36:くすくす、くすくす。2
「……あの、リュネット様。わたくしたちは今、大きな悩みを抱えておりまして」
「相談に伺ったのですが~……」
「聞いてくださいますか?」
「悩み、ですか? どうされましたか?」
順々に述べる彼女たちに首を傾げた。
しかしその内心で、びりりと走る警戒と懸念に心を凍らせた。
……なんというか、『同じような三人だ』。
城の服は仕方ないとして、同じような顔、同じような髪型、同じような表情。中でも目つきは判を押したようで、三対の瞳は冷たくも澄まして、ぎらつく棘を宿している。
三人のうち一人が口を開く。
まるで、意を決したと言わんばかりに。
「『我らが城主が、自ら家に泥を塗ろうとしている』ことについて、です」
言われた直後、その場が静まり返った。
朝方まで広がっていた青空が薄暗く陰っていく。
ひやりと冷たい風が流れ込み、足元のクロッカスが身を縮めるように花弁を閉じかけている。
──これは、宣戦布告だ。
悩みの皮を被った排除行為だ。
そう感づいて、リュネットは毅然と一言。
「それは、どういう意味かしら」
抑えた声での問いかけに返ってくるのは、三位一体の嫌味だった。
「プレニウスは代々伯爵で有らせられる名家」
「そんなクルード様にお仕えできる私たちは幸せ者です~」
「けれどそんな、名実ともに高貴なお方が…………ねえ?」
ちらりちらり。
くすくす、ふふふ。
目くばせの攻撃。嘲笑の乱舞。
そして一人が口を開ける。
「いえ。リュネット様を責める意図などございません。ただ~……」
一人の使用人が、伏し目がちに言葉を継ぐ。
慎重に言葉を選ぶ様子は見えるものの、そこには、研ぎ澄まされた悪意が牙を剥いている。
「世間では、リュネット様について様々な憶測が飛び交っておりまして……ねえ?
」
「ええプレニウス家の名を憂う者が多いのです。私どもも、それが心配で」
「ご立派な家柄の伯爵様にふさわしい方かどうか、私どもには判断しかねますゆえ~」
『──ほら。アンタが出て行きなさいよ。この烙印女』
口に出していない罵倒が脳に響いて、リュネットは腰元で合わせる手に力を入れた。
……なるほど。こういう手で来るのですね。
言わせようとしている。『わたしが出てきます』と。
自らは直接汚れず、周囲を使い、狙った相手を孤立させる手法に目を細める。
それを喰らい、目の当たりにし、リュネットは皮肉なものだとさえ思った。
過去、リュネットはダルネスを追い詰めた。
自身がダルネスを追い詰めるために使ったのは「噂を操る」方法だ。『自らは直接手を汚さず、周囲を使い、狙った相手を孤立させる』という点で同じである。
そして今、自分がその立場に追い詰められようとしている。
なんとも滑稽だとも思った。
しかし、違いはある。
彼女が過去に仕掛けた復讐は、相手が悪であり、仕掛けた噂には明確な真実を含んでいた。しかし、ここで向けられる悪意はどうだろうか?
『売られた妻』という烙印は事実だ。
しかし、何の権利も持たぬ使用人が『家柄にふさわしくない』と口にするなど、思い上がりも甚だしい。
言葉選びも滑稽だ。
──無駄に綺麗な言葉で塗り固めて……なんと幼稚な。
胸の奥で冷たい怒りが沸き上がる。
しかしそれを無理やり飲み込み、表情を一切崩さず、凛と佇んだ。
ここで怒ってはいけない。
それこそが、彼女たちの狙いだから。
「……ご意見、ごもっともですわ」
「ですよねぇ!」
「リュネット様も馬鹿じゃありませんものねえ!」
「安心ですぅ、解って下さって~!」
「リュネット様が退いてくださったら、……ねえ?」
「そうですよね、プレニウスの皆も安心するというか」
「そうですよ~!」
「今ならまだ婚約という形ではありませんし?」
「ご自身のためにも良い選択ではございませんか?」
「きっと伯爵様も、それを望んでいらっしゃるかと~」
矢継ぎ早に槍が降る。
はしゃぎながら振り下ろす彼女たちを前に、リュネットは思っていた。
ああ、この人たちは悪いと思っていない。
自分たちは正義で「言って当然だ」と思っている。
心配という皮をかぶせた悪意に、気が付いてすらいない。
憂さ晴らし?
気に入らないから?
腹が立つから?
烙印付きだから?
強く強くあろうとする心に、亀裂が走る。
渦巻く闇とモヤの中、それでも座り込まずに立ち続けるリュネットに、──その言葉は、重く、刃のように降り注いだ。
「あのサルペント男爵様の娘とは言えど、『烙印』付きと伺っておりますし。旦那様のご名誉をお考えになれば……ねえ???」
『旦那さまのご名誉をお考えになれば』
『旦那さまのご名誉をお考えになれば』
『旦那さまのご名誉をお考えになれば』
それは、彼女の頭の中で、重く、重く響き渡り──
「そうですね。……おっしゃる通りかもしれません」
リュネットはポツリと返した。
その言葉はなまりの槍となり、リュネットの奥深くへ、落ちて行った。




