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カルネアデスの泥人形(後)


     × × ×     


 二日後の土曜日。

 俺は海辺の水族館を訪れていた。


 一人寂しく遊びに来たわけじゃねえぞ。

 安来と加藤の初デート『秋の港町散策~水族館・観覧車を楽しむ~』に同行するためだ。

 我らが宇佐うさ先生曰く、付き合う前の男女にピッタリな定番デートコースらしい。

 実際、薄暗い館内は家族連れとカップルだらけだ。


「今さら、なんで中学の時に元カレと行ったデートコースを巡らなきゃなんないのよ……」


 安来やすぎはクラゲの水槽を眺めながらため息をつく。

 今日の彼女には女装姿ではなく、出来るかぎり格好良い加藤由紀かとうよしのりをコーディネートしてもらった。

 シャツとスラックス、ジャケットというシンプルな服装だが、加藤の顔面の良さもあってイケメン男子っぽく見える。

 あくまで「っぽく」なのはどうしても中学生ぐらいの女子に見えてしまう時があるからだ。

 これは中身が女子やすぎだからというより、やはり体格の問題だろう。男子にしては細すぎる。


「安来さん、水族館好きなんだよね。だったら何度来ても良いじゃん」


 一方の加藤は想い人である安来千佐子の身体を理想通りに飾りつける……なんてことはなく。

 いかにも都心の街中を歩いていそうな、秋物のワンピース姿だった。小さなショルダーバッグを担いでいる。

 ファッションの神様から出入禁止を言い渡されている俺には解説できないが、よく似合っているはずだ。

 安来本人曰く「前に同じ格好で遊びに行った」「丸パクリすんじゃないわよ」とのこと。


「よし。俺は先に行ってるから。二人はゆっくり観ててくれ」


 TPOを弁えるためにマスク・サングラス持参でやってきた俺は、水槽のイソギンチャクには目もくれずに「なるはや」で順路を進む。

 さすがにペンギンエリアとジンベエザメの巨大水槽の前では立ち止まったが、安来と加藤に追いつかれる前に立ち去った。

 水族館は意外と見所が多い。今度また一人でゆっくり来てもいいかもな。


 最上階から出口のある三階まで降りてきた俺は、休憩用のベンチに腰を据える。

 途端に溜め息が出た。

 ああ。出来ることなら今すぐ『学園相談部』の部室に帰りてえ。


 何が悲しくて他人のデートに付いていかなきゃならんのか。

 あんな誘い方になってしまった成り行き上、仕方ないといえばそうなんだが。他人事だし、面倒くさいし、羨ましいし。とても気落ちする。


 いっそ自分だけドタキャンしたら良かったな。

 後は若いお二人だけで……と任せるべきだった。今後についての話し合いを含めて。

 ただ、そうすると今日のデート自体が成立しなかった可能性もあるのだが──実際、出口から出てきた安来と加藤の雰囲気は剣呑そのものだった。

 こちらの姿を指差すなり、二人は駆け寄ってくる。


「ねえ川口君。聞いてよ。こいつ水槽に映った自分の……あたしの姿を見ながら素敵だなあ、可愛いなあとかウットリしてんのよ。キモすぎて鳥肌立ったんだけど!」

「僕は正直な感想を述べただけさ」

「まさか家でも同じようなことしてないわよね。パパとママにドン引きされちゃう」

「どうだろうね~」


 青ざめた様子で腕を抱える安来に対し、挑発気味に舌を出す加藤。

 一触即発の両者に俺は冷たいソフトクリームを手渡してやる。ミックス味だ。


「えっ。ありがとう川口君」

「気が利くじゃ~ん」


 二人は甘味に舌鼓を打つ。

 我ながら旅行会社のツアーコンダクターとか向いてるかもしれん。いやダメだな。履歴書の写真で落とされちまう。


「あ~。めっちゃ美味しい。生きてて良かった~」

「いや死んでるし」


 安来の身体が発したわざとらしい台詞に、安来本人がツッコミを入れる。

 当意即妙だった。

 なんだかんだで少しは打ち解けたのかもしれん。


 彼らの様子を遠巻きに眺めながら、俺は手元のソフトクリームに舌を伸ばした。



     × × ×     



