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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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49話 解錠



 勧誘は他の信者に任され、シモンは二人と一緒に、ウーラニアー世界時計の目の前にあるカフェに移動した。

 飲み物は二人に奢ってもらい、三人は木製のテラス席に座った。晴れた日は黒いパラソルが開いているが、曇り空の今日は閉じられている。


「さあ。雑踏など気にせず、周りの人などいないと思って、シモンさんの心の扉を我々に開いてください」


 シモンと対面で座る二人は、仮面を貼り付けたような絶えない微笑みで、傾聴しようとした。その前に、シモンは名前を尋ねる。


「話す前に。名前をまだ聞いてないです」

「そうでしたね。失礼しました。ぼくは、ケエブです」

「おれは、オツェル」

「双子ですよね。一卵性なんですか?」

「そうですが。我々のことよりも、シモンさんの話を聞かせてください」


 自分たちの身の上話よりも、シモンの本心を知りたいケエブは、早く聞かせてくれと言う。


「どんなことでも構いません。気掛かりに思っていること。不安に思っていること。恐れを抱いていること。お友達のこと。ご家族のこと。親しい間柄の人のこと。何でも」


 オツェルも、聞かせてほしいと言う。

 こういう時、勧誘する側は他愛もない話題から入り、相手の警戒を説いてから本題に入るものだが、三人だけで話ができる場を設けられた時点で、その必要はなかった。

 シモンは、既に流され始めていた。そのことに気付かないまま、不安そうな表情で二人に悩み事を話し始める。


「ボクには、大事な人がいるんです。友達よりも大事で、家族と同じくらい大事に思ってる人です。ボクはその人を信頼していて、何でも話す仲です。辛いことがあっても、その人が側にいてくれるだけで安心する、ボクには必要な人なんです」

「そういう存在は、大事ですよ。人は、一人では生きていくことはできませんからね」

「その方も、シモンさんを大事に思われているんですか?」

「はい。そのはずです」

「そのはず、とは?」


 微笑みながら耳を傾けるケエブは、シモンの不安の欠片を拾い上げて尋ねる。


「最近、冷たいっていうか。ちょっと距離を感じるんです。この前まで学校の送り迎えをしてくれてたのに、全然してくれなくなったんです。バイトのシフトが変わっちゃったせいもあるんですけど、距離を感じるのはそれだけが理由じゃない気がして……」

「お仕事が忙しい。もしくは……。他の方とのお付き合いを優先されている、とか?」

「他の人……」


 シモンの脳裏に一瞬、ティウブの姿が過る。


「心当たりがあるんですか?」

「あるっていうか……」

「シモンさんと話をするよりも、よくスマホを見るようになったりなど。その方の今までの行動と比べて、何か変化があったんですか?」


 二人に問い掛けられたシモンは、最近のヤコブの行動を思い返す。彼の一日の行動の中で、以前と明らかに変わったこと。明らかでなくても、不安の種を成長させるような僅かな変化は感じ取っていた。


「あの。電話が掛かってくることがあるんですけど、わざわざ部屋を出て電話に出る時があるんです。バイト先の人と連絡し合ってるのは知ってますけど、いつもなら普通にボクがいる前で話すのに」

「その電話相手が誰かは、知っているんですか?」

「訊いたことがあって、バイト先の上司だって言ってました。でも、仕事の話にしては長いなって思って、それを言ったら、必要な話しかしてないってあしらわれて。今までは、仕事のことも話してくれてたのに……」

「きっと、干渉されたくないと思われたんでしょう。シモンさんは、その方の仕事には何の関係もありませんから」

「関係ない……」

(その時の電話の相手を訊いたら、バイト先の店長さんだって言ってた。バイト関係の人なら、確かにボクは関係ないけど……)


 シモンはまた、ティウブとの初対面で言いたいことを言えなかったことを思い出す。ヤコブに故意に妨げられたのではないとわかっていても、なぜかずっと、何でもないこととして消化できていない。


「優先順位の付け方は、人それぞれです。シモンさんをあしらったのも、仕事とプライベートを分けて考えているから。もしくは。仕事とプライベートの優先順位を、考え直したのかもしれませんね」

「それって。バイト先の上司の人よりも、ボクはどうでもいいって考えてるってことですか?」

「どうでもいいと考えているとは限りません。その方は、シモンさんを大事に思っているから、上司を優先しているのかもしれませんよ? でもこれは、飽くまでぼくの主観なので、あまり気になさらないでください」


 オツェルは微笑む。シモンが頼んだホットのカフェラテが、飲まれないうちに少しずつ温度を下げていく。


「でも。シモンさんとしては、上司と何を話しているのか気になりますよね。自分に聞かれたくない、秘密の話をしているんじゃないか。もしかしたら、自分よりも親しくなってしまうんじゃないか。もう既に親しくなっていて、自分は二番目になってしまうんじゃないか……と」


 ケエブはシモンの心を覗き込み、誤魔化そうとしている気持ちがかたちになるよう造形する。

 秘密の話と聞いて、ヤコブがひた隠しにしているトラウマに関することを、シモンは真っ先に連想する。

 自分には明かしてくれていない隠し事を、あの人には話しているんだろうか。自分とは違って人生経験もある年上なら、〈バンデ〉など関係なく相談のしがいもありそうだと考えてしまう。

 憂心が一層深くなったその一瞬の表れを、ケエブは見逃さなかった。


「何か、心当たりがあるんですか? シモンさんの大事な人が、何か秘密を持っていると」

「えっと……」


 見抜かれたシモンだが、ヤコブのトラウマを他人にも触れさせると考えると、心中に引っ掛かり続けている事柄を話すのを躊躇する。 


「遠慮せず、話してください。ここで一つでも不安を残してしまうと、あなたの心も救われません。我々は、シモンさんの味方です。あなたの気持ちを、否定したりしません。だから安心して、今の気持ちを言葉にしてください」


 シモンが今一番懸念を抱いている、ヤコブとの関係。ヨハネたちに相談してみても、考え過ぎだとまともに相談に乗ってくれない。

 でも。目の前に座っている赤の他人のこの二人は、味方だと言って耳を傾け、最初からシモンの気持ちを受け止める心の準備をしてくれている。新興宗教の信者という偏見を忘れてしまうくらい、親身になろうとしてくれている。

 そんな二人の寄り添う心が、シモンの心の扉を解錠する。味方になってくれる二人に、シモンは抱えている不安とともに気持ちを明かすことにした。




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