52話 太陽が傾き始めるとき
柔らかな表情から、キィナは仮面を被り直したように、アンデレを面責した前回と変わらない顔付きになり、彼とヨハネの性格の違いを並べ始める。
「ボクが思うに。ヨハネさんとアンデレさんは、性格が全く違いますよね。ヨハネさんは気さくなところもありながら、真面目で、几帳面。そして世話焼きで、一度面倒を見始めると、どんなに困ってても自分でどうにかしないとと考えて、他の人に甘えられない。一方でアンデレさんは、明るく素直で社交的。スイーツのことになると一生懸命で、勉強家なところもある。けれど空気が読めなくて、良かれと思ってやることが、人に嫌な思いをさせていることに気付かない。そして、私生活がだらしない」
「他の人から改めて言われると、おれとヨハネさんて性格全然違いますね」
「そうなんです。お二人の相性は、最悪なんです」
「最悪」。そのたった二文字はやけに重量感があり、ヨハネのために懸命に働いていたアンデレの心の表面を凹ませた。前回の追及の跡で脆くなり始めていたところへ、ピンポイントにヒットした。
一瞬笑顔を奪われたが、聞き流したいアンデレは苦笑いを浮かべる。
「……いやいや。最悪なんて、意地悪なこと言わないでくださいよ」
「意地悪なんて言ってないですよ。ボクはお二人のために、第三者の目線から正直な見解を言っているだけです」
公園の木々の隙間から漏れていた太陽の光が、次第に博物館の向こうへと隠されていき、二人の周囲は影と夕冷えに包まれる。
キィナは足を組み、アンデレの方に斜めに身体を向けて、彼の欠点を並べ始める。
「アンデレさんは、人の心の機微を感じ取る能力が欠如しています。人付き合いには、相手の気持ちを忖度することも時には必要です。けれどあなたは、文句を垂れながらも世話を焼いてくれるヨハネさんの気持ちを、一度もちゃんと考えたことがないのでは?」
「そんなことないっす! おれは本当に、迷惑掛けるヨハネさんには申し訳ないと思ってて……」
「ですが。それが行動に表れないのは、本気で改善しようとしていない証拠ではありませんか?」
「それは、癖だからで……」
「それは、ただの言い訳です。ヨハネさんのためを思うなら、そんな下らない言い訳などしませんよ」
前回と同じような対話が、繰り返され始める。キィナの青色の瞳が取り込む光を失くして、暗く重い眼差しとなる。
「あなたは本気で、彼のことを考えていない。だからいつまでも迷惑を掛け、文句を言いながらも面倒を見てくれるから優しくされていると勘違いして、甘えて付け込んでいる。ちゃんとすると約束しても守れないのは、そういう気持ちであなたが堕落し過ぎているからです。きっと今までも、周りの人に迷惑を掛けたり、嫌な気持ちにさせてたんじゃないんですか。あなたはそれに気付かずに、迷惑を振り撒き続けて来たんじゃないんですか」
「それは……」
キィナの指摘通りだ。空気を読めない性格のせいで、付き合って来た友人やクラスメイト、初対面の相手にも、よかれと思った言動が裏目に出て嫌な気持ちにさせ、敬遠されてしまっていた。それはペトロが初めて教えてくれ、気付くことができた。
だから気を付けようと努力してきたが、その性格は未だ直らない。中には笑って流してくれる友人もいて、空気が読めなくても許してくれているように見えたから、きっとこれからも今の自分のままでも人付き合いができると思っていた。
でも結局は、昔からの知り合いで今でも変わらず付き合ってくれているのは、ペトロだけだ。
「これでは。ヨハネさんがあなたにトラウマを話さないのも、理解できます」
「キィナさんは、知ってるんすか。ヨハネさんのトラウマ」
「ええ。ヨガスタジオに、来てくれた時に」
それは、さすがのアンデレもショックが隠しきれなかった。ヨハネが〈バンデ〉の自分を差し置いて、何の関係もない他人に先に話すなんて、信じられなかった。
(ヨハネさんが棺に囚われた時は、精神治癒に集中してて棺にも触ってないから、どんなトラウマかも知らない。流石におれだって、軽く聞いていいことじゃないってわかるから、ヨハネさんから話してくれないか待ってるのに……)
しかし。いくら待ってもヨハネから言ってくれそうな様子はなく、現状を鑑みても明かそうと考えてもくれていなそうだ。トラウマは、人生を足止めしている鎖だ。それを自然に解く術は、ヨハネがアンデレに打ち明けることだが、そのきっかけが作られる気配は皆無。
ところがヨハネは、アンデレではなく、使徒とは関係ないキィナに話した。
ヨハネは〈バンデ〉の自分より、彼の方を信頼している。
自業自得だが、そう考えられているような気がして、アンデレに劣等感が芽生える。
その思考を読んだように、キィナは尋ねる。
「アンデレさんは、ヨハネさんの過去に何があったのかは、聞いてないんですか」
「はい」
「ヨハネさん、言ってましたよ。あなたは、真面目な相談をするようなタイプじゃないって。こっちが言ったことを間違えた解釈をして、ちゃんと話を聞いているのかわからない時もある。何より、空気を読まないからって。ヨハネさんがあなたにトラウマを話さないのも、あなたを信頼していないからです」
「信頼してないなんて……」
「自分は信頼されていますよ」。そう言い含んでいるように聞こえてしまう。だから、そんなことはないと否定したい。けれど、迷惑を掛け続けている事実がある限り、彼の言葉に信憑性は存在すると、認めざるを得ない。
「いかにも、不自由のない人生を送ってきたあなたのような人に話しても、気持ちなんて絶対に理解されない。しかも、性格は真逆。だらしない生活態度。そんな人なんて、頼りにならないと思っているんですよ」
「頼りにならない……」
(確かにおれには、みんなみたいにテロに巻き込まれたりとか、酷い事件に遭遇したこともない。使徒になれた時は、自分がやりたかったことが……誰かを守れない後悔をすることがなくなることが嬉しかった。でも明らかに、トラウマがないおれが使徒に選ばれたの、おかしいよな。なんでおれは、使徒に選ばれたんだろ。おれなんか、みんなの辛さも苦しみも悲しみも、同情くらいしかできないのに……。こんなおれがヨハネさんのトラウマを聞いても、きっと理解できない。おれは、ヨハネさんの〈バンデ〉として、不合格なのか……?)
太陽が山吹色を連れて行き、淡い青紫の夜のヴェールが現れ始める。アンデレの足元に、乾いた音をさせて枯れ葉が落ちる。
自分が使徒になった理由、そして、自分はヨハネの〈バンデ〉に本当に相応しいのかわからなくなるアンデレ。動揺するアンデレの心の隙間に、スルスルと上って来た影が背中に消えた。
密かにほくそ笑んだキィナは、真剣な表情から元の柔らかな表情に戻し、アンデレの肩に手を置く。
「そんなに、落ち込まないでください。ボクは、意地悪で言っているんじゃありません。ボクも、ヨハネさんが心の底から心配で、飽くまでお二人のためを思って助言しているだけですから」
「キィナさん……」
「また厳しいことを言ってしまったかもしれませんが、大丈夫です。きっとこの先、お二人にとって最善の未来が訪れますよ」
と、キィナはにっこりと微笑んだ。アンデレとヨハネの最善の未来は、この淡い青紫の向こうにある、と。




