2日目ー⑤ 色とりどり
自分の指先が震えている。そう分かるたびに、紅姫は何度も何度も自分の頬を叩いた。怯えるな、私は選ばれし人間だ。私がこんなところで死ぬなんてありえないことだ。私は死なない。私は勝つ。自分を自分で鼓舞し続けて、紅姫はせっせと新しい「罠」を作っていた。
最初に作ったのは、黄櫨たちにも目撃された「電流」の罠。中学生の時に見た深夜アニメの中で、SM嬢のような恰好をしたキャラクターが、持っている鞭に電流を流して戦っていたのを覚えている。このアイテムを見つけた時は、まさしく自分の運命の道具だと思ったものだ。
ただ、問題は多々あった。まず、あの道を通らないことには誰も仕留めることが出来ない。しかも、作動中は味方が罠に嵌らないように、ずっと近くで見張っていなければならなかった。これなら効率が悪すぎるし、そもそも誰も来ない可能性だってある。
「あの罠は作物を荒らしに来た獣対策に使われるものだし…絶対強いと思ったんだけどな…クソ…!」
次に紅姫が目を付けたのは、毒盛り作戦だった。紅姫はクラスでも煉瓦や朽葉と肩を並べる、それをしのぐ勢いのあるほどに臆病な性格だったが、彼女は「自分の面倒は自分で見なくちゃいけない」という使命感があった。高校に入学してから、まともに交友関係を築けたことなどない。助けを待つと言っても、誰も自分のことを助けに来てくれないのだ。
「(…い、いかんいかん!考えるな!考えたら泣きたくなる!私は1人で出来る!他の無能で無センスで無様なクラスメイトなんて、当てになんかしてない!)」
そして、もう1つ違うところは、絶妙なプライドの高さだった。このような極限の状態に陥ってもなお、誰かを頼るという選択肢を選ぶことは、紅姫にとっては足踏みすることだった。だから必死で町中を駆けずり回り、血眼になって武器を、アイテムを探した。
「ふふ…よし!今度は毒盛り作戦だ。昨日の昼と夜合わせてかき集めてきたこの食糧に毒を盛って、町中にばらまく…!食べたやつらはみんな死んで、私は手を下さずともこのゲームを制圧できるというわけだ、ハハ、ハハハ…!」
毒というのは、人類の生み出した最も凶悪な何とかだとか、どこかで紅姫は聞いたことがあった。詳しいことなんて紅姫の頭の中には残ってはいなかったが、それでも毒が強力だということには変わりない。
「…あ~~~!ダメじゃんか!それじゃ、味方が食べたんじゃどうしようもないし!!ああ、もう中止!!」
自分が食べる用の食糧を残し、毒の瓶とかき集めた食糧を投げ捨てた。アイデアは湯水のように浮かんでくるのに、それは実現不可能であったり、根本的に無差別的なものばかりだ。
「ううう、手に入るアイテムがポンコツばかりだからいけないんだ…!私の才能と頭脳に、モノが追い付いてない!」
残っているのは、電流装置と共に手に入れたテーザー銃と、何やら黒い糸束が数本だけだった。
「私に裁縫でもしろっていうのか!この!この~…!!」
しかし、その糸は紅姫がどれほど乱暴に扱っても、引っ張っても噛みついても、一向に切れる気配がなかった。糸束に貼られた紙を見てみると、そこには「炭素繊維糸」と書かれている。
「炭素繊維…?何か聞いたことあるな…確か、何かものすごい丈夫なもの…どれくらい丈夫なのかは知らないけど、とにかくものすんごく丈夫なもの―――」
もしかすると、この糸を使って名探偵コ〇ンのジェットコースター殺人の再現が出来るかもしれない…!そう思ったが、すぐにありえないと悟って紅姫は糸をしまった。丈夫な糸といっても、絶対に切れないというわけではない。自然界では蜘蛛の糸が最強という記事をどこかで読んだ気もするが、これがそんなに強力な糸であるはずもない。そもそもこんな黒い糸、空中に張り巡らせていたらすぐにばれてしまう―――
「…ん?いや待てよ、もしかすると―――」
使えるかもしれない。紅姫はすぐに、身を潜めている家屋の窓から顔を出し、外の様子をうかがう。出来る。自分の思い描いている作戦を実行できる環境は、辛うじて整っている。
「うふふ、よ、よーし、このまま一気に私がゲームの中心人物に―――」
「なあにしてるの、紅姫さん?」
「どひゃああああぁぁああぁぁあああ!!!?」
不意に、誰もいないはずの背後から声をかけられて、紅姫はこれまで出したこともないような悲鳴を上げてひっくり返った。心臓が口から飛び出すような感覚。涙と鼻水がべっとり張り付いた顔で振り返ると、とぼけた顔のクラスメイトがそこにいた。
「あ、ごめん。びっくりさせちゃった。」
「わ、湾田ぁぁぁ、お前ぇぇぇぇぇ!!」
「わわ、やめてやめて、汚い!」
「汚いとか言うな、アホ!」
一体どうやってここに入ってきたのか、湾田はいつものように何も考えてない顔で呆けている。同じチームでよかった…いや、悪かったのだろうか?もし敵方のチームでも、湾田ならルールも把握していないで、こうして話しかけてきたのではないだろうか?
