解答
翌週の月曜日、放課後。
第一資料室の前には、土曜日の保健室のメンバー五人が揃っている。
「はぁ……答え合わせの時間か……」
竹石さんは今まで見せたことのない暗いオーラを身に纏っている。と言っても知り合ってからまだ三日なんですけどね。
「はやく開けましょうよ。たぶん待っていますよ」
そんな竹石さんに追い打ちをかけるのは葵さんだ。
「あー、うん、そうだね……。椿さんの推理が外れてますよう……にっ!」
言い終わると同時に、竹石さんは第一資料室の扉を勢いよく開けた。
「あ……! 竹石先輩! 来てくれたんですね! わたし、感激です! ……えっと、後ろにいるのはお友達ですか……?」
少し狭い第一資料室の中央に立っていたその人物はそう言った。うん、この言動を見るにどうやらこの人が差出人で間違いないようだな。
「あー、椿さん正解だったかー……はぁ……」
竹石さんは物凄く項垂れていた。うん、まぁ、わからんでもない。
ただ一人状況を呑み込めていない『彼女』は、キョトンとした顔をしていた。
時間は、土曜日放課後の、皆が昇降口に着いた頃に戻る。
「あ、本当にあった……」
「中身はどうです?」
「うーん、とね。うん、文章は待ち合わせが月曜日になってる以外は全く一緒。使ってる便箋と封筒も一緒。同一人物とみて間違いないね」
それはラブレターだった。二年A組の竹石さんの下駄箱に入っていたものだ。
「邪魔者が一同にいなくなったことを差出人が知れば、こうなると思っていました」
「なるほどねぇ……。んで、結局差出人は誰なの?」
「内部進学生で高校一年生、そして昨日予定があって部活を休んだ三人の内の一人です」
「そこまでは聞いたわよ」
竹石さんは結論を急かしているが、椿さんはどうやら勿体ぶりたいようだ。
「では順々に説明しましょう」
僕らはその場で椿さんの推理を聞くことになった。誰かに聞かれる心配もあったが、余所から見れば単なる雑談にしか見えないし、第一土曜の放課後は人が少ない。
「さて、今回の事件で重要なのは、岩木さんの下駄箱にあった手紙が投函された時間です」
「時間? それは……放課後じゃないの?」
「赤川くん、なぜそう思うのですか?」
「え、いや……そりゃあ」
まさか突っ込まれるとは思ってなかった。僕は考えを整理しつつ、椿さんに説明する。
「えっと、まず下駄箱にラブレターを入れられるタイミングは、始業前、休み時間、そして放課後。でも始業前は何かと忙しいし、休み時間は移動教室とか校庭に出る人だとかで結構人通りが多い。人目を気にしなきゃいけないから、自然と出す時間は放課後になる……よね?」
あってるよね? という視線を椿さんに送ってみる。彼女は当然僕の視線なぞ見えやしないのだが、大きく頷いて見せた。
「概ねその通りです。差出人は人目を気にするため、投函する時間は自ずと限定されます。今回の場合は放課後です。でも放課後も人通りがないわけではありませんよね? 特に終業直後は」
「そりゃね」
部活動の時間があると言っても毎日部活する部は限定的だ。金曜日に活動しない部活も結構あるだろう。それに何らかの用事で帰らなければならない人もいる。
「帰宅組の人の中にもし犯人の知り合いがいたら何かと面倒なことになる、言い訳とか。だから終業してからしばらく経ってから投函しよう……と犯人は考える? ってことで良いのかなお姉ちゃん」
「そうです。だから犯人……じゃなかった、差出人は終業直後、そして情報部の部活動終了時間前後は必ず避けねばならない、ということです」
「なるほどね。それができるのは昨日情報部を休んだ内部進学の高校一年生三人に絞られるわけだ」
「はい。投函するまでの間は人目のつかない場所で時間を潰すか、別の用事を済ますかをしていたのでしょう。そして、他の生徒が部活動に励む時間を見計らって、下駄箱に手紙を投函しようとした」
「そこで、私が来ちゃったの?」
岩木さんが、自身無さ気にそう言った。
「そうです。差出人は焦ったことでしょう。こんなに用心しておいて、もし知り合いだったら何もかもパァだと」
そして実際に来たのは岩木さんという同じ部の人間だった。
「同じ部の人間がこちらに来る、焦った差出人は慌てて目の前にあった下駄箱に入れて何も持ってないふりをしようとしたのでしょう。もし自分が岩木さんに見つかったとしても、手紙の事は隠せますから」
「まぁ私はその時それどころじゃなかったんですけどね……」
差出人にとって不幸なのは、咄嗟に隠しておいた下駄箱が岩木さんの物だったということである。岩木さんは下駄箱の中に手紙があるのに気付き、中身を読んでしまった。さらには僕という第三者にも読まれてしまった。
「うわぁ、犯人可哀そう。あんなに準備したのに」
まったくだ。
「でもさ、これだけだとまだ差出人は特定できないよ。今までの推理で三人に絞れた理由は分かったけど……」
「三人、もっと絞れば二人ですね」
いったいどっちが差出人だ?
