自主練?」
「おー! 昨日の試合は楓ばっかり目立って悔しかったからなー! あたしも頑張らないと」
葵が屈託のない笑顔で答える。
「私と静ちゃんは、みんなより一杯練習しないと、と思って……! せめてもう少しまともにボールを扱えるようになりたいですぅ!」
「……!」
ブンちゃんこと、豊後結衣がポーズを決めて気合を示す。
その隣でボールを抱える静香も鼻息が荒い。
二人は高校からバスケを始めた初心者だ。
そんな二人にも、地区大会では短時間ながら出場機会が訪れたが、ほとんどボールに絡む事無く終わっている。
「ふむふむ、良い心だけだ。 頑張るんだぞ、二人とも」
千春が茶化すように、二人に上から目線でエールを送る。
「いや、何で上から目線なんだよっ!」
そんな千春の発言に、葵がコミカルな動きで突っ込みを入れる。
午前中は珍しく落ち込んだ様子の千春だったけど、ここでの振る舞いはいつもどおりだった。
そんなやりとりを交わす私達一年生の輪には加わらず、二年の飛鳥さんはゴール下でシュート練習をしている。
ゴール下の位置から、両手でボールを持ち、バックボードを狙ってシュート。
ボールがリングを通過したら、落ちてくるボールを拾って逆の位置に移動し、同じように打つ。
そんな動作を繰り返していた。
7本連続でシュートを決め、8本目を打ったところで、ボールがリングに弾かれた。
イレギュラーに跳ね飛んだボールを追い、今度はジャンプしてそのボールに飛びつく。
そしてまた、同じシュート練習に戻っていく。
……飛鳥さんって、見た目はヤンキーみたいだけど、中身はめちゃめちゃ真面目だよなぁ……。
そんな事を思いながら、しばしその動きを眺めていると、不意に飛鳥さんがこちらに視線を向ける。
ガチッとお互いの目が合う事数秒。
「おい」
「は、はいっ!」
いきなり声を掛けられ、焦って返事をする。
「ちょっとこっち来い」
くいくいっと、右手の人差し指を動かして私を呼ぶ。
「な、なんでしょう……?」
そそくさと平身しながら駆け足で飛鳥さんに近づく。
じっと私の目を見たまま、不動の飛鳥さん。
何ともいえない威圧感がある。
……お、怒られるの? 私。
「……教えろよ」
「へっ?」
「シュート。 コツとかあんだろ」
なんと。
飛鳥さんが私にシュートの仕方を聞いてきた。
「え、私でいいんですか……?」
「お前が一番上手いだろ」
何聞いてんだ?
とでもいうような顔で、私を見る飛鳥さん。
「……昨日の試合じゃ、全然シュートが入らなかったからな」
「おぉ……、飛鳥さん……」
シュートが決まらないの、気にしていたのか……。
飛鳥さんはゴール下を主戦場とする選手だ。
リバウンドは良く取ってくれるし、チームには十分貢献してくれているけど、悲しいかなシュートが全然入らない。
実際、昨日までの試合では私と環さんにマークが集中する中で、飛鳥さんに得点力があれば、というシーンも多々あった。
飛鳥さんに得点力が無いからこそ、相手のディフェンスは飛鳥さんのマークを捨てて、私や環さんに注力出来たという面もある。
飛鳥さんも、高校からバスケを始めた人だと聞く。
シュートに関しては単に練習不足、経験不足で、ある意味仕方のない事だ。まともに教えてくれるコーチもいないし。
それに、そんなマイナス要素はリバウンドやゴール下のディフェンスで補ってくれているから、私は全然気にしてなかったけど。
本人は気にしてたんだ。
その上でそれを良しとせず、ウィークポイントを解消しようしている。
何か感動してきた。
素晴らしいっ、素晴らしいです飛鳥さん!