「ふん、このポンコツが…!」
「あ…もしかして、紅姫さんが先にここに隠れてた?ごめんね、気づかなくって…1人でぶつぶつ話してたから、誰かいるのかと思っちゃった。」
「ふ、ふーんだ!私は逃げも隠れもしない!今もこうして、ここで1人このゲームの必勝法を――――」
ふと、紅姫の中でひらめきの音が聞こえた。
「湾田、オマエも手伝うんだっ!」
※※※
AM.9:54
想像していたよりもずっと、島の中は静かだった。最初の勿忘の訃報を告げたサイレン以降、サイレンどころか、銃声の音1つ聞こえては来ない。ほんの少し不安や焦燥が頭の中をぐるぐると動き回るのを感じたが、これはむしろ好都合なのだと割り切る。
「なんとなく思ってたんですけど…やっぱりここって、公民館ですよね?」
天王寺が、玄関先の銅像跡を見て言う。ここは安全地帯の中。桃岬に見せられた地図。そこから何となく覚えている限りでは、区役所や病院、公民館などの公公共施設の類は、町の中心部を取り囲むように外側に作られていたはずだ。ここは安全地帯の中。狭まった安全地帯の中に入り込んだこの建物は、天王寺の言う通り確かに公民館らしかった。
「何だか、不思議な感じ…この島にも、昔は誰かが住んでいて、街が動いていて、ここにも誰かが働きに来てたってことだよね…?」
「じっくり観察するのもいいが、まずは準備を確実に済ませてからだ。ここが絶好の狩場…そうなんだろ、松田?」
「うん、間違いないよ。ここが最高の立地だ。」
何度も説明をするように、この島は大きく分けて5つに分解することが出来る。
まずは北側。初日には北側の大部分が「クロ」陣営の安全地帯となっており、2日目の現在では、その半分ほどが消滅、北西に安全地帯が残っている。
最西端には初日に奥田たちが足を運んだ灯台があり、その他にもいくつかの建造物が存在し、寂れた港のようなものも存在する。7組の生徒全員が最初に集められていた学校のような建物も、西の海沿いにあったものだ。
そして南側。南側には北とは対照的に「シロ」陣営の安全地帯が広がり、2日目からはその半分がグレーエリアに、現在は残った半分、南東が安全地帯となっている。今、奥田たちがいる場所がまさにそうである。
そして東側。東には森林が広がっており、その手前には何の手入れもされていない、荒れ果てた田畑が広がっているところがある。東側は全体的に島の中でも丘のような形状になっており、道も舗装されていない部分が多い。松田が拠点に選んだ公民館も、南東ギリギリのエリアに位置しており、小高い丘で市街地へ降りる一本の舗装された道が存在している。
最後に中心地。島の多くの部分を占める「グレー」のエリアで、かつて島の中で最も栄えたであろう市街地が広がっている。商店街や数棟の団地、雑居ビルなども立ち並んでいるところがあり、入り組んだ道で迷えばそう簡単に安全地帯に帰還することもできない、おそらく島で最も危険な場所。
この5つの中で松田が公民館を選んだことに、奥田も心の中で納得をしていた。
「まず、この公民館に来るために通らなくちゃいけない道は、市街地から1本しか伸びていない。安全地帯を通ってこようには、建物が丘の上に位置していて道と呼べるような経路が存在しない。」
奥田たちは安全を加味して、「レストタイム」のうちにこの場所に留まることを決めた。朝に1人出て行った松田は、一度安全地帯を経由して、時間をかけて崖のような道を登り、ここへ戻ってきた。
「鬼銅がここを攻めてくるとき、やつは絶対にこの道を通らなくちゃいけないってことだ。東側は僕が通ってきた崖に近い山道で、西側には田畑のために使っていたであろうため池がある。通ってこれる道は、たった1本。」
そこで敵を狙い撃ちに出来る。この島で籠城作戦を仕掛けるには、これ以上にない立地だった。
「それでも、万が一にでも登ってこられた場合、この公民館で奴を仕留められるように考えてる。」
松田はなおも続けた。新田が「どんなふうに?」と質問すると、松田は少し一息つくようにふっと息を吐いた。
「おいおい話すよ、今はゆっくり、確実にやっていこう。今日1日はここから出ることはないと思う。明日の勝負に向けて、じっくりとね。」
松田には自信があった。そして、自分が鬼銅瞬を殺さねばならないという、決意があった。
※※※
AM.10:00
