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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第6話 援軍

 噂をすれば、とはよく言ったものだ。そんな会話を知ってか知らずか、2列の重装歩兵の後ろに大きな馬に乗った貴族然とした男が現れる。同時に、弓箭兵の矢の嵐はピタッと止んだ。

 綺麗な鎧に身を包んだ、若く精悍そうな顔つきの赤髪の男は、ルーネに負けず劣らずよくとおる声で叫んだ。


「ははは!私に楯突くとはどういうことかこれで分かったかな、キャシー君!」


 ご指名を受けたキャシーもまた、一歩前に出て大声で応戦する。


「やっぱあんたは……!ふざけないで、大体あんたが鶏の頭でももうちょっとマシに考えられる程度の作戦しか出さなかったからご丁寧に忠告してやったんでしょうが!そもそも国王からこんなこと許可されているわけがないでしょ!?」

「わ、私の頭が鶏並みだとでもいうのか!?下民の女のくせに!」


 この会話を聞いてルーネとエレンは確信した。この男爵、確かに鶏並の頭をしている。


「国王陛下の許可などいらぬわ!所属も配置も決まってない今、貴様ら3人をここで断罪し、死体なぞどこぞの山にでも埋めてしまえば、ただの作戦失敗と捉えられてそれっきり誰も気にもとめないないだろうよ!」


 そういうと大笑いするアルベルト男爵。その隙に、喉を目掛け、キャシーは素早くつがえた矢を放つ。しかしながら、その矢は男爵に届く前に突如炎を発して燃え尽きてしまう。男爵の手には、ルーネと同じような魔法陣が刻まれていた。馬鹿に見えてもこの男爵、胸にはルーネ同様、国定魔術師を示す真銀の胸章をつけているのである。さらに高笑いしながら男爵は続ける。


「自慢の弓術とやらもその程度のものかね!その程度の腕で私に逆らったとは、逆に誉めてやらねばならんなぁ!」


 大きな舌打ちがキャシーから聞こえてくる。その間にもエレンは考えていた。包囲を抉じ開けるか?重装歩兵たちは薙ぎ払えるとしても、弓は盾があっても鎧がなくては全て防ぎきるのは不可能だし、ルーネたちの防御が薄くなる。かといって、このまま戦闘を続けているのも考えものだ。昨今実用試験が話題になった、魔砲などの強力な魔導具を持ち出されればひとたまりもあるまい。


 万事休すか……そう思った刹那、エレンの前の林から起きたであろう数多の悲鳴が耳を襲う。突然のことに何が起きているのか想像もつかないエレン。だがその状況を把握できていなかったのはエレンだけではない。この場にいる誰もが、何一つとして現状を理解することが出来なかったのだから。


「何が起きてやがる……?」


 ポツリと呟いたエレンの言葉を掻き消したのは、重装歩兵たちの叫びであった。その叫びは、遂に森から飛び出してきた、たった2人の援軍の姿への戦慄を示していた。


 異国の衣装に身を包んだ二人。両手に短剣を装備し、その顔を目元以外ターバンで覆う一人は、まるで舞を踊るような足捌きで、重装歩兵の装甲の隙間から首を掻ききっていく。もう一人の男の、東洋のものと思われる、片刃の美しい長剣が振るわれると、そこには首や胸、足から血を流した兵が斃れていた。異様なまでに赤く染まったその剣の輝きは、あまりにも美しい。


 その凄惨な状況を見てなのか、全重装歩兵が戦列を下げると弓兵の攻撃が再び始まる。しかし、それすらもあの2人を止めることはできない。短剣使いの舞うような動きには、矢すらもついていくことができなかった。

 さらに驚くべきは長剣使いだった。鍔を右手で触ると、すぐさまその剣を振るう。その切っ先が虚空を切ったかに思った刹那、近づいてきた矢が全て弾き飛ばされていた。剣で風圧を生じさせるかのようなその様は、兵たちのさらなる恐怖を煽るには十分すぎる光景だった。


 この期を逃す3人ではなかった。全員が顔を見合わせ一つ頷くと、各々が行動を始める。後顧の憂いはない、目の前の敵だけに集中して良いとなれば、動きは早い。

 今度はルーネが先手を取った。詠唱を行いつつ地面に素早く魔法陣を描き、大地を杖で突く。すると、氷のドームが四方の大地からせり上がっていく。そこには掌ほどの穴が幾つか空いていた。それを見た瞬間にキャシーは鏃を腰の矢毒壺に漬けると、矢をつがえ、弓を引き絞り、その穴を通すように放つ。放たれた矢は放物線を描くことなく、風を纏ったかのように、重力に逆らって美しい直線軌道で進む。それは空恐ろしい速度で重装歩兵の鎧を貫いたかと思えば、更に2人目の鎧に刺さる。

