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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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51話 印象アップデート



「お疲れさまでしたー!」


 公園の木々の隙間から、日差しが斜めに射し込む入相。本日の勤務が終わったアンデレは、紙袋を持って店の入口を出た。紙袋には、ヨハネたちへの土産の、自分で作った紅茶のパウンドケーキが入っている。

 肌寒い中、店舗前のベンチには、二人の客が温かい飲み物とブランケットで寛いでいた。近くに停めている自転車を取りに行こうと横切ったアンデレだったが、うち一人がキィナだと気付いて立ち止まった。


「あっ」

「あ。アンデレさん。お久しぶりです」


 キィナは日陰でも、柔らかな笑みで挨拶を返した。

 前回会った時にヨハネの本心を聞かされたアンデレは、“嫌な情報源”として彼にちょっと苦手意識が芽生えていたので、立ち止まってしまったのは少し不覚だった。

 しかし。店の客でありヨハネの友人では邪険にはできないので、苦手意識を隠して普通に話し掛けた。


「来てたんすね。今日もコーヒーだけっすか?」

「今日は、クッキーをいただきましたよ。アンデレさんが、焼いたものでしたか?」

「残念ながら違います」

「私服ということは、今日のお仕事は終わったんですか?」

「はい。帰るとこっす」

「それじゃあ。お時間があったら、少しだけお話しませんか?」


 キィナは、隣のブランケットが置いてある席に手を置いて誘った。

 ふわりと微笑む面持ちに初対面の優しい印象はまだ残っているが、今日は何を話すつもりだろうと、アンデレは警戒心を一瞬覗かせた。コミュニケーションおばけのアンデレが、人に苦手意識を持つのは非常に珍しい。


(また、嫌な話じゃなければいいけど……)

「じゃあ……。少しだけ」


 けれどやはり、ヨハネと仲が良いなら大事にした方がいい交流だと空気を読み、隣に座った。


「そういえば。ボク、ちゃんと名乗ったことありませんでしたよね。キィナと言います。よろしくお願いします」

「よろしくです」


 するとキィナは、柔らかな表情を仕舞い、急にしおらしくなって話し始める。


「実はボク、反省したんです」

「何をすか?」

「前にお店に来た時に、ヨハネさんのことを話しましたよね。その時に、アンデレさんにきつく言い過ぎてしまったと後で気付いて……。初対面だったのに、すみませんでした」


 会ったのは二度目で、お互いを知っているわけでもないのに、性格や価値観を知ったような口振りで言ってしまったことを自省し、キィナは頭を下げて謝罪した。

 突然謝罪され、自分でもヨハネの件は反省していたのにと、アンデレは焦ってしまう。


「いえいえ! 謝らないでくださいよ!」

(この人、いい人なのかも)


 ストレスを溜めさせているとか、優しさに付け込んでいるとか、大して面識もないのにあれだけ言われたのに、謝られただけでいい人判定をする。単純過ぎるアンデレ。


「ヨハネさんが苦労されていると聞いて、心配になってしまって、つい……。似たような過去を持っているので、他人事のように考えられなくて」

(似たような過去……?)

「ボクはヨハネさんが心配で、あなたにいろいろと言ってしまったんです。彼の気持ちを、ちゃんと知ってほしくて」

「気にしないでください。キィナさんに言われないと、おれも気付けなかったんで」

「それで。お節介だとは思っているんですけど、その後のことが気になって……。ヨハネさんとは、上手くいっていますか?」


 だから、話したいと引き止めたようだ。店長に怒られる自分を擁護してくれたこともあり、アンデレは、キィナは思い遣りの人なんだと印象をアップデートした。


「ヨハネさんと連絡取り合って、聞いたりしてないんすか?」

「連絡は取ってますよ。でも、彼のストレスになってはいけないと思って、お二人に関する話題には触れないようにしてます」

(この人、気が回る人なんだなぁ……。何か、ヨハネさんと似てるかも)


 ヨハネと似た性格、しかも同じ青い目で、少し親近感すら湧いてしまう。やはり単純過ぎる。


「それで。その後、どうですか?」

「おれも、改善しようと頑張ってるんすけど、なかなか直らなくて……。でも! 二度寝する回数は少し減ったし! 洗濯物は、ちゃんとシワにならないように干してるし! 畳むの苦手だから、最終的には結局シワになっちゃうんすけどね。あとは。棚に飾るフィギュアの数も、ちゃんとキープしてるし! 袋のお菓子の食べ掛けも、なるべく放置しないように気を付けてるし! 時々、片付けるの忘れるけど。読んだ本も、テーブルにそのままにしてることも時々……」

「それでは。改善されてるのかされてないのか、わかりませんね」


 アンデレは頑張りを熱弁するが、キィナは苦笑いする。今日の彼からは嫌な感じは全くしないので、アンデレも心を許して思っていることを明かしていく。


「おれも、ヨハネさんに迷惑掛けてることはわかってるんすよ。キィナさんにも言われて、嫌われないようにしなきゃなって思って、頑張って直そうとしてるんすけど。ずーっとこの生活してきたせいか癖になってて、なかなか直らないんすよね」

「だからって。これからも、直らないことはヨハネさんに助けてもらうつもりですか?」

「そんなことは考えてないっす」


 アンデレは、キリッと真面目な顔でキィナに言い切った。


「おれとヨハネさんは離れちゃいけないから、何としてでもいい関係を続けなきゃいけないんです。他の仲間が上手くいってるのすごい羨ましいけど、おれたちはまだ未熟だから、挫折したり、諦めちゃいけない……。でも。夢で見ちゃったんですよね。ヨハネさんに愛想を尽かされて、出て行かれちゃうってやつ。キィナさんに言われたことを夢に見て、だからおれ、不安になっちゃって」


 まるで、正夢になることだと暗示されているようで、アンデレはその不安がどうしても拭えない。生活習慣を改善しようと日々努力していても、それだけはシミのように抜けない。


「それでもまだ、アンデレさんはヨハネさんの負担を減らす改善に至らないんですね」

「長年続けてきた癖を直すのって、大変すね」


 畳んだ洗濯物に付いたシワが、いくら手で伸ばそうとしても元に戻らないように、身体に染み付いた生活習慣というのは、そうすぐには直らないものだ。

 微苦笑して言うアンデレが、まだ真面目に向き合おうとしていないと感じたのか、キィナはにわかに真剣な面持ちになる。


「アンデレさんは、癖のせいにするんですか?」

「え?」

「ボクが前に言ったこと、覚えてます?」

「えーっと……。いろいろ言われ過ぎて、どれのことか……」

「あなたは、ヨハネさんの優しさに甘え過ぎて、付け込んでいるレベルでしょう。そう言ったことを、覚えていますか」

「あ……。はい。覚えてます」


 その表情の変わりようは、話し方にわざと緩急を付け、アンデレを躾けるつもりでいるのではない。前回話した時のように、また彼の非を追及しようとしている。

 自分が下したキィナの印象判定はまだ早かったと、アンデレは少し後悔し始めた。




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