 水族館の後は買い物タイムだ。

 近隣にあるショッピングモールを適当に巡らせる予定だったが、二人とも買いたい物が無いという。

 ソフトクリームを食べたばかりでお腹も空いていない。

 そうなると、夜までやることがなくなってしまう。何なら安来のほうは帰りたそうにしている。


 全く。こいつらはデートを何だと思っているんだ。

 デートってのはもっと楽しくて、良い感じで、フワフワしてて、ウフフな状況をお互いに協力しながら作り上げる作業なんだろ。

 一生行くことがねえから、実態なんぞ知りようがないが。


 安来の身体がトイレに行ったタイミングで、俺は加藤少年の身体に耳打ちする。


「おい安来。もうちょっと協力してくれ」

「茶番に付き合ってあげてるだけで十分でしょ」

「加藤の要望に応えてやれば、お前の願いが叶うかもしれねえぞ」

「それはそうかもだけど……って川口君はあたしが死ぬことになってもいいの?」


 彼女は意外だとばかりに目を丸くした。

 そういえば先日、生きていれば楽しいことがあると言ったばかりだったな。

 あれは自分の本音ではある。ただ他人に強制するつもりはない。


「まあ。お前らが決めたことなら仕方ねえだろ。部外者の俺が文句を付けるほうがおかしい」

「ふうん。そうやって切り分けて自分だけ楽になりたいんだ。相談部って薄情だ~」

「…………おい」

「ごめんごめん。甘えちゃってたね。ああもう。長引くからこんなふうになるんだって」


 彼女は切り揃えた前髪を掻き分けながら、目を伏せて呟く。


「ほんと。早くケリを付けないと。決意が揺らいじゃう」


 まだネクロマンサーは戻ってきていない。

 ショッピングモールの廊下で、俺は彼女の両肩を掴んだ。


「本気で止めてほしいなら止めてやるぞ」

「それは……」

「生きたいなら生きたいって言えよ。どうなんだ。安来」

「……痛い。離して」


 思いのほか、指に力が入ってしまったらしい。

 俺は彼女から手を離す。それにしても叩いたら折れそうな身体の薄さだ。ちんちん付いてんのかな。

 目線を上に戻すと、彼女のほうから両肩を掴んできた。


「生きたい。生きたいよ。そりゃ。でも今のままは嫌なの」

「やっぱり元に戻りてえのか」

「それもそうだけど。あたしのせいで他の人に迷惑かけるのは違うじゃん。加藤君には加藤君の人生があるのに」

「あいつがお前をコピーしたのはあいつの責任なんだから、お前が気にする話じゃなくねえか」

「川口君。あたし加藤君の部屋にあった本を読んだの。死霊使いの本。ちゃんと書いてあったよ。死者の身体を操る代償は『自分の寿命』だって」


 俺は返すべき言葉を失う。

 寿命ライフを対価に行動を起こす。ゲーム好きなら一度は触れたことがあるはずの概念だ。

 当然、野放図に使い続ければ術者の寿命は尽きる。

 すなわち死者である安来千佐子の心身を動かし続けるほど、加藤由紀の死期は早まっていく。


『あの子が居ない世界なんて耐えられない』


 一昨日の夜、加藤が言い放った言葉を思い起こす。

 あいつはそれでも良いんだろうな。きっと。


 そんな強烈な覚悟が、安来本人に伝わっていない。

 何故か。

 答えは「そもそも伝えていない」からだ。


「ふう。女の子のトイレには慣れないね。安来さん、後学のためにコツを教えてくれない?」

「サイテー」


 トイレから戻ってきた安来の身体に、安来本人が罵声を浴びせる。

 加藤のこういう物言いが本音をひた隠しにした結果だとしたら、何というか。不器用な男子そのものだな。

 同じ男として気持ちはわからんでもないが。

 そろそろ片想いを終わらせる時だろう。



     × × ×     



 港町デートの最後は観覧車に乗るものらしい。

 かつて世界最大の高さを誇ったという巨大な鉄輪には、親密な会話にピッタリの狭苦しい個室ゴンドラがたくさん吊るされている。


 俺は高所恐怖症を装うことで彼らを二人きりにすることに成功した。

 一回りするのに十五分かかるらしい。

 スマホで時間を潰しているうちに、二人が降りてくる。