 ま、こんなものか、という呟きを聞いてか、エレンは驚いたように笑う。


「やるじゃないか、いつの間にそんな強弓を使うようになったんだ?」

「雛鳥じゃないんだから、囀ずってないで目の前の餌を狩りに行くのが仕事でしょう?」


 エレンが問うと、キャシーは矢をつがえながら、にやっと笑って応える。放たれた第二矢は、今度は2人の胴を食い破り、男爵の馬の横を奔り抜ける。


「あれま、口まで達者になったようで。そんじゃいっちょ、俺もランチタイムと洒落こませていただこうかね!」


 エレンの吹く指笛に応え、再びその黒き戦友は駆け付ける。先ほど奪った重装騎兵の馬と比べれば二回り程も大きいその体躯は、死体の山を悠然と駆け抜けてきたのである。漆黒の体躯の脇には、これまた漆黒に輝く騎槍が掛かっていた。


「ありがとうな、アルネ。さ、行こうか!」


 男にしては長い、後ろで雑に結んだ髪がふわりと風に乗ると、エレンはアルネへと飛び乗っていた。美しささえ感じる嘶きと共に、エレンとアルネは駆け出す。その左手に持つ騎槍は、戦列の崩れた重装歩兵たちにとって、死神の鎌と何ら変わらなかった。鎧がなくとも、歩兵たちはエレンとアルネに傷一つ負わせることはできない。あまりに速く、あまりに重い一撃が繰り出されるたびに、歩兵たちは吹き飛んでいく。歩兵の持つ盾も鎧も、その槍の前にはあまりに無力だった。


 ルーネはひたすらに耐え忍ぶ。アルベルト男爵の放つ火球を消しては、近くへ寄ろうとする重装歩兵に牽制の水刃を放つ。氷のドームを維持する魔力と合わせると、彼にこれ以上の攻撃に使える魔力はないが、守りの要として十分な働きだったと言えよう。


 先ほどまでの優勢が嘘のように、包囲が崩れていく。その中で一人、気を吐く老兵がいた。重装歩兵を鼓舞し、弓兵に指示を出しながらも、その身は片時もアルベルト男爵の元を離れようとはしない。胸元に男爵家とは別の家紋の入った、少し古びた鎧を身に着けるその男は、劣勢が覆せないとみるや、血気盛る男爵に対し逃げるように諭す。


「ジャン様、どうかここはこの老骨に任せお逃げくださいませ。敵の騎兵はもうすぐ歩兵を蹂躙し、こちらへ矛先を向けるでしょう。そうなる前に、さあ早く!」

「何を言うか爺!こうなったら私の魔力を集中させて大魔法を―」

「それほどの大魔法、詠唱を終える前にかの騎兵はジャン様の首を勲章代わりにランスへ掲げるでしょうな。聞き分けのないことを言ってはなりませぬ、ジャン様さえ生きていらっしゃれば、彼らの命を狙う機会などいくらでもありましょう。今回のような妨害が二度も三度もあるはずはないでしょう」


 一歩も引かない老兵と、その剣幕に押されている男爵。その姿は子供を叱る親のようだった。


「くっ……だが……」


 それでも諦めようとしない男爵。その馬を目掛けキャシーの放った弓が襲い掛かる。キャシーの目的は男爵を殺すことにはなかった。殺してしまってさらなる復讐を生むよりは、彼を生け捕りにし、追っ手を止めさせる方がむしろ意義があるのだ。

 しかしながらその目論見は老兵によって防がれる。老兵の持つ不思議な紋様の盾が構えられると、鎧さえも射貫くその矢が風に煽られたかのようにふわっと舞い上がり、ポトリと落ちる。


「なっ……!?」

「どうしたキャシー!?」


 キャシーの上げた素っ頓狂な声に驚き、男爵の放つ火魔術を相殺する作業を放り出して振り返るルーネ。


「私の"風の矢"が弾かれたですって……?」


 動揺しながらも第二射を放つキャシー。だがやはりその矢も風に弾かれる。


「さぁ、この間にお逃げなさい、ジャン様!ここは私が!」

「クソッ……!頼んだぞ!」


 サーコートを翻し、後退を始めるアルベルト男爵。キャシーの大きな舌打ちがその耳に届くことはなかった。


 一方のエレンは丁度重装歩兵を壊滅せしめたところだった。サーコートを着た騎兵が走り去ろうとするのを見て、死体から拾ったランスを振りかぶって投擲する。そのランスは、あまりにも速く、あまりにも正確な弾道でその背中を捉えていた。そして、それを追うかのように、エレンも突撃していく。