「誰が差出人か、というのは竹石さんが先ほど言っていたことでわかりました」
「えっ? そんなこと言ったっけ?」
「はい。『今は男に興味ない』と。」
竹石さんの顔がみるみるうちに困惑の表情になっていく様は、見ていてとても面白かった。
「…………まさか、椿ちゃん? その差出人って」
「ご明察です。差出人は昨日休んだ唯一の内部進学の高校一年生の『女子』です」
「竹石先輩いつも言ってますよね! 『男に興味はない! 付き合う気はない!』って。つまりそれって、わたしと同じで、女の子が好きってことですよね! だから男と付き合えないんですよ!」
恋をする人間というものは、恋愛対象である人間に変思い込みをしがちである。例えば「彼女の好みは俺みたいな人間のはずだ」とかね。まさしく目の前にいるこの女子のことだ。
「だから、思い切って告白することにしたんです! 竹石先輩、岩木さんには結構優しくしてるから、年下の女の子が好きなんだって!」
……にしてもこの思い込みは異常じゃないだろうか。
「あぁ、えっとね、それはそうじゃなくて……」
「何が違うんですか!」
「うーんと、えーっとね……」
竹石さんが少し涙目になりながら振り返って、第一資料室の外にいる僕らを見た。
「……後は当人同士の問題なので、私たちは退散しましょう」
「そうだねお姉ちゃん。私達邪魔みたいだし」
「あの、カ……部長。良いお報せをお待ちしておりますね」
「えーっと、その、竹石さん。『好』という漢字は『女子』と書くんですよ」
僕らはそう言い残すと、第一資料室の扉をそっと閉めた。
「待ってみんな! 何か、何かいいアドバイスを……!」
「た、竹石先輩! わ、わたしとお付き合いしてくれませんか!」
第一資料室からは、ちょっとした悲鳴と懇願が聞こえてきた。
「つまり『今男と付き合う気はない。いい大学行ってブルジョワ引っ掛ける』なんて常々言ってる人に対して男があんな手紙書くなんて思えない、ていうことだったのか」
「そういうことです。『常夏のダイアンサス』なんて洒落た表現を使う人が、割と外道な女子に向かって『窓辺の姫君』なんて言葉、手紙に書くとは思えません。そういうことを書けるのは『男と付き合う気はない』云々が嘘だとわかっている人、つまり親しい人物や嘘を見抜ける同性の人間に限られます」
「なるほどね。でも親しい異性が手紙を書いたとは考えられない?」
「一応考えましたが、竹石さん自身の言葉で否定できました」
「あれ? なんか言ってたっけ?」
「はい。『あまり言い過ぎないようにね。私も仲良い子には本当の事言ってるし』と。普通、男性に対して『仲良い子』という表現は使わないでしょう?」
「あー……なるほど」
ていうかよく覚えてるね、そんな些細な言葉。
「……でも、あんなに思い込みの激しい人だとは思いませんでしたが」
「あぁ……うん、そうだね」
うーん、竹石さんどうなっただろうか……。あの調子だと変な言葉かけてさらに火に油を注ぐ結果を生みそうな気もするけど……。
「あまり深く考えるのはよそう……」
「そうですね。それが賢明です」
うん、竹石さんには強く生きてもらいたい。
「そう言えばなんで待ち合わせ場所が第一資料室だったの?」
「たぶん……人通りが少ないからだと思います」
今度は岩木さんの推理ターンだ。
「第一資料室は高校教員室の近くで、だからみんな好んで近寄ろうとしない。奥まった場所にあるから、余計にに人が来ない。だから、声が外に漏れてもある程度は大丈夫。それに、基本的にいつでも鍵が開いてるらしいし……」
「へぇ……」
うーん、みんな頭いいなぁ……。自身なくすね。
と、ここで視線を感じた。
「……」
視線は、岩木さんからの物だった。
「……どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもない」
「? そう?」
なんだろう。気になるなぁ……。
「さて、もう今日は帰りましょうか」
「そうだねぇ。なんかもう疲れた……」
「私はパソコン室に行って部長が遅れること言わないと……」
情報部は今日も部活がある。竹石さんと岩木さんと、そしてあの女子は事前に遅刻すると先生には伝えてあるらしい。
「ん、じゃあまた明日」
「また、明日。赤川くん」
こうして、僕と岩木さんの問題は解決した。
竹石さんの奇妙な恋愛問題から、目を逸らしつつ。
次回投稿は未定です