「静かすぎるほどに静かじゃのう…」
縹がひとりでにつぶやくと、海松が「うん…」と相槌を打つ。今、この場にいるのは2人だけだ。萌葱はというと、ついさっき見つけた朱田と瑠璃川の遺体を調べていた。…いや、正確には、彼女たちの首輪を調べていた。
「それにしても、すごいよね萌葱くんって…首輪を外そうと考えるなんて、私たちには想像もつかないことだったし…私たちなんかとは、考えてるレベルが違うのかもしれないね。」
「レベル、か…憤、確かにそうかもしれんのう。アイツは、儂らとは別次元にいるのかもしれん。」
縹は、皮肉でも何でもない。心の底からそう思っていた。首輪の構造は思っているよりも簡単で、自分でも解体が出来るかもしれない…萌葱は昨晩そう言った。ならば、もしこれが解除困難な爆弾だったのなら、萌葱は何というだろうか。縹には、その時萌葱が「工具を探そう」と、そう言い出しそうな予感さえしていた。彼の中に不可能があるのか、どんどんと分からなくなってきている。
「―――昔から、ああいうやつか?」
「え?」
「萌葱のことじゃあ。同じ中学校の出なんじゃろう?」
海松にそう尋ねると、海松は恥ずかしそうに「一応ね」と言った。しかしそのすぐ後に、「だけど」と言葉を繋げる。
「だけど、そんなに親しかったわけじゃないよ?ていうか、ホントに全然。3年間で話したこともほとんどないし、関わる機会なんて全然なかった。」
「そうなのか?」
「うん。さっきの話じゃないけど、本当に別格だったんだ、萌葱くん…勉強もスポーツも完ぺきで、中学校の時は生徒会長もやってて…私なんて、とても声かけられなかった。」
なんとなく合点がいった。1日を共に過ごしていて、海松から感じていた萌葱に対する感情。それはまさしく「尊敬」という言葉がふさわしい。
「だから、同じ高校を受けるって知った時は、ホントにビックリしたよ。だって、萌葱くんの成績ならもっとレベルの高い…それこそ、都会の学校に行くものだとばっかり思ってたから。」
「そして、高校に入って蓋を開けてみても、全国模試では常にトップ、次期生徒会長の呼び声高い学年1の秀才か…まったく、嫌味にすら感じんな。」
「あはは、ホントにそう。だけど、嬉しかったなぁ―――」
「同じ学校になれたことがか?」
「それもあるけど、今回のこと。最初に萌葱くんが、私に声をかけてくれたこと。…嬉しかった。頼りにされてるんだって。」
「………」
本当に、嬉しそうな横顔。そんな顔を見ていると、この先に準備しておいた言葉がつっかえてしまう。「萌葱を頭から信用していいのか」と、そういうことが憚られてしまう。
「(優秀かもしれん…秀才かもしれん。じゃが、お前は異質すぎる、萌葱―――)」
ただの高校生が、淡々とクラスメイトの遺体を調べることなど出来るだろうか。本当に、この極限状態の中で、全員に分け隔てなく接することが出来るだろうか。萌葱海斗という人間の像が完璧であればあるほど、それが剥がれた時の反動が恐ろしく感じる。隣で監視していなければ、とんでもないことにもなりかねないような―――
「待たせたな。」
萌葱の声が聞こえてきた。縹の拳に力がこもった。
※※※
『クレームの電話が鳴りっぱなしだ。プレイヤーの生徒が、次々と監視カメラをぶっ壊して回ってると。見られないアングルや場所が増えてきて、これじゃ詐欺じゃないか…ってな。』
「ああ、そうだね。私も今、その様子を見ているよ。」
『観てないで止めろ。金が入らなかったらどうする。』
「支払いは前払いじゃないか…今日中に終われば問題はないでしょ。」
『終わるのか?そこのゲームは。』
「いや、たぶん終わらないと思うよ。」
『それじゃあ意味ねぇだろうが。』
「あはは、そうだね。」
受話器の向こうで覇気のない声が続く。あんまり長電話しても仕方がない。
「とにかく…お前のワガママを許してやってるんだ。それなりの成果は出せよ、桐山。」
「うん、分かってるよ。大丈夫、このゲームはきっと、3日目が見たくなるゲームだから。」
桐山はそういって電話を切った。
今さら情報ですが、登場人物の名前はすべて、色が関連している名前を付けています。「そんなん知っとるわハゲ!」と思った方は、「そんなん知っとるわハゲ!」と感想覧に書き込むとともに、ついでに作品の感想も書いてくださると嬉しいです。




