アーカイブ「に」814-012
【独立行政法人 狭間塞領事務所 事後処理会議(音声記録)】
日時: 202✕年8月〇日 15:00~16:30
場所: 瀬田谷支局 第三会議室
案件:特例案件16号 九十九駅における非周期化現象における決裁事項の確認
出席者:監査部(乙)、管理部(甲)、情報処理部(丙)
[録音開始:15:00]
監査部(乙)「定刻ですね。これより、特例案件16号に関する決裁事項の確認会議を始めます。本日のアジェンダは全端末に共有済みですが、主にイレギュラー発生による委託先であるAFK環境調査株式会社の対応評価、および被誘者の最終状況とその現世側の処理についてです。……ではまず、事象の発端となったクレームの件から」
管理部(甲)「(舌打ちの音)まったく、忌々しい! アイツのあの態度はどうにかならんのですか!?」
監査部(乙)「落ち着いてください。彼の態度について問題があることは事実ですが、今回、重要なのはそのクレームが事実に基づく正当なものか否かです。……九十九駅周辺の磁場観測データを確認できますか?」
情報処理部(丙)「……出力します。事象発生時のログを参照。該当エリア、座標[35.XXXX, 139.XXXX]を中心とした半径五百メートルの磁場変動予測において、十六時十五分頃より規定の係数を上回る突発的な乖離を確認。局地的に予測モデルの限界値を超えた速度で浸食が進んだため、我々の定点監視システムの網目をすり抜け、警告をAFKへ連絡したのは十六時三十四分を回った時点です」
管理部(甲)「監視システムが感知できなかった、これは不可抗力だ!」
監査部(乙)「不可抗力であったとしても、通達遅延はこちらのミスです。今回は事前にAFK側……正しくは伊津を介してですが、作業時の九十九駅の蓋と網の要請が正式に申請されていました。にも関わらず結果的に被誘者を発生させ、彼らに想定外のリスクを負わせた。……AFK側の主張は立証されます。管理部としては耳が痛いでしょうが、この件に関する向こうの言い分は正論として受理せざるを得ません」
管理部(甲)「だ、だとしても! あろうことか『散らし』を使いましたよ、あいつは! 事後報告で! 現場の判断とはいえ規定違反だ」
監査部(乙)「ええ。第三種封縛の手順を踏まない『散らし』は非常に危険です。監査部としても、通常であれば重い懲罰対象、最低でも報酬の減額処分とする事案です」
管理部(甲)「でしょう!? 現場の塞領師にそんな勝手を許しては、事務所全体の統制に関わる。即刻、ペナルティの通知を――」
監査部(乙)「『通常であれば』と言いました。……AFKから提出された本件の報告書は確認されましたか?」
管理部(甲)「いえ、まだですが……どうせいつもの『地点Aにて作業完了』みたいな、人を舐め腐った二行レポートでしょう?」
監査部(乙)「リンクを送りました。よかったらご確認ください」
管理部(甲)「……なんだ、この報告書は。事象発生から鎮静化までのタイムラインが整理されている、だと? しかも対象Aの報告齟齬と強制力の所感まで……あの小僧が、このような書類を作れるはずがない……!」
情報処理部(丙)「今まで、アプリによる位置情報、及び音声解析、波長変動のログと霊的残滓の減衰曲線にてAFKの作業を把握、管理していましたが、今回の報告書を合わせることで、各作業及び狭間内部の数値化・相関化が促進される優良なデータになっています」
監査部(乙)「伊津氏から新しく雇い入れた助手が作成したものと報告が上がっています。一般枠からの採用とのことですが、見鬼の能力と、現場での事象を観察し、正確に言語化する能力に長けているようですね」
情報処理部(丙)「……補足。AFK、碇守氏による追加提出データにより、残滓の再結合座標がほぼ特定されています」
管理部(甲)「……は?? 再結合座標の特定なんぞ、通常はできないだろう!!」
情報処理部(丙)「分析班で精査しましたが、座標データは信頼に値すると判断されました」
管理部(甲)「~~~~~っ、腐っても碇守と言う事か」
監査部(乙)「以上により、今回は特例として『散らし』の事後承認を、コチラの不備と相殺という形で行うべきかと」
管理部(甲)「……仕方ありませんな。ですが、あくまでも今回は特例と言う事で!!」
監査部(乙)「勿論です。……では、ペナルティは無し、イレギュラー対応の割り増し報酬も満額で決済に回します」
管理部(甲)「……了解しました」
監査部(乙)「ところで報告書に一点、看過できない懸念事項があります。情報処理部」
情報処理部(丙)「……該当箇所のログを展開。報告書作成者、綱木夏樹について。照合の結果、彼は今回の事象における被誘者A、大島浩二の元部下であったことが判明しています。両者の間には数年に及ぶ職務上の面識がありました」
管理部(甲)「元部下? ……だとしたら、この報告書の記述は不自然すぎるぞ。対象者に対する呼称が終始『被誘者A』『当該男性』などで統一されている。まるで赤の他人を観察しているかのような、完全に切り離された視点だ」
