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第4話 苦難は続くよどこまでも⑩

「というわけで、ボウリング大会のはじまりはじまりー!」


 綾芽が大仰に腕を広げて言うと、辺りから拍手が湧く。

 ――まあ、発生源は気を遣っている楓と桔梗のみなのだが。


「さあさあ梛くん。ここからは勝負だよ? 準備はいいかなー?」


「準備も何も、ただ投げるだけですからね。早くお手本見せてください」


「わー、梛くんってば冷めてるねー。もっと楽しもうぜー!」


 言って綾芽はボールを持つと、モデルのような歩き方でレーンへ向かう。

 そのまま振り返ることなく助走をつけ、初心者とは思えない綺麗なフォームでボールを投げた。


 ボールは吸い寄せられるように一直線に進み、次々とピンをなぎ倒していく。

 しかし当たりどころが悪かったのか、一番左端のピンだけが屈することなく残ってしまった。


 綾芽は振り向き、悔しそうに声を上げる。


「かー! 惜しいなー!」


「やっぱ初心者じゃないっすよね、この人」


「だな」


「いやいやいや、私は初心者だよ! 誰だってピンを倒すことはできるけど、ストライクやスペアなんて簡単には取れないもん! 残り一本を狙って倒すなんて無理無理無理!」


 綾芽はぶんぶんと首を横に振ると、再びボールを手に取って二球目を投げる。


 先程同様、ボールはまるで追尾機能でも付いているかのように真っ直ぐに進み、ぽつんとそびえ立つピンを吹っ飛ばした。


「……何が簡単には取れないんですか?」


「いやー、たまたまだよ、た・ま・た・ま! 運が良かったのさ!」


 言いながらも、綾芽は腰に手を当て、自慢げに「ふふん」と胸を張る。


「自分、この人のあとにやるの嫌っすよ」


「奇遇だな。俺もだ」


「大丈夫だって! 梛くん自分で言ってたじゃないか。『ただ投げるだけ』って」


「そうですけども……」


「ささ、陽葵ちゃんどぞどぞー」


 綾芽に促され、陽葵は不服そうな顔でレーンに向かった。

 そして投球動作に入ったところで、ぴたりと動きを止める。


「梛先輩、梛先輩。これ、どのタイミングでボールから手離せばいいんすかね。転がすっていうより、放り投げる感じになっちゃいそうなんすけど」


「別に適当でいいんじゃないか? やりながら色々試せばいいだろうし。てか、俺に聞かずに綾芽さんに聞いてくれ。あっちは経験者なんだから」


 言って、梛は答えを求めるように綾芽に視線を送った。


「梛くんの言う通り、適当でいいんだよ、適当で。やってるうちに『これだ!』ってのが見つかるからねー」


「……俺に聞いても綾芽さんに聞いても変わらなかったな」


「……そっすね」


「酷くなーい?」


 唇を尖らせる綾芽を無視して、陽葵は再び投球動作に入る――と思われたのだが、すぐにまた梛たちの方へ振り向いた。


「あ、梛先輩。あれやっていいすか?」


「あれ?」


「後ろに投げて、客席のみんなが飛び上がって驚くやつっす」


「やめろ。危ないから絶対やめろ」


 あれはゲームだから許されているのであって、現実でやったら普通に危ない。

 梛は首をぶんぶんと横に振った。


 陽葵は少し残念そうにしながらも、再びレーンの方へ向き直り、ぎこちない動作でボールを投げた。


 しかしボールは、意外にも真っ直ぐ転がっていく――と思われたのだが、それも途中までだった。


 終盤、急にやる気を失くしたかのように、ボールはやや左へと逸れていき、ピンを四本残して回収されていった。


「あー、もう! なんで最後曲がるんすかね!」


「でも結構いい感じじゃないか? 半分以上倒れてるんだし」


「そーそー! グッジョブ、陽葵ちゃーん!」


「綾芽先輩に言われると嫌味にしか聞こえないっすね」


「ねえねえ、当たり強くなーいー? お姉さん泣いちゃうぞー?」


 わざとらしく「えーんえーん」と泣いたふりをする綾芽を無視して、陽葵は二球目を投げる。


 ボールは今回も真っ直ぐ突き進む……なんてことはなかった。


 投げ方が悪かったのか、今度は徐々に右へ逸れていき、ピンに当たることなくガターに吸い込まれていった。


 陽葵は感情を隠すことなく、肺に蟠った空気をすべて吐き出す。


「……梛先輩。これ、クソゲーっすよ」


「まあ、ボウリングってそんなもんだろ……やったことないけど」


 梛は苦笑しながら肩をすくめ、陽葵と入れ替わるように席を立った。


 実際にレーンを前にすると、ピンまでの距離が意外にも遠く感じ、小学生の頃にやっていたサッカーのPKを思い出させた。


 しかし、ボウリングとサッカーとでは大きな違いがある。

 それは、当たりの広さだ。


 サッカーはゴールキーパーを避けて、その大きなゴールに叩き込むのに対し、ボウリングは小さな十本のピンに当て、その上倒さなくてはならない。


 どちらが難しいか、というのは人それぞれなのでなんとも言えないが、サッカー経験者でかつボウリング初心者の梛からすると、かなりの難易度だった。


 唯一の頼りであるゲームでの経験を頭に思い浮かべながら、梛はボールを握る手に力を入れる。


 十字ボタンで立ち位置と角度を調整し、Bボタンを押しながら後ろへ引く。

 そして、ボールを投げるタイミングでBボタンを――離す!


 ゲームと同じなら、このまま真っ直ぐ進んでストライク間違いなしだ。

 ――しかし、現実はそんなに上手くはいかない。


 真っ直ぐ投げたはずのボールは、先程の陽葵と同様、徐々に逸れていき、吸い込まれるようにガターへ向かっていった。


 背後からは落胆の声が上がり、梛も結果を見ることなく座席へ戻っていく。


「梛先輩、後ろ後ろ!」


「梛くん、後ろ後ろ!」


 と、陽葵と綾芽が梛の後方を指さしながら声を上げた。


 梛が勢いよく振り返ると、今頃ガターに落ちているはずのボールが、なぜか手前のピンに差し迫っていた。


 そして次の瞬間、綺麗に並んだピンの群れを次々となぎ倒していき、粘るように耐えていた最後の一本も、転がったピンが当たって、こてんと倒れた。

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