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20:……今は駄目です





 月夜の逢瀬。

 別れた後。

 広い自室で彼が思い出すのは、彼女の叫び。




 『お判りになられているのですか? わたくしはまだ、子爵の妻です!』『どうして、絆されるようなことをおっしゃるのですか!』


 感情的なリュネットを瞼の裏に、クルードは静かに目を閉じた。   


 『わからない』と答えたが、それは半分だ。

 彼女に伝えていない思いがある。



 

 目を閉じれば蘇る。

 彼女と初めて顔を合わせたあの日。



 忘れるものか。

 時が止まったような感覚。

 頭の中で響いた音。

 

 きっとあれが、ひとめぼれというのだろう。


 そんなものを信じてはいないが、体感したのだ。

 信じざるを得なかった。


 


 纏う髪は銀の糸。

 神秘を湛えたかのような深紫の瞳。

 英知を宿した表情に、──”美しい”。

 そう認識した瞬間、どくんどくんと鼓動が囃し立て、動揺に飲み込まれ、我を失った。




 ショーンが声をかけるまで、意識が飛んだ。

 その動揺を隠しながらリュネットと対峙したのが、遠い昔のように思えて仕方ない。




 いくら一目で惚れたとはいえ、自分は伯爵。

 相手はあの子爵の妻だ。

 婚姻関係になることは許されないし、恋仲にもなれない。


 つながりを持てるとしたら利害関係だが、利用するにしても協定を結ぶにしても、馬鹿な女なら引き込めないし、恋心も冷めるだろう。



 だから、試した。



 誰にでも愛想よくヘラヘラと笑う女は嫌いだ。

 偽善を振りまく女も好かない。

 ましてや、自分の愛嬌を振りまく女など虫唾が走る。


 そんな女ならば、例え敵が同じだとしても、共闘など申し込めるわけがない。



 むしろ、馬鹿な女であって欲しかった。

 ひとめぼれの相手が子爵の妻だなんて、負け戦どころか、戦う前から負けているのだから。




 ──しかし。


 『あら。お見通しですのね』


 鎌をかけた先で、彼女は笑った。

 まるで悪戯がバレたような声だった。

 彼女はクルードの想像の上を行った。 

 すべてを利用していた。

 


 聡い女は好きだ。

 強い女も好きだ。

 あれほど美しい女は見たことがない。

 



 カルデウスの教えに背くことは解っている。

 彼女が「売られた妻」という烙印を押され、傷物として忌み嫌われる女になってしまうことも。


 しかし、それでも、クルードは彼女を焦がれるほどに求めていた。



  「……今は駄目です。」



 別れ際の彼女の言葉が、胸の奥でまだ燃え続けている。


 ふと目を開けると、部屋の片隅で揺らめく蝋燭の炎が目に入った。



 リュネットが欲しい。

 彼女が欲しくてたまらない。





◇◇

 ──そして、その日は訪れる。

◇◇















「さあ! この私、ダルネスの女を買うものは居ないか!」



 柔らかく降り注ぐ陽の元、ダルネス・キルスティン子爵の意気揚々とした声は、広場に響いた。連れられた妻・リュネットの表情は冷静を落としたように動かない。


 白銀の髪・神秘を宿したような、深き紫の瞳に宿る、覚悟の色。














「さあ! この私、ダルネスの女を買うものは居ないか!」



 柔らかく降り注ぐ陽の元、ダルネス・キルスティン子爵の意気揚々とした声は、広場に響いた。連れられた妻・リュネットの表情は冷静を落としたように動かない。


 白銀の髪・神秘を宿したような、深き紫の瞳に宿る、覚悟の色。


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