情報処理部(丙)「その通りです。現場の音声データおよび伊津氏のヒアリング結果を総合すると、綱木は泥の怪異――対象Dとの接触後、大島を『見覚えのない部外者』として完全に誤認、あるいは記憶の脱落が見られます」
管理部(甲)「……怪異による直接的な精神干渉か? それとも外傷的要因か?」
情報処理部(丙)「現時点で断定はできません。ただ怪我などは確認されていないため、極度のストレス下における心因的な防衛反応か、あるいは境界汚染による選択的記憶欠損の可能性が高いと推測されます」
監査部(乙)「境界汚染の初期症状としても、無視できるものではありませんね。救急を要する深刻な状態ではないでしょうが、放置するのも……」
情報処理部(丙)「……同意します。観測者の主観が歪めば、データの信頼性が失われます」
監査部(乙)「彼に心理・霊的検査(ランクB)を受診させるよう、伊津氏から碇守――春日井氏に要請を。あくまで『定期健康診断の一環』という体裁で構いません」
管理部(甲)「承知しました」
情報処理部(丙)「調査部へ情報の連携、伊津氏への通達フォーマットを作成します」
監査部(乙)「では、最後の議題に移りましょう。その報告書にも詳細が記載されている、被誘者A、対象Bに乗車してしまったという男性ですが……」
管理部(甲)「身元は特定済みです。四十四歳、営業部長――素行調査を行いましたが、典型的な他責思考の持ち主でした。部下を何人も休職や退職に追い込んでいる記録があります。今回の事象、おそらく蓋をすり抜けたのはケース『ろの4』あたりでしょうか」
情報処理部(丙)「……推論モデルと合致。被誘者Aの精神波長は、九十九駅で発生した対象Dの構成要素と極めて高い親和性を持っています。本来のプロセスであれば、彼が対象Dと同期し『核』を補強していた可能性が高いです」
管理部(甲)「そこですよ! 本当に幸いだった! もしあいつが対象Dに取り込まれて肥大化させていれば、九十九駅の結界の管理体制を根本から見直して張り直す羽目になっていた。予算も人員も吹っ飛ぶところでしたよ……」
監査部(乙)「ええ。そこは不幸中の幸いでしたね。対象Dの危険性が未知数であった以上、最悪の事態は免れました」
管理部(甲)「それで、被誘者Aは自ら『対象B』に逃げ込んだあと、……そのまま捕食された、ということで相違ないですかね?」
情報処理部(丙)「……肯定。自発的な乗車後、ドアの閉鎖と共に生体反応のトラッキングロスト。現在、対象Bは通常運行ルートに復帰していますが、内部に特異なエネルギー反応の増減は見られません」
管理部(甲)「ならば『なんの問題もない』ですね!」
監査部(乙)「……対象Bの許容量にはまだ十分な余裕がありますが、警戒は必要でしょう……それで管理部としては、被誘者Aの救助または回収の要否はどう判断しますか?」
管理部(甲)「不要です! 全く必要ありません! 特一級の機材と専門の突入部隊を編成する価値、当事務所が背負うべきリスクとコストを考えて、今回は『残念ながら』というところですね」
監査部(乙)「倫理的な観点は除外するとして、純粋な費用対効果の面で、ということですね」
管理部(甲)「当然です。我々は限られたリソースの中で、維持すべき優先順位を決め、判断する義務がある。あんな『ろの4』の親和性を持つ個体を、莫大な予算をかけて助け出したところで、再び別の狭間を開くトリガーになるリスクばかりです……!」
監査部(乙)「……」
情報処理部(丙)「……結論を記録します。被誘者A、大島浩二の救助および回収は『コストおよび二次被害リスク甚大につき棄却』。当該個体のバイタルサインは、現世の定義上、消失したものとしてアーカイブ処理を実行します」
管理部(甲)「それでは、こちらも通常通り『行方不明(不幸な事故)』として警察および関係各所へ処理の手配を進めます」
監査部(乙)「よろしくお願いします。では本会議は以上とします」
情報処理部(丙)「これにて録音を停止し、議事録の暗号化プロセスに移行します。お疲れ様でした」
[録音終了:16:30]
【第一部 九十九駅編 完】
今回で夏樹と春日井の出会い、「第一部 九十九駅編」は完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
まだまだ監査部のインテリメガネ(春日井談)や情報調査部のおっきなヤバイお姉さん(夏樹感想)といった新キャラの登場など、続きを書いていく予定ですが、少し構成を練り直してからまた更新を再開します。のんびりお待ちいただけると嬉しいです。
九十九駅編がちょっと長めだったので、次は各エピソードを短めにテンポよく収められるようにしたいなと思っています。
評価やリアクション、ブックマークなどしていただけるとすごく励みになります!ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。




