第5話 急襲
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「今回の首尾も上々、相も変わらずトロイの守備隊は無能揃いだな」
「あぁ、所詮は前線行きすらできない腑抜けかボンボンさ、俺等の敵じゃない」
ルーネ達が出立する3日前のこと。仄暗い洞窟の中、数十余名が焚き火を囲んで盃を酌み交わしていた。周りを見れば、何処かから得たものかわからないような様々な財宝の数々。
ここはトロイの町から少し外れた洞窟。普段は人が見向きもしないような里山の洞窟だったが、今はトロイの町を悩ませる盗賊団のアジトになっていた。
そんななか、一人の盗賊が洞窟の奥から出て来ると歓声が湧く。団長、団長と口々に呼ばれるその盗賊は、そのまま上座の方へどかっと腰を下ろすと不敵に笑いながら話し始める。その声はくぐもってはいたが、若さを含むかのように高かった。
「今回の襲撃も大成功に終わったな。むしろ襲撃というにも烏滸がましいか?あれじゃ餓鬼のお使いの方が難しく思える」
嘲笑を含む笑い声は、意外なほどに上品に聞こえる。それを聞いた盗賊たちもまた、口々にトロイの無能な守備隊について囃し立てるのであった。
「だが怪我人すら出すことなく、みんなよくやってくれたよ。だが次でトロイの町は卒業だ。そろそろ本当に本当にデカい仕事をやろうと思う」
「と、いうと?」
団長と呼ばれた盗賊の、炎に照らされて見えた大きな目と皺一つない目元は、やはり若さを感じさせる。
「ルテティアだ。首都、ルテティアを襲ってそのままベネルクスへ逃げこむのさ。ルテティアの衛兵はトロイほど弱かないだろうが、近衛兵が出てこなければ結局豚か鶏か程度の違いしかない。ベネルクスは今イリアスの支援を受けてガエリアとは敵国の立場。ルテティアの珍しいもんやなんかを持って、逃げてきた富豪のふりでもしていけば、ベネルクスにいるイリアスの犬共は喜んで受け入れてくれるだろうよ」
「そいつはすげぇや!流石団長の考えることは違うぜ!」
口々に団長を称える盗賊たち。団長は満足そうに盃に酒を注がせると、自分の後ろに一人静かに佇む青年に声をかける。
「トキもそれでいいか?生まれ育った場所を捨てることになるが……」
「もちろんだよ、リュウ。もとより僕の居場所はここしかないんだ、君が行くというなら僕も共にあるさ」
トキと呼ばれた青年は答える。端正な顔立ちと低めの背丈。少し黄色がかった肌の色は、東方の国の人間を思わせる。火の光に照らされたリュウと呼ばれた団長もまた、同じ肌の色をしていた。
「それじゃ決まりだな。オレたちにやってやれないことなどない。トロイの町からたんまりプレゼントをもらって、ルテティアでのパーティーの手土産にしようじゃないか!」
一斉に気勢をあげる盗賊たち。トキと呼ばれた青年だけが表情すら変えずに盃を飲み干した。
そして現在。出立から5日ほど進んだ今も、ルーネたちはトロイへの途をひた辿っていた。ルテティアからトロイまでは馬で6日といわれる行程だったが、流石は宮廷で所持している馬というべきか、5日目の今日、既にトロイまであと数刻、といったところだった。ルテティアからトロイへの道は馬車道でもあり、馬に乗った3人組が横並びになっても十分な幅があった。所々左右に林を見るこの道は、未だガエリアの支配下にあり、見通しも悪くないため、この御時世においては比較的安全に通れる道である。
トロイはガエリアの中でも有数の大都市である。カンパネの大市と呼ばれる巨大な定期市の中心となる都市であり、異国の商人との取引も多く、市の度に莫大な人と物と金の動く、ガエリア一の貿易都市だった。
道中で昔話に華を咲かせていた3人だったが、はっとして、ルーネが国王に言われていたことを思い出す。
「あ、そうだ!ちょっと待ってくれる?」
「ん、どうした?」
「そういえば陛下から気配を薄める魔術を込めた箱を賜ったんだ、ルテティアを出たら使え、ってさ」
「流石は国一番といわれるだけはあるな、魔術でそんなことまで出来るとは」
そんな歓談の中の突然の襲撃。エレンを狙ったのは敵の失敗だったと言えよう。間一髪、アルネを狙ったその射撃は、アルネ自身が身を捩って避けていた。一瞬アルネの暴走と嘶きに驚きを隠せなかったエレンだが、飛んできた矢を盾で受け止めると、現状を理解して叫んだ。
「敵襲!2時に弓箭兵、多分後方にも……!」
馬上の戦闘経験はエレン以外はない。サッと飛び降りた二人を再び幾数もの矢が襲うが、ルーネは左腕に刻まれた魔法陣の術式を発動し、左腕に氷の盾を作り出して防ぐ。この時代、防御用の魔術を即時に出すために、腕や手に魔法陣の刺青を入れる魔術師がほとんどであった。
