光が強ければ影もまた濃く
夏が終わり、寂しげに吹く秋風に冷たさが混じる。
落ち葉が装う首都・ポルトラの西側。明かりの落ちた部屋の中で、シェーシャは引っ越しを考えていた。
ビンタ、引っ掻き、取っ組み合いの掴み合い。レオタードスーツは尻に食い込み、片乳あらわな大げんか――。
精錬高貴なエルフとは思えない、淫猥卑しい姿を晒したせいだ。
「あの、クソ忍者ぁぁぁぁ……」
テーブルの上で頭を抱え、唸らない日はない。
己の“美”に眼差しを向けるのはいいが、“卑”に向けられるのは御免だ。外を歩けば好奇の目を向けられ、下品に声をかける者が後を絶たない。中には女もいて、背筋が凍る思いもした。
おかげで、父親からの見合い話がパッタリ途絶えたのはいいものの、
【私は考えを改めるべきだと気付いた。お前はもっと世界を見るべきだ。
跡継ぎのことは心配せずともいい、妹のマナサもいるのだから】
と、手紙でそう告げられてしまう。
要約すればこれは『郷に帰ってくるな』と言うこと……ていのいい勘当である。
こうなった原因――すべては、忍者・十蔵にあった。
憎きアナンタに真っ正面から一撃。勝利に両こぶしを突き上げた瞬間、向けられているバイルダーに気づき、シェーシャは満面の笑みのまま凍りついてしまう。
――きっと壊れたのを持っているだけ
そんな淡い期待も、城の外で待っていた仲間たちに粉砕された。
『猫がまたぎ合うものは、犬も食わぬ。まぁあれぐらいの血気は好きだが』
狼族の白牙が言い、
『こちらの女子はやはり、大胆……私もこれぐらいした方が……?』
と、その横で神楽が目を逸らしながら思案する。
『ティターニア女王もああいうの好きだぞ? ボクたちもよくやらされたし、女王も交配期じゃないのに人間の子供とよくやってるし』
妖精族のパックが言った。
色々と問題があるので、これは聞かなかったことにした。
【エルフは意外と激情型!?
最終局面は女の意地のぶつけ合い。美乳・美尻零れるキャットファイト!】
そんな記事まで出回り、平然としているほど肝は据わっていない。
部屋にほぼ引きこもり続け、食糧などは親友のファファに届けてもらっている。彼女は『楽しいし』と笑ってくれているが、いつまでも彼女の優しさに甘えていられない。
「だけど、どこに向かうかしらね……」
周辺各地の街にまで、挿絵付きの新聞まで出回っている。
郷帰りは当然、不可能。
妖精の村は、パックの言葉からして女王の相手をさせられかねない。
ハイ・ウィザードであれば魔法学院で教鞭を執れるが、何を教える気かと各方面から猛反発を受けるのは必至。それに老師が過労死する。
いくら考えても、消去法によって残る不本意な国だけ――。
「嫌よ、東の国なんて絶対に嫌よ……っ!」
ほとぼりが冷めるまで、身を隠すにはそこしかないのだ。
うーっ、とブロンド髪を掻くシェーシャは、ふと窓際に置かれた〈茶運び人形〉に目が向いた。
「それにしても、あの忍者どもはいつ帰ってくるのかしら」
国に帰って報告しなければならない。
あの模擬戦の翌日。十蔵はそう言って、神楽たちと同じ船で帰国したのだ。
それから顔を見ていない。妖精・パックとリザードマンも一緒に向かったので、今は以前の一人暮らし。部屋はずいぶんと広くなった。
シェーシャは机に突っ伏し、手元に寄せた〈茶運び人形〉の盆を弾く。
『デンチュウ デ ゴザル! デンチュウ デ ゴザル!』
ワー、とくるくる回るのを見ながら、小さなため息を吐くのだった。
◇
その頃、海原を抜けた先・東の国では――。
山奥の小さな集落、そのある屋敷の中では賑やかな声が響いていた。
「朝でござる、朝でござるよー」
廊下をドタドタと渡り、屋敷の中央にある部屋の障子をそっと開く。
「神楽殿。よく眠れたでござるか」
「……」
「おーい、でござる」
布団の上には、神楽が正座していた。
真新しい白襦袢に身を包んだまま、ぼうっと宙を見つめている。
ふむ、と隼人は顎を揉んだ。
「ご内儀」
「は、はひっ!?」
ここでやっと気付いたらしく、弾かれたように尻を浮かばせ、振り向いた。
――口に出さねば伝わらぬ、と言われたので言っておく