「川口君、お待たせ」

「本当に川口は乗らなくていいのかい? 夜景と呼ぶには早いけど、夕日に染まる街が素敵でさあ」

「よし。もう一回乗ってこい」


 明らかに空中散歩を楽しんできただけの連中をゴンドラの待ち列に押し戻す。

 何のために部外者の俺が今日のデートプランを考えてきたのか。ツアコンの気持ちも考えていただきたい。


「ねえ。次は川口君も乗らない?」

「紫雲の向こうに浮かぶ星々が煌めいてるよ~」

「お前ら空ばっか見てんじゃねえ! 他にやることがいくらでもあるだろ!」


 俺は再び二人をゴンドラの待ち列に押し戻した。

 こうなったらあいつらが真摯しんしな話し合いを終わらせるまで、何度でも壁になってやる。


「…………」

「…………」


 三度目の降車口での二人は無言だった。それぞれ自らの腕を抱き、目線を逆方向に向けている。

 俺が反応に困っていたら、今度は二人のほうが俺の手を引っ張ってきた。当然向かう先は待ち列だ。

 受付で千円札を支払い、あっという間にゴンドラの中に入る。


 巨大な車輪の回転運動に従う形で座席が少しずつ上昇していく。

 俺は幼稚園の頃、両親と遊園地に行った時を思い起こす。あの時以来の体験になるんだな。

 加藤が語っていたとおり、眼下に広がる橙色の街並みは美しかった。


 そんなことより目の前のこいつらだ。

 俺は対面の席に座り、今なお目線を合わせようとしない二人に話しかける。


「おい。俺まで連れ込んで何のつもりだ。おかげでなけなしの千円札を失っちまったぞ」

「川口さあ、それはこっちの台詞だよ」

「あたしらもう四回目なんだけど」

「お前らのために絶好の場所を用意してやったんだ。いい加減、お互いにケリを付けろよ」

「それについては」「もう済んだかも」


 彼らはようやく目を合わせた。ただし微妙に不服そうではある。

 何事も円満解決とはいかないか。

 一応、教えてもらえそうな範囲で確認させてもらおう。


「で、どうなったんだ」

「フられちゃった」


 安来の身体が辛そうに目を伏せる。よく見ると目元が赤くなっている。睫毛も一部溶けていた。

 ポケットティッシュを手渡すと、彼女は鼻をかみ始めた。

 入れ替わった外見で勘違いしそうになるが。

 あくまでフられたのは加藤のほうだ。


 一方の加藤の身体、安来本人のほうはため息をついている。横顔も画になる奴だな。


「安来はどうなんだ」

「別に」

「今のままは嫌なんだろ」

「そうだけど。どうしようもないじゃん。加藤君は好きな子を殺せないって言うし。もう死んでるのに」

「じゃあ今のままなんだな」

「そうなるんでしょうね。はあ」


 他人事のような話しぶりから微塵みじんも納得していないことが伝わってくる。

 結局は今のまま。お互い他人のふりをしながら各々生き続けて。他の同級生より相当早く天に召されることになる。

 それはそれで一つの着地点なんだろうな。


「……おお」


 気づけばゴンドラが頂上に近づいていた。

 西の海に太陽が沈み、かすかに航空障害灯の赤色が光っている。あれは有名な吊り橋の主塔だな。

 眼下には市街地の広がりが一望できる。紫色の空も綺麗だ。


「──僕は人生の半分を捧げてもいいのに。安来さんは何も返してくれないんだね」


 加藤が丸めたティッシュを自分の身体にぶつける。

 ぶつけられた安来の目つきが一気に険しいものに変わる。


「何それ。あんたが自分勝手にやったことじゃん」

「そうなんだ。うん。せっかく生き返らせてあげても。みんな感謝してくれない。母さんも同じだった」

「お母さん?」

「僕の家には居なかったでしょ。小学生の時に病気で死んじゃってさ。僕、耐えられなくて。あちこちの古本屋を回って必死で調べたんだよ。生き返らせる方法を……」

「それで今の力を手に入れたわけ?」

「そういうこと。でもね、お通夜の棺桶から出てきた母さんは一言も話せなくてさ。どうにか入れ替わりを試してみたんだけど。その時は僕の身体から記憶を抜かなかったせいで、寿命の話がバレちゃって」


