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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第35話 慚愧

大変お待たせしました、少し長くなってしまいましたが、楽しんでいただければ幸いです。

 ルーネが目を覚ましたのは、すっかり日が昇ってからのことだった。起きると同時に、鈍い頭痛と関節の軋みに呻き声を上げる。

 何故こんなにも体がおかしいのだろうと記憶を遡ろうとするが、リュウを連れて酒場へと辿り着いた先が、すっぽり抜け落ちていた。


 大方エレンかキャシーに無理矢理飲まされたのだろう。麦酒でさえそれほど好きでもないのに、相変わらず酷い奴らだ。

 頭痛と戦いながら、震える足取りで荷物からマグを取り出すと、そこに指先から水を流し込む。こういうときばかりは、主元素が水であることに感謝を覚える。


 2杯ほど水を摂って暫くすると、ようやく頭の冴えも戻ってくる。ああそうだ、昨日は随分とキャシーに飲まされたのだと思い出した。

 さて、今日やるべきことはなんだろうか。ほとんどのことは済ませてあるし、あとは出立の準備くらいなものだろうか。


 そんなことを思案していると、ドアをノックする音が聞こえた。幾分かましになったとはいえ、まだ動く気にはなれない。そのままの姿勢で、ドアの向こうの相手へと告げることにする。

 

「開いてますよ、どうぞ」


 すると入ってきたのは、宿の主人だった。


「失礼致します。商人ギルドの副代表、シャルル様よりお手紙が届いております。」


 ルーネはそれを、随分と早い行動だと思わざるを得なかった。例えナタニエルが昨日の今日で失脚したとして、引き継いだ仕事の中で、我々義勇兵団への対処というのは優先順位はそれほど高くないだろう。なんなら、約束を反故にすることさえあり得ると考えていた中で、このタイミングは意外なものだった。


「……わかりました。それと食事の用意を頼みたいので入っていただいても?」


 主人から手紙を受け取ると、1スー銀貨を2枚渡してパンとスープを持ってくるように頼む。主人が部屋を出ると、下人を呼ぶらしき声が聞こえた。


 さて、改めて手紙を開けると、そこには一枚の羊皮紙が入っていた。そこに記された丁寧な文字の列は、随分と学の高い人間のものにみえる。

 内容は至ってシンプルであった。以前ナタニエルとした約束について、改めて話を擦り合わせたいため、可及的速やかに商人ギルドまで来られたし。ただ、それだけであった。

  それにしても、たったそれだけのために羊皮紙を使うとは随分と贅沢なものだと思わなくもない。こちらが貴族だからと気を使わせてしまったのだろうか。


 余所行きの準備と未だに続く気持ち悪さの間で揺れていると、再びノックの音がした。どうやら、食事が届いたらしい。

 下人が部屋に入ってくると、玉ねぎの芳醇な香りが鼻をつく。それだけで随分と気分が良くなる気がした。パンもまた、ルテティアのブーランジュリーと変わらぬ、綺麗な小麦のパンだった。


 食事を摂り終える頃には、ルーネもすっかり元気を取り戻したようだった。

 ギルドの副代表に会いに行くならキャシーも連れていった方がいいだろうと思い、彼女の部屋を訪ねる。だが、正直交渉事は彼女の方が得意だと認めざるをえなかった自分に、少しだけ腹が立つのだった。

 

 しかし当のキャシーは不在だった。大方街の市にでも繰り出しているのだろう。この街の商業の発展ぶりは目を見張るものがある。その活気だけでいえばルテティアをも凌ぐだろう。

 

 仕方なく一人で商人ギルドへと向かう。キャシーがいないとなると一人で行くしかあるまい。どうせエレンはこういうことには付き合ってくれないだろうし、かといって伯に頼むのも気が引けた。


 門番を務めている彼は、もはや見知った顔である。会釈ひとつで中へと通してもらうと、受付に手紙を見せて用件を伝える。するとすぐに、最上階のギルド代表の部屋へと向かうように告げられる。


 その部屋に入るのは既に三度目だが、それまでとは違った緊張感があった。

 深呼吸をひとつすると、ノックをして扉を開ける。

 だが、真っ先に飛び込んできた声は、想定外のものだった。


「……兄さん?」


 その青年、いや、少年と言った方が良いだろうか。確かに彼の薄青い髪と、顔立ちはどこか自分に似ているような気がした。

 だが、すぐに彼ははっとしてこちらに駆け寄ると、深々と頭を下げる。


「誠に申し訳ない!あまりにも兄に似ていたもので、こちらも少し驚いてしまい、大変失礼を致しました。フェブルウス殿ですね、どうぞお座りください」


 少し混乱した頭で言われるががままに椅子へと座る。


「飲み物は麦酒でよろしいですか?すみませんが葡萄酒は今用意がなくて」

「あ、ああ、いえ、カップだけいただけますか?酒類はそんなに好きじゃないので」


 それを聞いて珍しそうな顔をしつつも、少年手ずから、棚からカップを取り出す。

 そういえば、ナタニエルのときにいた侍女は今はいなかった。


 彼がルーネ出されたカップに、右手から静かに水を注ぐ。自分のカップに麦酒を注いで椅子に座ろうとしていた少年は、それを見てまたも驚き、だが、今度こそ落ち着いてルーネに話しかける。


