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百年戦争異聞録 ―没落貴族と十人の英雄―  作者: 乱坂 螢音
盗賊の街
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第33話 酒宴

「少し悪いことをしたかなぁ」

「いいのよ、たまにはこういうのも」


 床に突っ伏すルーネを脇目に、女二人がグラスを傾けながら談笑しているのは、端からみれば随分不思議な光景だっただろう。


「そういえば貴女、出身はどこかしら?この辺の人間じゃないんでしょ?」

「……あぁ、ミンの出身さ。オアシスの道を通ってここまできたんだ」

「なるほど、そりゃ文化も違うわけね。湯を浴びるなんてこの辺じゃ病気になるからって避けるものなんだけど、貴女のところでは違うの?」


 そういえば、爺もそんなことを言っていたと思い出す。歐洲の民は湯や水に触れることを恐れるのだと、不潔極まりないと顔を顰めながら話してくれたものだった。


「あぁ、こっちでは5日に1度は川で沐浴するぜ。特にそれが悪いとは聞いたこともないな」

「そう、案外問題ないのね。ねぇ、よかったら他にも色々聞かせてもらえない?」


 リュウは少し言葉に詰まった。ジュシェンの話を彼女にならしてもいいだろうか。彼女は馬鹿にしないで聞いてくれるだろうか。

だが開きかけた口は、今までしたきたように、ミンの文化を語るのだった。


 幾ばくかの後悔と安堵。だがいつかは胸を張って話せる時が来る、そう信じて今は、ミンの行商崩れだと自分を偽るのだった。


 そんなリュウの気持ちと裏腹に、キャシーは普段聞かない国の話に心が踊っていた。酔いの力も多少はあっただろうが、リュウの語る異国の文化は、彼女に対する好感度をあげるには十分すぎた。

 一通りの話を聞き終わり、一拍置いて、嬉しそうにキャシーは言うのだった。


「楽しい話だったわ、ありがとう。貴女が仲間になってくれるっていうなら、素直に嬉しいわ。正直女の子が仲間に入ることなんてないと思ってたし」

「はは、女扱いされたのは久しぶりだよ。もう久しく女として生きてないからな」


 自虐的に言うリュウに対して、笑いながらも心から同意するキャシー。


「あら、それは私も変わらないわ。だって、戦争に男も女もないでしょ?女扱いされるときなんて、大概碌なもんじゃないわ」


 そういってグラスを呷る。キャシーがバーテンにおかわりを頼もうとすると、リュウもそれにあわせてグラスを空け、右へ倣う。笑い合うその姿は、初めて顔を合わせたものとは思えない打ち解けようだった。



「よう嬢ちゃんたち、二人かい?」


 その一言で、二人の時間は終わりを告げる。気づけば、ニヤついた顔の男二人が、キャシーたちのテーブルへと着こうとしていた。


「あら、残念。連れがいるわ。ナンパなら他所でやってくださる?」


 キャシーが心底嫌そうな顔をしながら顔の前で手をひらひらとさせる。だが男たちは、さして気にも留めない。


「おいおい、連れってそこで潰れてる奴のことか?そりゃないわ、そんなつまらん男は放っておいて俺たちと遊ぼうぜ?」


 馴れ馴れしくも肩にかけようとした手を振り払いながら、リュウも席を立つ。


「……一旦出ようぜ、酔いが醒めちまう」

「そうね、くだらないのに付き合ってる暇はないわ」


 立ち上がろうとしたリュウに再び手を出そうとした男が、次の瞬間ルーネの隣に転がる。転がされた本人も、連れの男も、その瞬間に何が起きたのかを把握できなかった。


「女だからって甘く見ないで欲しいぜ、全く」


 そう零すとルーネの首根っこを掴んで引きずっていく。呆気にとられていたキャシーもまた、それに付いていこうとするが、別の男が後ろからその腕を捕らえた。


「おっと嬢ちゃんたち、おいたが過ぎるんじゃないか?」


 キャシーが振り返ると、先ほどの男たちよりもさらに一回り屈強な男に右腕を掴まれていた。


「そっちの嬢ちゃんもそれ以上無茶しないでくれよ、俺たちだって楽しく遊びたいだけなんだぜ、な?」


 薄ら笑いを浮かべつつ、リュウに対しても警告する男。武器を持たない今、リュウも対処を考えあぐねていた。



 あぁ、またこれだ。キャシーはこの、男たちの下卑た笑いを心底憎んでいた。

 軍学校のとき同級生や教官にその視線を向けられたことは数知れず。男爵との諍いの時もまた、同じ態度に怒りを覚えたものだった。


 所詮は女、と言った奴らを実力で黙らせてきた過去が、キャシーの誇りだった。今回もまた、この程度の男に負けるわけにはいけないのだ。


 男の死角となる左腿から、短剣を引き抜く。海蛇の毒を刃に塗ったそれは、殺すことではなく、動きを止めることに特化したものだ。

 静かにそれを逆手に持ち替える。狙いは、腕を掴んでいる手。


 だが、小さな叫び声と共に、男が手を離す。キャシーも一瞬の空白の後、リュウの方へと飛び退く。蹲った男を見ると、顔を青くしながら手首を見つめていた。リュウが助けてくれたのかと思い目を向けると、彼女もまた、驚きに目を見開いていた。


