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時竜と守護者達  作者: 桐谷瑞香
第4章 空神殿が佇む村
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4-9 歩き出した道(2)

 夕飯前、リオと並んで、エルカットさんの家の台所で料理をしていた。今日は少し奮発して、ホワイトシチューを作っている。新鮮な野菜やミルクを使っているため、いい味が出そうである。

 リオは野菜をひたすら洗って、まな板の上に置いてくれた。私はそれらを包丁を用いて皮を剥いていた。

「ルシアって料理もできるんだね」

「これくらいでできるって言われても……。皮を剥いて、野菜を切って、煮込むだけ。慣れれば誰にもできる」

「いつも味付けが絶妙だって、エルカットさんが言っているよ。それってすごい事じゃないの?」

「料理なんて適当に調味料をいれていれば、なんとなく様になるから」

「そうなんだ……」

 洗って、切って、を繰り返していると、リオが手を止めたのに気付いた。まだ根菜類が何本か残っている。

「ねえ、ルシア」

「どうしたの?」

「ルシアはこの村から出て行っちゃうの?」

 視線をあわせずに少年は聞いてきた。私は手元に視線を落とす。半分に切られた橙色の根菜が転がっている。

「この村は他の村との交流にはちょっと不便だけど、自給自足しているからその点は心配ないし、争いごともほとんどない場所だって聞いているよ。ここにいればきっと危ない目に遭うこともない」

 リオは私の方に向いて、はっきりと言ってきた。

「ルシアは女の子だよ、傷ついたりしているの、僕見ていられない! どうしても出て行きたいって言うのなら、せめてもう少し落ち着くまでいようよ。体がどうなるかわからないんだろう?」