「あなたも水魔術師なのですね。水生成の魔導具は小型のものは流通していない。貴族といえどそれは同じのはず。酒が苦手なところは、兄とは違いますね」


 そう言って微笑んだ彼の表情は、どこか少し暗い気がした。


「はは、そんなところまで似ていたら困ってしまいます。でも、いつか紹介していただいても?」

「ええ、機会があれば是非。そういえば、挨拶がまだでしたね、失礼しました。ギルドの臨時代表を務めさせていただいてます、シャルルと申します。以後お見知りおきを」


 ナタニエルも外面的には丁寧な物腰だったが、彼はそれに輪をかけて低姿勢だった。王領トロイの代官ともなれば、地位的にはもはや自分と対して変わりはしないであろうに。


「いえ、こちらこそ。それで、今日はどのようなご用件で?」

「ああ、そうでした。今日は義勇兵団への報酬をお支払しようと思ったのですが、なにぶん様々なことがあったものですから。良ければ色々ご相談できればと思いまして」


 ああ、それならキャシーを連れてくればよかったと心から思った。彼がどのような思惑でそれを話し始めたのか、何となくだがわかってしまった。

 しかし、ルーネの想像は少し外れていたと後に気づく。


「……ナタニエルからはなにか聞いていますか?」

「いえ、一切。盗賊の討伐をあなた方が手伝ってくださるということだけは伝わっていましたが、詳細は全く」

「……でしたら、あなた方は我々に支払うべきものはないと言い張ることもできたのでは?」


 我ながら随分嫌な聞き方だなと思う。言ってから、幾分かの後悔を禁じ得なかった。


「はは、それは流石に考えませんでしたね。もちろん、ギルドの中にはそのようなことを言う人間もいましたが、殆どはあなた方に好意的でしたよ。何より、ナタニエルを嫌ってる人間も多かったですからね」


 一呼吸おいて、シャルルは更に話を続ける。


「それで、あなた方は何をお望みですか?金銭的にはそれほどでもないでしょうが、お礼を考えていますし、他にもしてほしいことがあれば仰ってください」


 ルーネの後悔の念は強まるばかりだった。だが、今は義勇兵団のために必要なものを考えねばならない。


「……そうですね、少し仲間と相談をしても?」

「ええ、もちろんです。すぐに決められることではないでしょうからね」

「そういってもらえるとありがたい、一両日中にはまた訪ねさせてもらいます」


 そういえば、と、ふと思い出して尋ねる。


「……ちなみにですが、王領ですから飛脚をお持ちですよね?それをお貸しして頂くことはできませんか?」

「飛脚ですか……申し訳ないですが、それはできかねます。あれはルテティアとの連絡にしか使ってはいけないことになっているのです」

「……そうですか、無理を言って申し訳ない。では、後日またこちらの意見をまとめて御伺いします」

「はい、我々にできることでしたら。よい関係を築いていけたら嬉しく思います」

「こちらこそ、是非に」


 シャルルに差し出された手を握り、ルーネはその場を後にする。

 まだ太陽が天辺にも昇っていないというのに、随分と疲れたような気がした。長い階段を上り下りしたせいだけではないだろう。


 ギルドの受付と門番に軽く挨拶をすると、そのまま街へと繰り出す。せっかくトロイに来たのだから、一度くらいは市を見なければ損だと思ったし、鬱屈とした気分を紛らわせたいという思いもあった。


 多くの商人が露店を開くその光景は、ルーネにとっては珍しいものだった。特に、今来ている南の区画は、舶来品や衣類、他ではなかなか御目にかかれないような薬草、香辛料といった、比較的高級なものを扱う区画ゆえ、ルーネにはどれも輝いて見えたものだった。


 その中の、魔導具や触媒を扱っている露店に目を引かれて立ち寄ってみる。声をかけてきた店主は、幾分か年を召した、どこか気品を感じさせる女性だった。


「おや、いらっしゃい。珍しいね、国定魔術師のお客さんとは」


 それを聞いて、そういえばローブを着たままだったということに気づく。そのくらい着替えてから来ればよかったかなと思うルーネだった。


「ええ、少し時間もあったんでね。それにしても魔導具の露店とは珍しくないんです?ルテティアじゃ見たことがないもので」

「ここトロイはね、売れるものはなんだって売っているのさ。魔導具であろうと、それは例外じゃない。それで、なにが入り用かね?」


 露店にしては整然と並んだ品々を見て、それほど惹かれるものはなかった。値は少し安いとはいえ、どれもルテティアではたいして珍しくないものだった。

 しかし、そのなかでひとつ見たことのない名前の粉末が、値札もなしに置かれているのが目に止まった。


「この粉は?」

「流石は国定魔術師、お目が高い。これは流れの癒術士から買い取った興奮剤さ。私も少し使ってみたけれど、阿片と違って意識がはっきりする分扱いやすいと思うよ」


 確かに、興奮材を用いる魔術師はいる。恐怖を紛らわせたり、気分を高めるために使う者が多かった。しかし、魔術学校ではそのような薬物は忌避されていたため、今まで触れたことはなかった。

 今まではルーネもそんなものに頼ったことはなかった。しかし、今はどうしてかそれに惹かれるのだ。


「値段は?」

「そうだねえ……2リーヴルでどうだい?」


 胸元から巾着を取り出すと、1リーヴル金貨を2枚取り出して店主に渡す。ほう、と小さな声を店主が漏らしたのに、ルーネは気づくことはない。


「はい、ちょうど。それをどう使うかはあんた次第さね」


 会釈をすると露店を後にするルーネ。その顔は、些か既に興奮の色を帯びていた。


次は2週後の投稿を予定しております。是非またよろしくお願い致します。

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