53話 着実な構築
とある週末の昼時。掃除が一区切りしたペトロたちは、リビングルームでデリバリーしたハンバーガーを食べていた。
ペトロは、照り焼き玉ねぎのBBQバーガー。ヨハネは、クランベリーチャツネのフレンチバーガー。シモンは、ハラペーニョ入りのチリチーズバーガー。アンデレは、ダブルパティとダブルチーズのビッグカフナバーガー。ハーロルトは、マッシュルーム入りパティのアングリーマッシュルームバーガー。
しかしその中に、ヤコブの姿だけがない。
「シモン。ヤコブはまだ、部屋の掃除してるのか?」
「さっき誰かから電話が来て、出掛けてった」
「そういえばさっき。部屋の窓から、出掛けて行くの見えたよね」
「誰かって、誰?」
「バイト先の店長さんだよ」
シモンが不機嫌そうにチリチーズバーガーにかぶりつくと、口の端から赤いソースがはみ出した。
珍しく機嫌が悪そうなシモンに、ハーロルトは不思議そうな視線を送る。
「なんでわかるの?」
「急いでたから、きっとそう。友達からなら、急いで仕度することないし」
「夕飯も一緒に行ってるし、よく誘われるなー」
口に付いたソースをペロリと舐めたアンデレは呑気な口調で、大きな口を開いてバーガーに齧り付く。
「ヤコブくんは、バイト先の店長さんと仲が良いの?」
最近の一同の事情を知らないハーロルトは、ちょっと不機嫌そうだが、シモンは一番ヤコブと親しいので尋ねた。でも、素っ気ない答えが返って来る。
「知らない。でも、誘われて行くの、もう五回目」
「ご飯誘われるってことは、気に入られてるのかな。それなら、いいことじゃない?」
「ボクはまだ学生だから、大人の社会のことはわからないよ」
と、サブメニューで頼んだカリカリベーコンとポテトを一緒に食べ、辛そうなハラペーニョ入りバーガーもほうばる。掃除を途中で放ったらかして行ってしまったことも相俟って、シモンの雰囲気はハラペーニョのようにピリピリしていた。
「そういうことで。ヤコブのぶん余るから、お腹空いてるやつは食べちゃって」
「おれ、いただきます!」
「食い過ぎだろ、アンデレ」
名誉挽回のチャンスとばかりに掃除を頑張ってお腹が空いていたアンデレは、二つ目のハンバーガーも食べてしまった。
ちなみに。名誉挽回の掃除は空回り過ぎて、結局ヨハネの手を煩わせてしまったのだった。
外出したヤコブは、ティウブと待ち合わせした川沿いにあるアイリッシュパブに来た。
内装は本場の店舗さながらで、入ってまず目に入るのがバーカウンターだ。ビールサーバーがあるカウンターの棚には、コレクションのようにウイスキーなどの酒瓶が並んでおり、アイルランド・イングランド・日本・アメリカ、そして地元のものが揃えられている。パブだけあって、アルコールのメニュー数は選ぶのに迷うほど多い。
もちろん食事もできるので、広い店内にはテーブルも並んでいる。照明はステンドグラス風のデザインで、窓は広く取られ開放的。テーブルも椅子も、丸みを帯びたクラシックなデザインだ。店の片隅には、ジュークボックスも設置されている。
初めてティウブとこの店に訪れた時は、夜だった。ミュージシャンのギターソロの生演奏を聴きながらギネスビールを飲み、フィッシュアンドチップスやスペアリブを食べたりして、ヤコブは少し懐かしさを覚えた。しかし、音楽や他の客が騒がしかったのが落ち着かなかったティウブは、始終眉間に皺を寄せ、居心地が悪そうにしていた。
二人は窓際の席に座り、料理を注文する。昼からの営業だが、週末ともあってどんどん席が埋まっていく。
「昼間だと、また雰囲気が違うな」
「こっちの方が、落ち着きますか」
「騒がしいより、よっぽどましだ」
ティウブは午前中にレストランに顔を出し、少しだけ仕事をして来たらしい。このあとは、長男のダニエルが入院している病院に見舞いに行くそうで、いつものスーツではなく、白いシャツにダークブラウンのニットを重ね着したカジュアルスタイルだ。
しばらくすると、注文した料理が運ばれて来た。ヤコブは、ハム・チーズ・チキン・コールスローのサンドイッチと、フレンチフライとコーラ。運転するティウブは、アイリッシュシチューとトニックウォーターを頼んだ。
「今日は突然呼び出してしまったが、何か用事があったんじゃないか?」
「いえ。大丈夫です」
「私が誘う度に断らないから、きみに気を遣われていないかと心配しているんだが」
「そんなことないです。誘ってもらって、嬉しいですし」
「そうか。ならいいが……。そういえば以前、寝不足だと言っていたが。最近は、眠れるようになったのか?」
「相変わらずです。ヒーリングミュージックを聴きながら寝ると、大丈夫なんですけど」
