陰陽師とトロッコ
激しい呻き声と共に、その妖怪は法陣に吸い込まれ、青紫の光となって青い空へと真っ直ぐに飛び立った。
肩で息を切らしながら、俺は言った。
「やりましたね。」
「ああ。」
俺らにとって、これは陰陽師としての初任務だった。
確実に個々の能力を発揮しての勝利ーそれでも、残ったのは輝かしい達成感なんかじゃなかった。
「人の命ってさ、無限大らしいぜ。」
突然、遠賀原は言った。
彼らしくない静かな声に、背筋が冷える気がした。ズタズタの線路の残骸に、和紙の燃え滓が舞っている。
「これまでずっと、人の命ってのは1だと思ってきたんだ。」
突然何を言い出すんだ。
ボロボロのスーツに、焼け焦げた跡が狼の爪痕のようだ。
俯いた彼の表情は見えなかった。
「だから俺はずっと、あの時なんでお前が、トロッコ問題で大人数を救えないって言ったのか、分からなかったんだ。」
粉々になった蛍光灯の音がブーンと響いている。
「一つの無限大と多数の無限大はどっちも無限大だから比べられないんだろ。」
生きていれば可能性が無限大。それ故に、命の価値は無限大。
人生に希望が有り余る人間にしか辿り着けない価値観。
「俺は…知りたく無かった。」
「知りたく…なかったんだよ…」
彼の頬の古い火傷の跡を、静かに涙が伝った。
俺は答えることができずに立ちすくむ。
コンバットブーツが瓦礫を踏み締める微かな音が酷く大きく響く。
彼の目の前には犠牲になった数名の罪なき一般人のカケラが転がっている。
あと6分もすればドクターヘリが到着して、生き残りを回収してくれるだろう。
「お前が泣いてどうすんだよ。」
イヤーピースから突然流れた音声に、俺は不覚にも泣きそうになった。
千羽先輩だ。
「お前に泣かれたら、助けられた人間はどんな面して生きてったらいいんだよ。」
「いいか?陰陽師ってのはな、未来の可能性を夢想するもんなんかじゃねえ。お前の目の前にその瞬間に存在する尊い命を、できるだけ多く救う事なんだよ。」
「全く、それに伴う犠牲は承知の上だろ?責任取る覚悟ができてない状態で現場に出るんじゃねえよ。」
「先輩…。」
キツく握り締められた拳が、痛々しかった。
俺は、どちらも正しくて、間違ってると思う。
目の前の空間軸で、助けられるものは助ける。
それで助けられなかった可能性たちを惜しみ、苦しみ続ける。
どちらも人として、避けられない連綿たる業の中で、循環していく感情なんじゃないか。
あの妖怪は強かった。
幾千年も悠久の時を経て、溜めた憎しみを、惜しげもなく降らせてきた。
遠賀原の式神と俺の法陣を使っても、被害が出ない方がおかしい。
それは派遣された時から周知の事実だった。
洞窟の中に激しい風が吹いて、俺の白装束をパタパタと翻させる。
新鮮な山の空気だ。
「靄が晴れたな。」
「はい。」
遠賀原の瞳が、澄んで見えた。
終




