第1話 客来る
盛夏の夜。ある屋敷は静寂に呑み込まれていた。
白煙がさやかに昇る灯明の闇底に、多数の骸が転がる。
ある者は首を切られ、ある者は胸を貫かれ、ある者は逆袈裟に斬り上げられ……。沓脱石のある縁側に回れば、白い寝着姿の女が一人、薙刀を握りしめたまま臥している。
そしてその奥の部屋に、灰色の輪郭を描く“影”――耳が痛くなるような静けさの中で、足下の血染まりに浮かぶ死体を見下ろす。
部屋に一陣の風が流れ込むと、影は顔だけを横に向けた。
「――十蔵殿、お邪魔するでござるよ」
「急ぎの用か、隼人」
背後に傅く濃紺の忍装束――それは忍者・隼人であった。
覆面から覗く目を、十蔵から畳に横たわる男に移す。
「大陸での任務を終えたかと思えば、今度は反対派の粛清に乗り出す。上様はそろそろコトを起こす気でござろうが、こんな小者まで相手にする必要がござろうか? 大陸での任務を続けていた方が、よほど楽しかったでござるよ」
「そんな文句を言うために、ここまでやってきたのか」
低く言い捨てる十蔵に、隼人は「いや」と首を振った。
「また楽しくなりそうだ、と伝えにきたでござるよ」
隼人は目を細め、明るく続ける。
「客きたる、でござる!」
◇
波飛沫が降り注ぐ桟橋に、大勢の人が立っていた。
着港した一隻の黒船。金色の紋様に彩られたそれは、威風あたりを払うかのように揺れる。集まった人々の目的は、この船を見るためだった。
黒髪に黄色の肌をし、質素な着物を纏う。見物人に混じる黒羽織をした者らは、下船する者の袖を引いては『異人さん、お宿は決まってますか?』などと声をかけ、商いに精を出すのが常であった。
だがこの日。動揺にも似た突然のざわめきは、そんな日常の最中に起こった。
『な、なんでえありゃあ……』
『て、天女様が現れなさった』
『あんな綺麗な髪、見たことねえべや……』
船縁に現れる一人の女に、誰もが唖然と立ち尽くした。
アーモンド状の碧眼、ツンと上向きの鼻、薄くとも艶めかしい唇――ハッキリと描かれる輪郭に納められ、まさに眉目秀麗との言葉が相応しい顔立ちだ。
つばの広い丸帽子から流れるウェーブがかったブロンド髪が、燦々と照りつける日差しを受け、眩いほど輝く。
みなが言葉を失ったのを当たり前であるかのように、女は悠々と、景色を眺めながら船を降りてゆく。
(いよいよ落ちるとこまで落ちた、って感じね)
美貌もさることながら、赤褐色のレオタードスーツが注目を――歩くたび豊満な胸が揺れ、鼠径部の皺が艶めかしく刻む様子は、男たちを魅力してやまない。
舷梯を渡り、桟橋に降り立つと同時。たもとの船乗りがスケベな笑みを浮かべ、そっと彼女の尻に手を伸ばすのも無理はないのだが――
【風よ。塊となりて敵を打ち飛ばせ】
女は黒杖をひと振り。鈍い衝撃音と同時に、船乗りが海に向かって吹っ飛ばされてしまう。
桟橋に待つ乗客たちは唖然となったまま。数メートル先に浮かぶ水柱に目を移し、そして女に戻す。
「お尻は少し神経質なのよ」
異国こと大陸の言葉で。
かき上げられたブロンド髪から、尖った耳が覗く。
「恨むなら、その原因となったクソッタレな忍者どもを恨みなさい」
それは、大魔導士のエルフ・シェーシャであった。




