34:付きまとう烙印 3
城内に比べて、街は平穏そのものだった。
初めは、ご挨拶から。
礼拝を通して接触を重ね、「いつも来るお嬢さん」として参拝客に溶け込んだ。
街の住人にとって「見慣れない新顔」だったリュネットは、はじめこそ遠巻きに見られていたものの、その、控えめで丁寧な振る舞いが徐々に人々の警戒を解いていった。
ある日、露店の主に品物の由来を尋ねた際、その興味深げな態度と穏やかな笑みが、話し手の心を和ませた。
「干しブドウが売れなくてねぇ。こいつでも混ぜてみようと思うんだが」と悩む店主に、リュネットは目を丸めて問いかける。
「……これは、珍しいですね? スパイスですか?」
「貴重なもんでもねえよぉ。セルナス山のふもとで腐るほど採れるしよ!」
「……いえ……、お待ちになって! このスパイスはもしかして”ミリナス”ではありませんか? 父が『セルナス山でしか採れない』と話していました。まあ素敵……! 実物を見るのは初めてです……!」
その初々しい反応は、店主に衝撃を与えた。
容易く手に入るスパイスが、他の地域では見かけないものだなんて思わなかったのである。
驚く店主にリュネットは「干しブドウをスパイスで味付けしたものは、この地限定のものです。その価値を伝えれば、評判は上がると思います」と伝えた。
「マジかよ嬢ちゃん!」
「ええ」
その一言は利益を生んだ。
リュネットの助言を取り入れた露店主は売り上げを伸ばし、評判を呼び、いつしか彼女は『親切なアドバイザー』として人々に知られるようになる。
礼拝堂では、参拝者の一人が「セルナス山の薬草が余ってしまっている」と相談を持ちかけた。
リュネットは微笑みながら答える。
「薬草は乾燥させて保存するだけでなく、細かく刻んでお茶にするのも良いそうです。癒しの効果が期待できると聞いています」
その提案は広まり、街中で薬草茶を飲む習慣が少しずつ広がっていった。
ルヴィア鉱石で作られた剣や盾について、武器屋の主人が「売れ行きが伸び悩んでいる」とぼやくと、
「この鉱石には、かつて『古の騎士』が魔物を退けたという伝説があると聞いています。その物語を添えてみてはどうでしょうか」
主人が試しに話を広めると、武器を購入したいという客が増え、『伝説の武器』として評判を呼ぶ結果となった。
こうして、リュネットの存在は、少しずつ街の人々の間で「頼りになる人」「街に明るい風を運ぶ人」「礼拝堂の聖女」として受け入れられていった。
──そんなある日。
ラプレニアの端。
広く高い青空の下、 なんとなしに散策をしていたリュネットは、思わず足を止めていた。
見つめる先──
堀にかけられた古めかしい橋が、どうにも存在感を放っていて、目が囚われた。
大地を掴むようにどっしりと根を張る石のアーチ。
先に延びる、継ぎ足されたような木製の歩道と欄干。
石と木の接合部分には、色の違う木材がひしめき合うように積み重なっている。それは、新しいものと古いものが混ぜられていて、どこかアンバランスに見えた。
「……随分と古い橋……のようね。趣があるというのかしら……」
「あら。あんた『礼拝堂の聖女さん』? へえ、こんなところも歩くんだねぇ!」
「……あ。こんにちは、マドモアゼル」
わざわざ荷車を止めて話しかけてくれた街の女性に、リュネットは控えめに会釈した。
『礼拝堂の聖女』は街で広がった呼び名である。
誰が言いだしたか定かではないが、礼拝堂での親切な態度やささやかな助言が広がり、気が付けば誰もが彼女をそう呼ぶようになっていた。
口にする人々は、どこか誇らしげな表情さえ浮かべるので、リュネットも強く否定することはしなかった。
(礼拝堂以外でも声をかけられるということは、顔が知れてきてのかしら)と内心呟くリュネットに、意気揚々と近づいた女性は隣に着くと、橋を見上げてこう言った。
「この橋はね、グレマーヴの橋っていうのよ! あたしたちの生命線さや」
「生命線? ああ、ここを渡らねば東側に出られませんものね」
リュネットが興味深そうに言うと、女性は彼女の隣に立った。
深く頷き、誇らしげに端を眺めて言う。
「それもそうだけど、それだけじゃないさや。この橋は何度も落とされてるさ。そのたびに直して使ってるのさ」
「……何度も……?」
「そうさ。ほら、この街が戦に巻き込まれるたびにね、敵に渡さないように橋を壊すんだ。だから、平和が戻るたびに修繕するんさ」
「なるほど……」
方言交じりの説明を聞きながら、リュネットは橋に近寄りそっと手を触れた。
石材と木材のつなぎ目。
ところどころ色の違う木材が語る、修繕回数。
そのたびにここで戦いが起こり、そのたびに守ってきたと思うと胸に来る。
「この橋が街を護り続けてきたんですね」
何気なく零れた言葉だったが、方言交じりの女性は得意げに笑った。
「その通りさ。この橋が落ちるたびにねぇ、あたしたち街のモンで治すさや。だから、この橋はただの道じゃない。街の誇りさや」
「素敵なお話をありがとうございます。この街には、こんなにも素晴らしい歴史があるのですね……」
「あっはっは! アンタみたいな素敵な娘さんに褒められるなんて、嬉しいわ。じゃあ気を付けなさいな! ちゃんと帰るんだよ!」
「はい」
車を引いて去っていく女性を見送りながら、リュネットは改めて橋を見上げた。
大地に根を張り、人々に愛され続けるその姿は、この街そのものを象徴しているようで──感慨深い。
「……どこにでも、歴史はあるのですね。目の前にしてみると、当たり前のことがとても特別に感じられます」
リュネットはそっと橋に視線を馳せた。
その古びた石のアーチが再び壊れることなるなど、思うこともなく。
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それからしばらく。
リュネットもクルードも目立った行動はしていないのにも関わらず、城内の噂については一向に収まる気配がなかった。