一方のキャシーは同様に、左腕の腕輪に手をかざすと、矢の飛んできた方向へ向ける。すると、腕輪から薄い膜のようなものが展開され、矢はそれに当たって弾かれた。"魔導具"と呼ばれるそれは、マナを用いて魔法に似た様々な効果を得るものである。一般人にも扱え、種類も様々なため、この時代における必需品であった。
エレンも後方の敵からの攻撃を防ぐため、アルネを逃がし、ルーネたちに背中を預けて仁王立ちする。すぐさまキャシーは、前方の林の中、敵と思われる影を見つけ、矢を引き絞り放つ。そこからの悲鳴で、キャシーは命中したことを知った。"遠矢射る者"の称号は伊達ではないと、それを聞いていたエレンは思う。一瞬の間をおいて、ルーネもまた魔法陣の構築を行おうとする。この場を見たものならば思うだろう、これほどまでに連携の取れた3人はこの世にいないと。
魔法陣の構築が終わると、ルーネは短い古代ラティニ語の詠唱を素早く終え、敵の方向へ杖を向ける。これを以て、魔術が完成した。高さ2mにもなろうかという大波が、前方に向かって歩を進め始める。
後ろからくる矢は全てエレンが弾いてくれる。このままいけば敵を打ち破るのは簡単なことに思えた。
だが次の瞬間、エレンがまた叫んだ。
「馬鹿な、重装騎兵だと……!」
3騎ずつの重装騎兵が真横、9時と3時から突撃してくるのを見たエレンは、大きな舌打ちをしながらも、一寸の躊躇いもなく、3時に躍り出る。3時の重装騎兵の方が少しだけ早くこちらに来るだろうと予測ができたし、さらに言えば3時方向にいるキャシーの方が、いざとなれば魔術で強固な壁を作れるルーネよりも、防御が薄い。
次の瞬間には、腰から引き抜かれた、エレンの持つ長剣……というよりは大剣といっても過言ではない黒い金属の塊が、鈍い音を立てて馬の足を断ち切り、3騎いた重装騎兵のうち2騎を馬上から叩き落としていた。
更にエレンは、素早く左手の盾で残る一騎のランスを打ち払い、相手の速度を生かして、大剣で胴を鎧ごと突き破る。エレンはあろうことか、そのまま殺した敵の馬の上へ飛び乗る。この間たった10秒ほどの、嵐のような戦闘であった。
エレンが馬から叩き落とした騎兵の一人が立ち上がろうとするのを見て、キャシーは矢をつがえ、騎兵の装甲の隙間に放つ。血の海に沈む騎兵たちを見ながら、キャシーは9時の方向を振り返った。
作戦通り、といったところか。騎兵がルーネが作り出した氷の壁に阻まれている、時間にしてたった十数秒ほどの間に、エレンはキャシーの方から逆に飛んで、3騎ともそれを薙ぎ倒していた。このあたりの馬の扱いは、流石は騎士といったところか。
しかし、その勢いのまま追撃することなく、エレンは戻ってくる。一つはやはりエレンの動いている間、キャシーの防御の負担が大きく、弓兵の数が減らないことがあった。それよりも重大な問題としては、奪った馬の脚が折れたことがあった。無理な動きをエレンがしたためかどうか、それはわからないが。
こうして重装騎兵の襲撃を防ぐことはできたルーネ達。それでも、戦況は決してよくはなかった。撃てども撃てども弓箭兵の数は減らず、魔術で作った大波も、後から現れた重装歩兵が身を挺して受け止めていた。
流石に重装騎兵は虎の子だったと見えてあれ以来襲ってはこず、エレンの近接戦闘力を見てからは迂闊に近づいてくることもなくなった。しかし、着実に、包囲の輪が狭まっていくのを感じる。
それにしても敵の数が多い。何かおかしいと思っていたルーネだったが、ようやくその違和感に気付く。
ここはトロイとルテティアを繋ぐ、ガエリアの大動脈のひとつである。そんな場所に果たしてこれだけのイリアスの軍勢が潜んでいられるものだろうか?そもそも、時たま通る荷馬車を襲わずに我々を襲う意味などあるのだろうか?荷馬車を待っていたら我々が来たから襲ったのか、否、それだけのためにこれだけの軍勢を割くはずがない。少なくとも70を越える弓兵、同じく50を越える重装歩兵。これは、一個中隊にも勝るとも劣らないだけの数である。
「二人とも、何かがおかしい……何だこの違和感は?」
「ん?敵さんがうちの国の軍隊だってことかい?」
背中からしたエレンの言葉に、はっとして周囲を見やる。前方の重装歩兵が、みな鎧にガエリアのとある貴族の紋章を刻んでいることに気付くのに、それほど時間はかからなかった。
「ルーネも気づいてるもんだと思ってたけど?」
キャシーも、さも当然といった風に応える。ちょっとした恥ずかしさを覚えたルーネだったが、すぐに立ち直って戦況を見直す。
あの紋章はどこかで見た覚えがある。そうだ、あれは確かアクイタニアの舞踏会で見た──
「わかった!あれはジャン・ダルベルト!アルベルト男爵のものだ!」
エレンは全くわからない様子だったが、キャシーは一瞬おいて戦慄した。その名前は聞き覚えがある。私があの場所で口論になった奴の名前は確か──
「はぁ、逆恨みもいいところだわ……そいつは私が論破して大恥かかせてやった奴よ……」




