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第9話 暗雲晴らす光

 蜘蛛の死亡に続き、頭目・十蔵が重傷を負った。

 忍びの郷は混乱を極め、配下である忍者たちにも動揺が広まっている。

 これを危惧したシェーシャは、十蔵が眠る部屋に。夫の枕元につめている沈鬱顔の神楽の肩を引き、外へと連れ出した。


「アンタは中央の間に。忍者たちの前に居なさい」

「し、しかし……私は……!」

「アンタはここの内儀でしょうが!」


 強い言葉に神楽はぐっと喉を鳴らし、唇を噛んだ。

 組織の長が臥せた時、代わりを務めるのはその妻となる。神楽もそれを思い出したらしく、引き締めた顔でつま先を中央の間へと向け、歩き出した。

 心細さが背から分かる神楽を見送るシェーシャであるが、彼女もまた眼差しを不安げなものに変え、出てきた部屋を向いた。


(死ぬんじゃないわよ……)


 十蔵の傷は思ったよりも深い。

 治癒の魔法による手当が間に合い、また十蔵自身も致命傷を避けていたものの……妖刀で斬られ、呪われた傷口が厄介だ。呪いなどでも多少のことなら治療できるエルフの妙薬を持ってしても、進行を遅らせる程度である。

 シェーシャは反対側の、自身の部屋に向かって足を進めた。


(マナサや九郎は、お父様とカタリーナがいるから大丈夫でしょうけど)


 あの忍びはどうして、郷や個々人を襲撃しなかったのか。

 ひとつの推察として、ゲートを開くのには妖刀が必要となるのだが、一本しかない大事なものを無下に扱う――手駒は魔物しかないため、刀をへし折りかねないドワーフや神楽を相手をするのは相当なリスクが考えられる。

 となれば、奇襲が成功しそうなのはエルフだけ。

 目的を『十蔵のみに狙いを絞る』とした場合、自分は恰好の“生きおとり”になり、襲撃された理由にも説明がつく。


(く……ッ、腹立つわね……! たびたび感じてた気配は、魔法だけじゃなくて私の行動パターン、反応する範囲まで探っていたんだわ……!)


 苛つけば見えるものが見えなくなる。

 部屋に戻るまで、何度も大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。


(自分のことよりここの連中をどうにかしなきゃ。十蔵が斬られたのは、相手が幽霊だったからってことで納得させたけど……あまり長くは持たない。神楽を叱ったけど、あれだけ不安に苛まれてたら統括するのは難しいし……)


 シェーシャは部屋の隅に置いたカバンから、小さな箱を取り出した。

 蓋を開けば、色鮮やかな顔料が納まったパレットが一つ。その下には、白味を帯びた絶妙な色加減のパウダーが、三つの仕切りによって段階的に分けられている。

 それは、エルフが携行する化粧箱であった。


(上等よ。売られた喧嘩は買う――相手が忍者であれ、一国の王であれ、この私が徹底的に潰してくれるわッ!)


 ◇


 神楽が現れたことで多少の緩和はあったものの、忍者たちが集まる部屋は重苦しく、張り詰めた空気が漂ったままであった。

 それから半刻ほどが過ぎ。暗澹、絶望、諦念……気が滅入るばかりの中に現れた女は、一瞬にしてみなからの注目を集めた。


 ――美しい


 藍色のアイラインで鋭く強調されたアーモンドアイ。鮮やかな深紅に塗られ艶めかしさを増した唇。首元を飾る銀の頸飾(けいしょく)や、尖り耳に光るエメラルドのピアスもまた、彼女の“美”を引き立てる。

 これには誰もが呆然となった。

 色香に惑わされぬ訓練を積んだはず忍び、甘い誘惑で男たちを骨抜きにするくのいち、加えてそれを統括する(かしら)の妻・神楽まで……誰もが毅然と、そして優雅に歩く女に見とれ、道を譲る。

 そして本来は頭目が立つ上座に、女――シェーシャは立った。


「――貴方たちは、死に方を選べる立場なの?」


 今、ここで必要なのは“存在感”を放つこと。

 シェーシャは全体を見渡しながら、よく通る声で問うた。


「そんなことで消沈する暇があれば、敵についての対策を考えなさい」


 そして宙に掲げた手を、呆気にとられている神楽に向け、


「神楽。さっきああ言ったけれど、やはり私が指揮を執らせてもらうわ。剣と用兵に長けている貴女に前線を任せたいの」

「う……うむ、承知した!」

「相手は貴女の剣を恐れているわ。先手を打たれぬよう、睨みを効かせてちょうだい」


 それと、とシェーシャは尾張九郎の屋敷と往復できる者を探した。


「屋敷に私の父と妹、ドワーフがいる。そこと連携を取りたいのだけど」


 これに、伝令役の鼠が前に「お任せを」と胸に手をあてた。


「こそ泥だったアッシに道を与えてくれた蜘蛛への恩義。果たさせてくだされ」

「助かるわ。それと……パックはいる?」


 視線を巡らせれば、ここだ、ここ、とパックが後ろの方で飛んだ。


「何でも言え! じっちゃんの仇、アタシが討ってやる!」

「貴女は各地の仲間と白牙に連絡を。森の民で部隊を編成し、魔物の襲撃に備えるわ」

「よっしゃ任せろ! 魔物でも何でも、アタシがぶっ飛ばーす!」


 炎を纏った剣をぶんと回す。

 やはりパックの元気さは周りを明るくするらしい。

 忍びの面々を見渡せば、先ほどまでの動揺が嘘のように、引き締まった“兵士”の顔となっていた。


「客の分際で命令して申し訳ないと思う。けれど、敵に利用されたままなんてエルフのプライド許さないの。私が奴らを叩き潰す、だから協力してちょうだいッ!」


 この呼びかけに、忍びたちは「応」と構える。

 しばらくして先代頭目・雷迅がやってくるのだが、その時にはもう完全に統帥権が奪われたあとであった。

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