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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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45話 距離感



 とある休日の午後。宿命と向き合うために戻って来たハーロルトだったが、日々のルーティンとなっていた勉強は続けていた。

 ふと気付くと、部屋にペトロの姿がなかったので、リビングルームへと降りて顔を出した。ヨハネとヤコブもいなかったが、時間を持て余したシモンとアンデレが二人だけでババ抜きをやっていた。


「あれ。どうしたの、ハーロルト」

「ペトロくんの姿がいつの間にか見えないから、どこ行ったのかなって」

「ペトロなら、ブロート買いに行きましたよ。何か用でもあったんすか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

「今のペトロは、一人の時間を大切にしてるんです。大して用がないなら、できるだけ一人にしてあげてください」


 アンデレはシモンから一枚抜き、揃った二枚を捨てる。テーブル上には捨てられたトランプが雑然と溜まっていて、二人の手札も残りわずかだ。


「そっか……。じゃあ。僕が同室なのも、迷惑に思ってるのかな」


 今度は、シモンがアンデレの持ち札から一枚抜き、二枚捨てた。これで、シモンの持ち札はあと五枚。アンデレは四枚。ジョーカーが潜んでいるのは、アンデレの手札の中だ。

 二人はハーロルトの話を聞きながら、扇状に開かれたお互いの手札から一瞬足りとも目を離さずに相槌を打つ。


「ボクは、迷惑なんて思ってないと思うよ」

「それはどうかな。ペトロって、何かを我慢してる時は、あんまり思ってること言わない方だから」


 どのカードを取るか真剣に悩んで眉頭を寄せるアンデレは、裏返しのシモンの五枚の手札を凝視して言う。


「それって。僕に対して、何か気持ちを隠してるってこと?」

「そうじゃないかなっていう、親友のおれの勘です」


 右端から一枚取り、一組揃って捨てた。これで、シモンの持ち札は二枚、アンデレは三枚。シモンはアンデレの手札に手を伸ばし、アンデレの表情を観察しながら、三枚のうちどのカードを取るか考える。

 これで勝負が決まるかもしれないと思うと、アンデレは数字のトランプが取られないよう、ハラハラしながら祈る。


「アンデレ。ハーロルトは空気が読めないわけじゃないんだから、距離の取り方とかわかるよ。それに。ペトロとも、仲良くしたいだけだもんね?」

「それ、おれを引き合いに出してない? おれが空気読めないの、イジってるよな?」

「イジってない……よ!」

「あっ!」


 シモンは左側のカードを抜き、揃った二枚を捨て、手元に残った一枚を、さあどうぞと前に出す。アンデレは渋々それを取り、ジョーカーを残し揃ったカードを捨てた。


「ボクの勝ちー!」


 勝負が決まった瞬間、シモンは両手を挙げて勝利を喜び、アンデレは悔しさの拳を握る。


「また敗けたぁ! シモン強くないか!?」

「だって、アンデレの表情がわかりやすいんだもん」

「くっそー。もう一回!」

「いいよ。ハーロルトもやる?」


 誘われたハーロルトはシモンの隣に座り、三人でババ抜きが始まった。アンデレからトランプが配られ、揃っているペアを捨てていく。


「ハーロルトの持ち札、やけに多いね」

「ズバリ! ハーロルトさんがジョーカー持ってますね!?」

「どうしてそう思うの?」

「ジョーカーを持ってる人の持ち札は、多くなりがちなんです! おれの分析ですけど!」

「それ、あてになるの?」


 空気が読めない適当男子アンデレの分析は、たぶんあてにはならない。けれど、アンデレの言う通り、ハーロルトがジョーカーを持っていた。




 買い忘れのブロートをいつものパン屋で買ったペトロは、小腹が空いたので、パン屋の隣のカフェに寄った。

 店構えはこじんまりとした印象だが、入ると二階まで吹き抜けになっている。壁にはアート作品が並べられ、天井からはシンプルなデザインのペンダントライトが下がっている。注文カウンターの上にも席があり、ちょっと変わった造りのナチュラルな雰囲気だ。

 カプチーノと、レモンが使われたツィトローネクーヘンを受け取ったペトロは、席を探す。一階席もカウンター席も埋まっている。外は寒くなってきたのでやめておき、二階への階段を上がった。実はこのカフェには、隠れ家のように二階の奥にもスペースがあるのだ。

 まるで古城の秘密の通路のような入り口を入ると、意外と広々としている。格子が付いた二つの縦長の窓があり、ネイビーと白の壁に横長の大きなアートが飾られ、合皮の茶色い椅子が壁にそって配置されている。

 席も空いていたので、ペトロは入り口横の角の席に座った。黒いキャップを被り伊達メガネを掛けているので、スマホに夢中の客はペトロに全く気付かない。

 カプチーノを一口飲み、ペトロは一息つく。


(やっぱ、一人が落ち着くな……。あいつが戻って来ても、ちゃんと戦力として迎える心の準備はしてた。でも、ヨハネが説得に失敗して、恐ろしいものを目にしたんだから当然だよな、って思って、安心した。結局、心の準備なんて本当はできてなかったんだよな。今の状況が、その証拠だ)


 ヨハネの提案を聞いた時は、使徒としての判断を優先した。所謂“プロ意識”を維持できれば、戻って来たとしても平静に振る舞えると考えた。

 けれど。実際戻って来て、一度安堵してプロ意識が緩んだせいか、やはりハーロルトには心の壁を作ってしまう。普段は自然に振る舞おうと意識しているが、視線を合わせることは、意識的に避けているところがある。


(あいつが本当にこのまま仲間になるなら、オレもしっかりしないと)


 ツィトローネクーヘンを食べ、帰ったらもう少し自然な振る舞いを心掛けてみようかと、ペトロは検討する。

 その時、一人の客が黒いコートを靡かせ、靴音を鳴らして入って来た。その男は、他にも席が空いているのに、ペトロが座っている角の席の二つ隣を選んだ。ペトロのトレーの側にブラックコーヒーのカップが置かれると、丸い波紋が中心へと集まっていった。

 角の席はL字型に設置されているので、男が座るとペトロと膝が近かった。どうして自分の側に……と不思議に思ったペトロは視線を上げ、キャップの下からこっそり男の顔を見た。


(えっ……)


 ペトロは、肩をビクッと震わせた。

 その男は、肩まであるウェーブ掛かった黒髪と黒い瞳の、黒尽くめのストーカー男だった。


(な……何で、ストーカーがここにいるんだよ……!?)




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