 そんな中、キャシーの目に入ったのは、男を指差しながら、ふらふらと立ち上がるルーネだった。口許に微笑を浮かべる彼からは、未だ醒めやらぬ酔いを感じた。


「あはは、ちょーっと外しちゃったなぁ……でも、そういうのはダメなんだよぉ?」


 そう言うと手を軽く振り、再びその指先を男の方へと向ける。そして次の瞬間、彼の指先から閃光が放たれた。


 僅かに男の襟を掠めたその光は、後ろにあった椅子の足に一瞬で穴を空ける。


「あー、避けちゃいけないんだぞぉ」


  ルーネが再び指を振ると、今度は小さな悲鳴をあげて後退る男の頬の皮膚を裂きながら、石で出来た酒場の床を苦もなく貫いた。その光景に、恐怖のあまり男は気を失い、ばたりと倒れる。


 気付けば残りの男二人も消えていた。多分、彼らもまた恐れをなして逃げたのだろう。


「やったぁ、悪いやつは倒したぞぉ……これでぇ、一件落着ぅってねぇ……」


 未だ焦点の定まりきらぬ目で男を倒れたのを見て、ルーネは笑いながら倒れ込む。やがて笑い声が寝息に変わり、再び動かなくなった彼を、キャシーとリュウは呆然と見つめていた。



 酒場での小競り合いは日常茶飯と見え、誰もが気にもとめなかったのが幸いだった。やがてすっかり陽気になったエレンとトキが彼女たちの元へとやってくるまで、倒れたルーネと男について触れてくる者はいなかった。


「お、キャシー、ちゃんと飲んでるか?随分青い顔してるじゃねぇか」


 エレンの声で漸く我に返ったキャシー。頭を振り、頬を軽く叩くと、冷静に助けを求める。


「……あのね、ちょっといいかしら。とりあえず、ルーネを宿まで運びたいの。手伝ってくれる?」

「おう、そんくらいならお安いご用だ。ははぁ、お前さん、こいつを潰したんだな?」


 ニヤリと笑って爪先で軽くルーネを小突く。それを見てキャシーは慌ててエレンを止めた。幸いなことに、ルーネが身を起こす素振りは見せなかった。


「ちょっと、やめて!またあんなことになったら……」


 そこまで言いかけて口を噤む。エレンに酒が入った状態で、さっき起きたことを話しても、質の悪い冗談くらいにしか取られないだろうと思った。しかし、キャシーの慌てぶりと怪しげな態度に、エレンも訝しげな表情を浮かべた。


「あんなことってなんだ、なにか起きたとでも?」

「……それも宿で話すわ。今は、お願い」


 釈然としない顔をしつつも、エレンはルーネを軽く担ぎ上げ、酒場を出る。キャシーもまた、リュウに声をかけてエレンのあとを追いかけた。



 残されたリュウは目の前で起きたことを整理しようとテーブルに着き、酒を一杯頼もうとして、手元に金がないことに気付く。手持ちの金は拘束されたときに奪われた。思えば、支払いは全てキャシーかルーネが行ってくれていた。


 どうしたものか。誰かの巾着でも掏っちまうか、それともおとなしくトキを連れて帰るかと思案していると、トキがテーブルの反対に座った。


 そういえば、俺を助けるために決闘裁判なるものを行ったらしいと軽くルーネから話は聞いていた。


 労うついでに一杯ぐらい奢ってやるか、どうせ掏った金だし、などと考えながら、起き上がる気配もない先程の男の巾着を掠めとると、トキの隣に座る。しかし、気づけば彼も、テーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。


 それがなんだかおかしくて、頬を突いてみる。薄い反応と共に、少し口角が上がる。きっとなにか楽しい夢でも見ているのだろう。


 バーテンに葡萄酒をひとつ注文すると、静かにグラスを傾ける。これほど落ち着いた時間はいつぶりだろうか。

 レヴィンや死んでいった者たちの葬儀をしてやらなきゃいけないとふと思う。だが、彼等には怒られるかもしれないが、案外、ルーネたちに負けたことも悪くはなかったんじゃないかとすら思えた。

 今だけは、この時間を許してくれ。そう願いながら、リュウは過ぎ去る時間に身を任せるのだった。


次話は未定ですが、早めに投稿できると思います。どうぞよろしくお願い致します。

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