 さっき渡したばかりのポケットティッシュがどんどん丸められていく。

 やがて空になる。


「自分のせいで由紀よしのりの時間を奪いたくないって。言われちゃった。昔の僕は真面目だったから。ちゃんと言われたとおりに母さんを死体に戻したよ。一生、後悔してる」


 加藤は涙をこぼしながら、少年のように笑った。

 その姿は、俺の目には「懺悔ざんげ」というより「決意表明」のように映った。


 安来の心にはどのように伝わったんだろう。

 当の彼女は、下り坂に差しかかった窓の外を見つめていた。



     × × ×     



 二日後。

 校内では秋の文化祭が催されている。

 初日の月曜日は生徒しか参加できず人影もまばらだが、明日は来客でごった返すことになるだろう。


 俺のクラスでは模擬裁判の体験会が行われていた。

 裁判官、弁護士、検察、被告人用の台本と衣装が用意されており、廊下から様子を窺う限りではなかなか盛り上がっている。

 その中に安来千沙子の姿は無かった。 


 加藤由紀の身体は相変わらず女子用の制服を着込んでいる。女子たちと模擬裁判の演技に挑みつつ、オタク系のグループとも絡んでいた。

 何だかんだで今の生活をエンジョイしているようだ。立場だけ見れば、若干羨ましい。


 まあ、文化祭の準備を一切手伝わなかった自分の居るべき場所ではないな。

 教室から部室に戻る前に、俺は加藤の身体に耳打ちさせてもらう。


「ちょっといいか」

「なあに?」

「安来。お前の身体は今日休んでるみたいだが……まさか一昨日泣きすぎて体調を崩したのか?」

「その件なら、君の部屋で話そっか」


 彼女は教室の友人たちに「すぐ戻るね」と手を振った。

 君の部屋って学園相談部の部室のことか。

 あながち間違いではない。少しドキッとしたのは内緒だ。


 学園相談部も建前上は部活なので、文化祭用の展示物は用意してある。

 旧部室棟の二階の壁に活動実績を貼らせてもらった。


『十月までに約十七人の相談を受けました』

『概ね好評でした』


 二行である。

 これ以上の内容は相談者のプライバシーに関わるから記載できない。


 さすがに顧問の宇佐先生から「薄すぎるよ!」とお叱りを受けちまったが。来年は五行を目指します。


 いつものように部室に入り、俺は相談者に烏龍茶の缶を手渡す。

 対面に座る女装男子の表情は穏やかだった。丁寧に脚を組み、両手をおへそのあたりに添えている。


「……後悔が増えちゃった」

「ん? 後悔?」

「死霊使いの本を全部燃やしておくべきだった。まさか()が寝ている間に全部戻しちゃうなんてさ。安来さん、学校の成績良かったもんなあ」


 加藤の身体が窓の外を見つめる。

 俺は状況を察した。今、目の前に座る人物は──安来千沙子ではなく。本物の加藤由紀なのだ。

 つまり、そういうことだった。


「安来さんは凄いよ。あれだけ土曜日に遊んだのに。日曜日に友達全員集めてボウリングとカラオケ行ったんだってさ」

「……身体は違えど、最後のお別れってわけか」

「そうみたいだね。安来さんの死体は今もう病院に運ばれてて、文化祭が終わってから学校に連絡が行くみたい。お葬式は多分木曜日かな」

「随分段取りが良いな」

「あの子は気遣いの人だからね。川口には甘えてたみたいだけど……」


 加藤は拗ねたようににらんできた。

 俺としては反応に困る。というか。なんであの時のことをこいつが知ってんだ。トイレ行ってただろ。


「おい。ショッピングモールの女子トイレは綺麗だったか?」

「違う違う。見張ってたんじゃなくて。今、僕の頭の中に安来さんが居るから」

「……はあ?」

「まだ死にたくない。でも死体を操るたびに僕の寿命が目減りしちゃう。こうなったら自分の心だけ僕の脳内に移してしまおう……安来さんとしては、そういう結論になったみたいだよ」

「ちょっと待ってくれ」


 ネクロマンサーではない俺には理解が追いつかない。

 つまり安来千沙子の心は、今も加藤の中で生き続けているってことか。

 すげえ。

 付き合う・付き合わないを飛び越えて一種の同居生活に移りやがった。とんでもない結末だ。


「……それでお前らは良かったのか?」

「まあ妥協点かなって」「あたしもそう思う」


 加藤は穏やかに微笑むと、こちらに手を伸ばしてきた。


「これからもよろしくね」


 そう言ったのは、はたしてどちらの心だったのか。


 長らくお待たせしました。加藤・安来編完結です。

 また思いついたら形にしたいと思います。


 最終的には歴代の相談者全員登場の大乱闘ス〇ッシュブラザーズ的な集大成を構想しております。気長に待っていただけましたら幸いです。

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