「きみは使徒をやりながら勤務もしているのだから、あまり無理をしなくてもいいんだぞ。遠慮なく、休暇を取ってくれて構わない」
「大丈夫ですよ。俺は、そんなやわじゃないんで」
心配を口にするが、ティウブの真面目で堅苦しそうな雰囲気は変わらない。だが声音は、初対面から比べると柔らかさが出てきていた。
父親と似ていて最初は苦手意識を抱いていたヤコブも、信頼関係を築きたいと言われてからは信頼を得ようとアルバイトにも力を入れるようになり、ティウブとの付き合いも大切にするようになった。
職場の上司との関係を円満にしたいと思うのは、自然な思考だ。しかしヤコブの場合は、父親を重ねている部分もあった。彼と信頼関係を結び、円満な付き合いができれば、父親に許されているような気がしていた。なので、緊張をしていた以前と比べると、自然に振る舞えるようになっていた。
店内は客で埋められ、賑やかになってきた。軽快なアイリッシュ音楽も流れ、ヤコブは本当に地元にいるような感覚になる。
「ヤコブくん。このあと、見舞いに行くんだが。容態が回復するような方法を、何か知らないか」
「いや。さすがにわからないです」
「使徒のきみなら、何か秘密の回復術を知っているかもしれないと思ったんだが……」
「俺らの力は、そこまで万能じゃないですよ……。じゃあ。お兄さんの意識はまだ……」
「ああ。だが先日、呼吸器が取れたんだ」
「そうなんですか。少し安心できましたね」
「ああ。それから。先日きみと話してから、ヘンリーのことも妻とも話してみたんだ」
以前の話で聞いた、溺愛していた兄を刺した弟・ヘンリーの名前が出てきて、ヤコブは不意に緊張し、飲み掛けたコーラのグラスを置いた。
「何か、結論は出ましたか」
「いや。私も妻も、ダニエルのことを溺愛していたぶん、なかなか気持ちの整理ができない」
「そうですよね……。過ちが起きる前に、何かできることがあったのかもしれないけど、もう起きてしまったあとですし。店長の中で二人の息子さんは、明らかに善と悪に分かれてしまってますから」
弟・ヘンリーの方を自分と重ね、自分の話ではないのにヤコブは伏し目がちになる。
彼の表情と声音が意味深に感じたティウブは、尋ねる。
「ヤコブくん。きみなりに、何か考えがあるのなら、教えてくれないか」
「えっ……」
「私も妻も、ダニエルを重体にしたヘンリーを拒絶し、絶縁しようとまで考えたこともある。だが、あれでも私たちの子供で、私たちは彼の親だ。もしかしたら今回は、彼の人生でたった一度だけの過ちだったのかもしれない。その被害者が、家族だっただけのこと。見ず知らずの人の命を奪うことにならなかっただけ、ましだと考えるべきかと……。それでもやはり、彼を許せる気にはなれないんだ」
普通の振る舞いができるようになっても、この話題になるとティウブと父親の姿がダブり、ヤコブの深層から罪悪感が顔を出してくる。偶然の出会いとはいえ、犯した全ての罪と今すぐ向き合えと言われているようだ。
「私たちは憎しみを堪え、息子だからと許すべきなのだろうか」
「その……。すみません。俺からは、何も……」
親身になってアドバイスとして言えるようなことは、何一つない。ヤコブの心も彼の次男と同じように、罪の箱の中にあるのだから。
「すまない。私はまた、重い話を……。きみには関係のないことなのに、迷惑だな。それに。今度は、ヤコブくんの話を聞かせてほしいと言ったのに」
「俺の話なんて、面白くもないですよ」
「悩みでも愚痴でもいい。誰にも言えないことがあるならいつでも聞くと、約束したではないか」
「いや。でも……」
「面会の時間なら、まだ大丈夫だ」
信頼関係を築きたい気持ちから、言ってくれているのはわかる。だが、最も話したいことの一つは、絶対にティウブに打ち明けられるようなものではないし、もう一つは、上司に愚痴るほどでもないことだ。
「ヤコブくん。私は、きみのことをもっと知りたいんだ。ためらうことはない。どんな話でも聞かせてくれ」
ためらうヤコブを察して、ティウブは微笑んだ。
彼とは、だいぶ打ち解けられている。ホルガーたちからも、どんな裏技を使って仲良くなったんだと質問攻めに合った。周囲から見ても、厳しいティウブと打ち解けているのはそれだけ奇跡的に見えているのだろう。
他のスタッフと比べても、自分は特別視されている。信頼関係を結びたいとティウブの方から言ってくれたのなら、多少境遇が重なっても、きっと話を聞いてくれる。
全てではないが、ヤコブは心に引っ掛かっていることを、ティウブに打ち明けてみることにした。