ガチッ、と。
「っ!?」
両手で飛鳥さんの右手を握る。
「な、なんだいきなりっ!?」
突然、私に手を握られて、驚いた表情を見せる飛鳥さん。
「……私でよければ、喜んでっ!」
「お、おおう……?」
ぶんぶん、と握った手を上下に振り回す。
驚きながらも、照れくさそうに応じる飛鳥さん。
飛鳥さんは本当に真面目だ。
ヤンキーなんてとんでもない。
「頑張りましょう! 飛鳥姐さん!」
「姐さん!?」
これからは飛鳥姐さんと呼ぼう。
葵や、ブンちゃん、静香、真っ直ぐバスケに取り組む仲間がいる。
先輩にも、飛鳥さんみたいな人がいるじゃないか。
千春も自分の課題に向き合って、頑張ろうとしている。
ウチのチームにだって、バスケに真剣に取り組んでいる人達はいるんだ。
私も頑張らなきゃ。
「さぁ、やりましょう! 飛鳥姐さん!」
「練習はするけどその呼び方はやめろ。 舐めてんのか」
気持ちを入れ直し。
私は飛鳥さんと共に練習をスタートしたのだった。
**********
翌日。
今日からバスケ部の練習は再開。
そして、二週間後に迫る高校総体の千葉県大会、その組み合わせが発表される日。
初戦の相手はどこなのか。
初戦に勝ったら、次はどこと当たるのか。
その組み合わせを、私は部活が始まる前に知る事になった。
以外な人物からの知らせによって。
昼休み。
友達の峰藤咲希ちゃん、千春と三人で食堂に行ってランチ。
すばる高の食堂において一番人気を誇るカレーライスを食べ切り、一息ついていた所、ポケットの中のスマホが震えた。
取り出すと、L@INEのメッセージ表示されている。
差出人には「斎川 睦」の文字。
斎川 睦。
睦と書いて『チカ』と読むらしい。
つまり、チカちゃんだ。
チカちゃんとは前に、麻木先生の紹介で参加した社会人バスケサークル『ハイ・ファイブ』の練習で知り合った。
始めは年上だと思ってたんだけど、実は同い年だったという。
それから仲良くなり、今でも時折、こうしてメッセージでやりとりしている。
……内容はエイジさんの事ばっかだけど。
エイジさんとは、その『ハイ・ファイブ』をまとめるリーダー格の人で、チカちゃんはそのエイジさんに恋しているらしい。
アプリを開き、チカちゃんからのメッセージを確認する。
斎川 睦:県大会の組み合わせ、見た!?_
県大会とは、高校総体の事だろう。
組み合わせ決まったのか。 どっかで見れるって事かな?
「友達からL@INE?」
スマホをいじくってると、咲希ちゃんが尋ねてくる。
「うん。 他校の友達」
答えながら、返信文を作成していく。
「楓に他校の友達がいるなんて……、騙されてんじゃないの?」
「うっさいわ」
それにしても、チカちゃんからバスケの、しかも総体の話が出るとは。
タップして返信。
茅森 楓:_まだ見てない。もう公開されてるの?
すると秒で返信が来る。
早っ!
斎川 睦:見て見て!凄いよー!_
斎川 睦:■_
短文に続けて、画像が送られてきた。
画像を開くと、それは県大会のトーナメント表だった。
画面を拡大し、女子の部の組み合わせを見る。
『国府台昴』の文字はすぐに見つかった。
一回戦の相手には『矢那津』と書かれている。
うん、知らない。
ってか何て読むんだコレ?
一回戦はノーシード同士の戦いだ。
相手もウチの名前見て、同じ感想だろうなぁ。
その隣には、二回戦から登場するシード校の名前。
大会では、成績に応じてシード校が各ブロックに振り分けられる。
故に、序盤での強豪校同士の潰し合いは起きないが、実力が下のチームにとっては当たり外れがある。
1つでも多く勝ち上がる、という点から見て、最悪の引きは『明青学院』だと思う。
明青学院は、千葉県において、公式戦では十数年に渡って負けた事がないスーパーチームだ。
当たった時点で詰み、大体のチームは負けを覚悟する。むしろ記念試合に近い。
まぁ、私なら喜んで当たりたいけど。
トーナメント表に戻って、二回戦に進んだ場合に対戦するシード校を確認する。
「あっ」
「え? 何、どうしたの?」
思わず声が漏れ、咲希ちゃんが何事かと聞いてくる。
そういう事か。
チカちゃんからメッセージが来た理由が分かった。
再度、トーナメント表を確認する。
矢那津と国府台昴、その隣に並ぶシード枠には『幕張英修』の文字。
幕張英修。
チカちゃんがいるチームだ。




