土子丈の妖怪
トコタケは雷が好きだった。
轟く雷鳴は、雅なる音楽のようで、ザァザァと天高くから降り頻る音や、屋根からぽつぽつと滴る淑やかな音、四輪車に砕ける白波と共に高尚なアンサンブルを奏でている。
何より閃く稲妻は、空から落ちると見せかけて地上から昇り、その龍の如し神々しさと、どこを通るかわからない不確実性が、辺り一帯一地域をダンスフロアに変えてしまう。
トコタケは、稲妻から付かず離れず瞬間移動で逃げ回りながら指差しダンスを踊っていた。
そうすると、かつて山岳を飛び回っていた頃を思い出すようで、懐かしかった。あの頃から数段進化した自分を、烏たちに見せつけるかのように、彼は激しく踊った。
トコタケは、飛べるわけではなかった。いわば、Flappy Birdを生身でやっているといったところだ。
正確には、指差した先の、意識を集中させた点に存在の座標を固定できるので、理論的にはしばらく念じ続ければ自らの体を空中にとどめることもできなくはない。
ただ、彼は空中浮遊は得意ではなかった。
数年前、一念発起してヨガクラスに通い、瞑想を修練したことがある。
その時も、ぴったりしたヨガウェアのインストラクターに、「それでは今ここにある体に集中しましょう。」と言われた瞬間に「おでこがかゆい」「はて近所のスーパーの割引デーは明日であったか本日であったか」「三軒先で窓に雀が当たった音がしたなぁ……」などという調子で雑念がこれでもかと滝川の如く湧き出てくる始末であった。
その次に修練に使ったのはリズムゲームだった。左右の指でスマートフォンの画面上に現れる丸を、正しいリズムでタップするのだ。これがなかなかに難しい。
ある時、トコタケは熱中し過ぎたのか、ゲーム画面の中に座標を固定してしまった。
彼は曲がりくねったピンク色の足場の上で、隕石の如く落ちてくるカラフルに光る水晶から逃げ回る羽目になった。
閃くMISSの文字をアンダー・スライドで回避しながら、トコタケはこれまでにない高揚感を感じていた。
それからというもの、彼は現実世界で同じくらい心震え血湧き肉躍るスリルを求めていたのだ。
トコタケは、稲妻に突っ込んできた鳥をテレポートで回避させてやりながら、刹那的なアドレナリンに酔いしれていた。
天狗の舞を地上から眺めながら、よくもまあ、あんなに目立ったことをするもんだ、と忍勝は思った。
酒に酔ってでもいるんじゃろうか、あぁそれだからいつも赤ら顔なんか、体にも見た目にも良いことないっちゅうに。
「ご馳走様です!」
賢太郎は、ラーメン屋のレジ脇に置いてあったガチャガチャに目を留めた。小学生の頃よくやったなぁ、懐かしい。
賢太郎は豪雨の中、雷に撃たれないよう小走りに会社へ向かった。
トコタケは、雷をひらりひらりとかわしながら、ふと、自分なら落雷地点を変えることが出来るのではないか、と思いついた。
自分の体を高い位置にテレポートし、その後の落下速度を予測して、然るべきタイミングで両指をテレポートの前後両地点に向ける。
「ピカッ…」
成功だ。
トコタケは、何度も何度も練習した。地上では、木々が裂け、避雷針が悲鳴を上げた。
地上では賢太郎が信号待ちをしながら、空を旋回する黒い影を見つめていた。なんだろう。雷神様が何かか?ヘソを取られる前に建物に入らないと。へへっ、なつかしいな、誰がヘソ取られるなんて思いついたんだろう。
会社のエレベーターはガラス張りで、外の様子がよく見えた。激しく雷がとどろいて、この地区に集中砲火を浴びせているようだ。
事務イスに腰掛けると、ついさっき買った、ガチャガチャのカプセルを開けてみる。
安っぽいプラスチック製だが組み立てると 3×8cmのサイズでデスクに置くのにちょうどいい。
数ヶ月前、とあるガチャガチャの商品開発部門の会議は、老舗豚骨ラーメンのコテコテの液のごとく煮詰まっていた。
近年の不景気により安価にときめきが得られるガチャガチャ業界は利益を上げていた――というのは一部のことで、アニメや映画、ゲームなどと提携していない我々のような中小企業はかなりの悪戦を強いられていた。
「うーーん、やっぱりとりあえず、かわいい動物にすれば良いんじゃないすか。」入社2年目の山田が言う。
「食べ物やなんかのミニチュアとかじゃダメなんですか?ぬい活もあるし、売れるんじゃ。」と岩埼。
女性社員ならではの発想は有り難いんだが、それじゃ決め手に欠ける。
部長はごま塩の頭を抱えてうなった。
「どっちもすでに他会社の商品がたくさんあるだろう、それに動物の毛並みやカラフルな食品サンプルはサイズに比べてコストがかかるんだよ。」
「オリジナリティがあって、ワクワクするようなものじゃないとダメなんだ!」
「見た人が、クスッと笑えて、少し幸せになるような‼︎そういうものじゃなきゃダメなんだ‼︎」
新人がボソッと呟いた。
「じゃあ…マーメイド菩薩とかどうすか?」
「……それで行こう。」
彼らは血迷っていた。まごう事なく、大変血迷っていた。だがしかし、どこかの誰かを少しだけでも幸せにしたいという、熱すぎる気持ちだけは本物だった。
しかしあの店のラーメンは本当に美味いな。結構良いスーツと、整えた髪を犠牲にしたかいがあった。
ハンカチで体を拭いていると、卵サンドを食べていた事務さんが話しかけてきた。
「兼沢さん、まさか外で食べてきたんですか??」
「そうだよ。いつものラーメン屋で。」
「え、やばくないですか、今雷警報出てますし、さっきもそこの木のとこに雷落ちてましたよ!」
「あ、確かに。」
「確かにじゃないですよー、死ぬとこですよ、こわいこわい」
卓上には、水浅葱色のマーメイド菩薩が満面の笑みを浮かべて鎮座していた。
終




