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第50話彼女の中の小さな正義

 雫には一人の妹がいた。彼女の三歳年下で、名前は明里。出会った頃はよく三人で遊んでいたのを覚えている。しかし彼女は大きな病に侵されていた。俺も後になって知ったのだが、日本の医療ではどうにもならないレベルのものだったらしい。


『私絶対助けてみせる! 明里は私のたった一人の妹だもん!』


 雫は明里のお見舞いに行くたびに、そんな事を言っていた。まだ小さい彼女に、出来る事はないと分かっていても、彼女は決してそれを諦めようとしなかった。

 だがいくら彼女が諦めようとしなくても、病状だけは悪化していく。小学校を卒業する前には、彼女はずっと寝たきりになってしまい、お見舞いへ行っても目を覚ますことはなかった。


『楓、私嫌だよぉ。明里がいなくなるなんて考えたくない』


『それは僕も同じだよ。でもどうすれば……』


 そんな明里をずっと見続けてきた俺達は、己の無力さばかりを実感させられ、もはや無事を祈ることしかできなかった。

 その祈りが届かなくなる事も知らずに……。



「シズクが家出? それ本当かカエデ」


「ああ、部屋を探してもどこにもいない」


 雫がいなくなっている事に気がついた俺は、すぐにポチに伝える。俺はすぐに彼女の家を出て、ルチリア達にもその事を伝えた。


「シズクちゃんが? 急いで探さないと」


「私が余計な事を話したせいなら、ルチリアさん私も行きます」


「待った二人とも。急ぐ気持ちは分かるけど、雫を探しに行く前に皆に話さないといけない事がある」


「話さないといけない事?」


 雫がいなくなった事に驚きはしたが、俺は至って冷静だった。モカの話などを聞く限り、彼女は恐らく何かの意思があって村を出て行ったのだろう。

 そしてそれは、多分ルチリア達に関係している事で……。


「ルチリアやモカ、全員に聞いてほしいんだ。雫に関しての事を」


「もしかしてカエデが先程意味ありげに言っていた事と何か関係があるのですか?」


「正直この話はあまりしたくなかったけど、雫がモカを救ってあげたいって言ったのには、ちゃんとした理由があるんだ」


「理由?」


「雫には病気の妹がいたんだ。俺達がどう抗おうとしても、どうしようもないくらいの病気を患った、あいつのたった一人の妹が」


 ■□■□■□

 この世界に来て、思っていた事がある。今こうしてポカルミ村で暮らしているけど、どうしても私だけ蚊帳の外な気がしていた。私はこの世界の事情も、ポカルミ村の住人達の事も、そして楓の事も何もしれていなかった。

 だけどあの日モカから話を聞かされて、自分にもできる事がある可能性が生まれた。


(モカは言っていた。それはどうにもならない事だって。でも……)


 もし救える命があるなら、私にできる事をしたかった。こちらの世界に来る前、私は医者の卵として医学の勉強をしていた。何も出来なかったあの時みたいな事を繰り返さないように、一つの命を救えるように。


(自分勝手な正義かもしれない。それでも私は)


 明里が私に与えてくれたものを、そう簡単に手放すような事だけはしたくなかった。


「お、そこにいるのは確か」


「あ」


 そう考えているうちに村を飛び出していた私は、その道中で見覚えのある人物とすれ違う。


「カグヤさん、でしたってけ?」


「もう妾の顔を忘れたのか? わざわざこの世界に送ってやったのに」


「そんな言い方しなくても」


 私の中のカグヤさんへの第一印象は最悪だった。この世界に送ってくれたとはいえ、楓を巻き込んだ張本人でもある。そう、彼女が楓を呼ぼうとしなければ、楓は何も知る事なく平和に暮らせていたのだ。それなのに、彼女は……。


「お主一人がポカルミから離れたところにいるとは、珍しいのう。喧嘩でもしたのか?」


「そうじゃないです。私はただ」


 例の事を言うか悩む。彼女はここの島長らしいけど、もしかしたら何か知っていたりするかもしれない。だけど彼女を頼るのは、何か嫌だ。


「確かお主は医療の勉強をしておったのう。まさかとは思わぬが、獣化病の治療法を考えておるなら、今すぐやめるのじゃ」


「ど、どうしてそれを」


「お主の事をある程度は調べさせてもらっておる。勿論お主の妹の事ものう」


「っ!?」


 当然の事のように言われて、ちょっと反応してしまう。明里の事を楓以外の誰かが話すのが許せなかった。親しい人物ならともかく、彼女は赤の他人。


「妹の事を救えなかったから、他の病人を救ってあげたい、そのお主の気持ちは悪いとは言わぬ。しかしそれとこれとは違う。獣化病は決してお主のようなものが手を出してはいかぬもの。それはたとえカエデだとしてもじゃ」


「どうしてですか? こんな話を聞かされたら、黙っているなんてできないですよ!」


「それが大きなお節介じゃと言うておる。お主が相手をしようとしておるのは、たった一人の命ではない。世界中の命を相手しようとしておるのじゃ。お主にその覚悟があるか?」


「覚悟なら最初から」


「では聞こう。お主は今ここで妾を殺す事ができるか?」


「そんなの無理に」


 決まっている。何の意味もなく、一つの命を奪うなんて私にできない。


「獣化病を治すただ一つの方法、それを出来ぬお主に覚悟などあるわけなかろう。分かったならポカルミへ帰るがよい」


「ただ一つの方法が殺すだなんて、絶対」


 おかしいに決まっている。

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