 時竜が私の命を伸ばしてくれたのか、命の繋ぎ目で時を止めたかわからない状態では、たしかに動き回るのは危険だと思う。

 だがそれを言っていたら、ここから一生出られない。昔の私と何も変わらない。

「……リオ、ありがとう、心配してくれて。でも私はきっとここから出て行く」

「行っちゃうの?」

 リオは私の服をぎゅっと握ってきた。その手を上から軽く握る。まだ成長段階の小さな手だった。

「またリオに会いに来るから。そしたら色々と話してあげるよ」

 少年は手をひっくり返すと、私の手をぎゅっと握り返してきた。

 数年たてば、彼の手は私よりも大きくなり、簡単に包み込むほどに成長するだろう。別れは寂しいが、これからの彼の成長は楽しみだった。



 皆でわいわいがやがやと夕食をとり、片づけを終え、洗い物用の水をとりに外に出ると、ウォルトがついてきた。

 あの事件以降、食事を共にしたり、話をしたりと、交流する時間は増えている。だが昔よりも距離はあるように感じられた。

 夜空には星が煌めき、欠けた二つの月が離れて浮かんでいる。

 ウォルトもまたアルフィーさんと同様に慣れた手つきで井戸から水をとってくれた。

「ルーシャン、君がこんなに料理がうまかったなんて、知らなかったよ」

「そうかしら。ウォルトの方が美味しい料理を作っていたよ。昨日食べた煮込み料理、絶品だった」

「ありがとう。気がついたら、料理にはまってしまったんだ」

 水を手桶に入れると、ウォルトの顔が水面に映った。いつになく真剣な表情をしている。

「これからどうするつもり?」

「みんな、それを聞いてくるのね」

 肩をすくめて、聞き返す。

 私の旅の目的が達成された今、これからの私の動向は気になるところだろう。

 だが何人もの人に聞かれると、さすがにため息を吐かざるを得ない。

「どうしようと私の勝手でしょ」

 屈んで桶を取ろうとすると、後ろから力強く抱きしめられた。彼の鼓動が背中を通じて伝わってくる。私の鼓動が速くなっているのも、薄々察することができた。

「ルーシャン、昔のように一緒に過ごさないかい?」

 彼の手に触れると、まるで逃すまいと握ってきた。

「そしてよければ一つ屋根の下で」

 頬に熱が帯びる。自分の鼓動がとても速く動いていた。

「ウ、ウォルト、何を馬鹿なことを言っているの?」

「本気だよ。君と別れて、ずっと会いたかったけど会えなかった。だけど今はもう僕たちが一緒にいてはいけない理由などない。時竜の封印は解かれてしまったのだから」

「逆を言えば、一緒にいる理由も――」

「好きだ」

 耳元で囁かれる。吐息も同時に触れた。

「それだけじゃ駄目かい?」

 甘い誘い。魅力的な言葉。優しい温もり。

 かつての私なら喜んで受け入れただろう。彼の後ろをひたすら追っていた、あの日なら。

 でも、もうあの時の私は遠い過去の人間だ。

 彼の言葉や優しさに惹かれるが、それ以上に気になっていることがあった。

 安寧の時を過ごすために、ここに居続けるという選択肢が、なぜか出てこなかった。

「……ごめん」

 振り絞って出された言葉は、その一言。

 ウォルトはしばらくその状態でいたが、やがて腕を放してくれた。私が振り返ると、彼は少し寂しそうな表情をしていた。

「わかっていたよ。こちらこそごめん、混乱させるようなことを言って」

 私は必死に首を横に振った。

「いいの。嬉しい申し出なのは確かだったから。……ありがとう、こんな私にそう言ってくれて」

「お礼を言われても、残念なのには変わりないよ。……時の流れって良くも悪くも残酷だね。まさかこうもきっぱり言われるなんて、昔の僕なら想像していなかったな」

「昔の……?」

「だから言っただろう、断られるのはわかっていたって。――ルーシャンはこれから何がしたいんだい?」

 柔らかな表情で聞いてくる。かつて私がよく追いかけていた兄のような存在のウォルトの言葉だった。私は微笑みながら、空を見上げた。

「私ね、もっと――」



 * * *



 翌朝、少し早めに起きて、静かな村の中を散歩していると、見慣れた黒髪の青年が前から歩いてきた。彼は軽く走っていたのか、頬が赤くなっている。

 私を見た少年は目を軽く見開いていた。

「おはよう、ラッセル」

「ああ、おはよう。早いな」

「そろそろ体を動かして、調子を戻していこうかなと思って」

 腰には護身用の短剣を刺している。そして肩には弓矢を背負っていた。

「ちょっと鳥でも狩ってくる」

「……普通の女がいう台詞じゃねえよ」

 ため息を吐いている彼の横を通っていくと、彼は私の後ろについてきた。軽く振り返って、首を傾げる。

「何?」

「まだ本調子じゃねぇんだろう。まずは軽く慣らしておけ。あっちに的があるから、ついてこい」

「ありがとう」

 二人並んで村の外側に向かって歩き出す。

 村民たちも弓矢を使って鳥や獣を射ることがある。その練習用の的が、村の端っこにあるそうだ。

 歩いていくと、彼の言ったとおり的が五つ並んでいる場所に着いた。ラッセルはある場所で立ち止まり、ちょいちょいと地面を指さす。そこに行くと、彼に正面を指で示された。

「ここから狙え」

「え……」

 的まではかなり距離がある。ここから矢を放って的を射るなど、とても難しい。失敗して後ろにある壁に刺さる可能性が高かった。

「ウィルロード町でお前が放った矢は、ここよりも悪条件だったが、射抜いただろう?」

「あれはたまたまで……」

「たまたまなら俺の見込み違いだったってことだな」

 腕を組んだラッセルが私から離れていく。その後ろ姿を見て、口を開いていた。

「待って!」

 立ち止まった少年はうろんげな目で見てくる。私は表情を引き締め直した。

「見ていて。あの的に当てたら、言いたいことがあるから」

「ほう、当てる気か。やってみろ、俺が見届けてやる」

 矢筒を下ろして、矢を手にとって弓を持ち上げた。

 視線の先にある的は小さい。目を細めて、じっと見つめる。

 そして弓を構えて、矢をつがえた。ぎりぎりまで引っ張り、数瞬後、矢を手から離した。

 矢は勢いよく飛んでいき、小気味のいい音と共に、的に突き刺さった。

 ラッセルは手を目の上にかかげて、じっと的を見つめると、感嘆の声を上げた。

「ど真ん中か、お見事」

 ぱらぱらと拍手をされると、少し気恥ずかしい思いになった。

「どうも」

 素っ気なく言って、矢筒を拾うと、私はラッセルのすぐ傍に寄った。

「それで、言いたいことってなんだ?」

 私は改めてじっくりラッセルのことを見る。つり目の上にある眉がやや曲がっていた。

「あのね、ラッセル……」

 ここまで言ったら、言うしかない。唾を飲み込んでから、はっきり口を開いた。


「私を貴方の旅に同行させてくれない?」


「……は?」

 呆然としている間に私は理由を連ねていく。

「私、もっと世界を見たいの。世界を知りたいの。それにはラッセルと一緒に行動するのが、一番いいって思ったから……」

 ラッセルは驚いた表情で固まっていたが、すぐにきりっとした顔つきになった。

「今のお前なら駄目だ」

「やっぱり……」

 勇気を振り絞って言ったためか、落胆の言葉もつい口から出てしまった。

 肩を落として歩きだそうとすると、とっさにラッセルに手を握られた。

「オレの話、終わってねぇよ」

「え?」

 手をふりほどくと、ラッセルは視線を逸らして唇を尖らせる。


「俺と一緒に行くなら――ギルドに所属してくれ」


「私が?」

 思いも寄らぬ申し出だった。

 ラッセルは口元に笑みを浮かべて、私のことを見返してくる。

「やる気があって腕があれば、ギルドに入れる。もともとお前は入ってもいいレベルだった。今の的当てを見て、それは確信した。その腕前をギルド職員にでも見せれば、頷かせることができるはずだ。そうすればどこに行くのも制限なく動ける。俺とお前は同じ立場になるからな」

 胸が熱くなった。その言葉は今の私には、何よりも言って欲しいものだった。

 他の人たちは私のことを大切に接し、護ると言ってくれている。それらはとても嬉しい行為だが、それだけでは私には物足りなかったのだ。

「……いいの、私と一緒で。迷惑はかけないように気をつけるけど」

「旅なんて、迷惑かけたり、かけられたりの繰り返しだ。そこを気にしていたら、一緒に行動なんてできない。俺もキースもそんな感じだぜ」

 ラッセルが開いた手を伸ばしてきた。


「――お前が望むのなら、一緒に行こう。世界を……見るんだろう?」


 私はその大きな手をじっと見つめた。

 彼ならきっと、私を対等に扱い、対等に歩んでくれる。

 そして新しい時を刻んでくれる。

 だから――共に行こう。


 私は微笑みながら彼の手を握る。握られたラッセルはにかっと笑った。


 時竜がいなくとも、私の時は進み出す。

 自分の足で、新しい世界を見に、歩いていこう。






 了






 お読みいただき、ありがとうございました。

 読者の皆様に少しでも楽しんで頂けたのなら、嬉しい限りです。

 よりよい小説が書けるよう、今後とも精進いたします。

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