 しかし、目の端でそれを捉えた老騎士が素早くそれに対応する。槍と男爵の間に入り、先程のキャシーの矢のときのように盾を構える。


「くっ、あの盾があっちゃ手が出せないわ……!」


 しかし、そのキャシーの叫びと裏腹に、エレンの投げた槍は風に揺られることもなく、真っ直ぐに盾にぶつかった。


「なっ……!?」


 戸惑いを帯びた叫びは、今度は老騎士のものだった。その槍は盾を砕くことこそ能わずとも、老騎士の姿勢を崩し、さらにはキャシーの矢の射線を通すには十分な威力だった。

 エレンのランスチャージが老騎士を襲うのと、キャシーの放った”風の矢”が男爵の乗る馬を射抜いたのはほぼ同時のことだった。


 エレンのランスと老騎士の剣が交差する。だが、速度のついたエレンと止まっている老騎士、どちらが勝つかは誰の目にも明白だった。馬上の騎士の戦いはその速度こそが命であると言っても過言ではない。エレンの盾に弾かれる老騎士の剣と、老騎士を馬から叩き落すエレンのランス。エレンは美しいまでの手綱捌きを以て、反転すると、老騎士の首元へランスの切っ先を突きつける。しかし、決して彼はその槍を貫き通すことはなかった。


「チェックメイトです、サー……いえ、卿よ」

「卿とな、私のことを知っているのかね?……まぁもうよい、早く殺せ、いつまでもこのような格好を強いられるは武人の恥ぞ」

「そうはいきません卿。卿は自らの最後の教え子さえも忘れてしまったのですか?」


 その言葉にハッとして、老騎士はエレンの顔を見る。6年ぶりに見たその青年の顔は、確かに壮年のような重みを得ていたが、確かに、あの日あの場所で、彼の教えた最後の生徒の1人だった。


「ハーレス……エレン・ハーレスなのか?」

「そうです、エレンです。やはり覚えてくださっていた……私も卿の顔を忘れたことなどありません、アラン・ダングレーム卿、アングレーム伯爵よ」



 さて、そんな会話が交わされているとは露知らず。キャシーはドームから飛び出し、馬から投げ出された男爵を追いかける。一人残されたルーネ。全く協調性があるんだかないんだか……と一つため息をついて後ろを振り向くと、そこには、こちらに向かってなにやら楽しげに話しながら歩いてくる二人が見えた。

 その二人はまさに、先ほど後方の弓兵と重装歩兵を殲滅した、短剣使いと長剣使いだった。背筋が凍りつくような戦慄を押し殺し、二人に対して身構えるルーネ。しかし、それを気にかけることもなく、短剣使いがしゃべりかけてくる。その声は透き通るような美しさと、不思議なあどけなさを伴って、ルーネの耳に届く。


「おう、そんなに身構えんなよ。もう奴らなら起き上がってくることすらないさ」

「……君たちは何者だい?だいたい、いきなり現れてあれだけの兵を殺しきる人間が信用できるとでも?」

「おいおい、助けてやったのにそりゃないぜ。オレたちはたまたまあんたらが襲われてるのを見たから救援に入ってやったのさ。貴族だか何だか知らねぇが、ムカつく野郎がごちゃごちゃと演説なさってたから、どうせ奴らが敵なんだろう?ってな」


 そういいながらも歩みを止めない二人組に、警戒を崩さないルーネ。だが、短剣使いは何も変わらず喋りながら、歩を進める。


「なに、報酬なんざいらねぇよ?死体から漁った金だけで充分。今回は一応、助けたやつの顔でも見とこうと思っただけさ。それに……」


 いきなりルナの視界から短剣使いが消える。次の瞬間、ルーネの耳元で囁かれるその声。


「本当にあんたらを殺すなら、とっくにやってるさ」


 飛び上がらんほどの驚愕と、恐怖。そんなルーネを尻目に、さも楽しそうに爆笑する短剣使い。ひとしきり笑った後、ルーネの肩に手を乗せると、軽い調子で別れを告げ、長剣使いの方へと歩き始める。


「なに、冗談だって。そんなにびっくりするこたないだろ?ま、また機会があったら会おうぜ。そんじゃ元気でな!」


 そうして二人組は去っていく。こちらへ来た時と同じように、またなにやら楽しそうに話しながら。そして何事もなかったのように、辺りは静寂に戻る。キャシーが男爵を、エレンが伯爵を連れてルーネのもとに戻ってきたのは、そのいくらか後のことであった。


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