――神楽。そなたがきてくれて、私は嬉しく思う
神楽が輿入れしたのが昨晩のこと。
憧れの白無垢。父母に別れを告げ生家を後に、そして交わした契りの盃。
ひと組の夜具の中でかけられた言葉は、夢だろうか。
生娘の衣を剥がされた時なぞ、魂が抜け、宙を漂っている気さえした。
そのせいか。
まだ妻となった実感が湧かず、神楽はしきりに襦袢の襟首を直していた。
「十蔵殿を探しておるでござるが、どこか出られたでござるか?」
「え? あ、ああ。確か、城に上がると申していたような……」
「城? ああ、若殿への報告でござるな」
なるほど、と頷く隼人に、あの、と神楽はおずおずと訊ねた。
「十蔵殿はまた、大陸へ戻られるのでしょうか……?」
「うーむ。そうでござるな」
隼人は顎に指をかけ、思案した。
十蔵の妹・琴を娶ったジェラルドは、王宮の運輸担当の役を与えられた。
彼のクランは解体し、メンバーは隊商の一員として宮仕えしている。
荷が集まるところに人と金が集まる。
人と金が集まれば、情報が集まる。
内偵調査は任せられるので、これまでのように何年も滞在しないだろう。
「すぐに戻ると思うでござるが、二週間後くらいに発つと思うでござる。だからそれまで、たっぷり愛でてもらうといいでござるよ。十蔵殿、ああ見えて喜んでおるでござるから」
「め……!?」
喉を引きつらせたような声をあげたかと思うと、神楽は両手で真っ赤に染まる顔を覆い、布団の上に突っ伏してしまった――。
◇
天高くそびえる城の中。
ある畳敷きの間に、十蔵が裃姿で平伏していた。
「――十蔵。此度の働き見事であったそうだな」
「はっ」
十蔵は上半身を持ち上げ、正面に座す若者を見据えた。
凛とした目は、利発そうな顔立ち。月代ではなく総髪頭をしている。
柿渋色の着物に、緑の亀甲紋様の袴姿は、地味な装いながらもその人の人柄を表しているようであった。
若者はしばらく十蔵を見つめ、沈んだ声で語りかけた。
「……父は、まことに大陸を支配するつもりか?」
「影はただ主君の命に従うまで。ただ実行するだけでございます」
「そなたの働きにより、あと数年で大陸の本城は落とせるかもしれぬ。しかし父と袂を分かっても、戦は――」
「九郎殿」
どこに聞き耳があるか。
制するような十蔵の眼差しに、九郎と呼ばれた若者は口を噤んだ。
「九郎殿しかおられませぬ」
「う、むぅ……」
不安に表情が曇るのを見て、それはそうと、と十蔵は話題を切り替えた。
「先だって、私は嫁をもらいました」
「うむ、聞いておる。犬飼の娘御だそうだな」
「初めは形だけと思うておりましたが、決まってみれば考えが変わるものでございますな。腹が据わると言うのはこのことか、九郎殿も早く嫁御をもらわれた方がいい」
そこにもってゆくか、と九郎は苦笑を浮かべた。
「十七にもなり未だに女子を知らぬから、心が定まらぬのです」
「い、いや、それはそうなのだが、何と申すか……」
「海の向こうに先の世を見るなら、考えも変わりましょう――」
十蔵は懐からポートレートを取りだし、そっと畳の上に置いた。
そして九郎に突き出してみれば、
「こ、これは……」
若い男の目は、たまらずと言うかのように大きく見開かれる。
「大陸の向こうにいる、エルフと呼ばれる種族でございます」
「これは天女の絵図であろう。このような……このような、美しい女子がいるはずが……!」
「この目でしかと、絵のままでございます。鼻っ柱が強く荒駒ではありますが、芯が強く気立てもいい。そろそろ、こちらに渡ってくると思いますので、その際、一度お会いになられては」
心ここにあらず。若者は、ぼうっとポートレートを見つめ続ける。
描かれている容顔美麗の女エルフ――それは、シェーシャであった。
※【背後からの一撃! 〜お役御免からの影働き。女主君(の尻)にイタズラした忍者、いざ参る〜】
は、この回にて完結です。(ここで? って思われるかもですが、その詳細は活動報告に)
ブックマーク、評価、感想のみならずレビューまで頂き、本当に嬉しく思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m




