第11話 女同士の戦い
『次は……必ず殺してやるから、ナァァッ!』
怨鬼はそう捨てゼリフを吐き、身体を萎ませた。
仰向けに倒れ、それは次第に見覚えのある姿へ。覆面の右顎の部分が裂け、黒い入れ墨のような紋様を覗かせる隼人に戻る。
「隼人」
十蔵は片膝をつき、弟を介抱した。
「世話をかけたでござる……」
「何を言う。むしろ手間が省けた」
よくできた弟だ。十蔵の言葉に、隼人は目を細めた。
城内の通路は見るも無惨に。奥にへと伸びる左右の高台は、壁ごと崩れ落ちる。
立っている者は誰一人として。最奥に控えていたマスター・アナンタと僅かな手勢が、何ごとかと遠くから眺めているだけだ。
相手のみならず、こちら・アルカナ陣営も甚大な被害を被っている。
妖精は全滅、狼族も白牙と僅か。20名いればいい方だろう。
十蔵を見上げる隼人は、細く、長い息を吐いた。
「拙者もここで脱落でござる」
「うむ。後は任せて、ゆっくりと休め」
隼人の身体が透けてゆく。
十蔵が「よくやった」と言うと、隼人はVサインを作った。
◇
シェーシャたちは瓦礫を踏み越え、奥へと進む。
先に走るは神楽と白牙。そのあとを援護するように、残ったナイトやレンジャーらが、城に残った相手と最後の戦闘を繰り返している。
隼人こと怨鬼のあとのせいか、どちらも集中力が途絶え、厭戦気分すら窺えた。
「十蔵様、シェーシャ様、三下どもは我らにお任せあれ!」
神楽と白牙、そして狼族の侍が奮起し、敵を押し込む。
シェーシャと十蔵のみ、そこから奥の扉へ。静まり返った、細く長い通路を歩いていた。
幅員3メートルほど。心許ない橙火が、ざらざらとした石肌に陰影をつける。
「――ござるに封じてるなら言いなさいよ。てかあれ何なのよ」
「隼人が言うに、東の国にいた魔物の親玉だ。城の地下から現れ、東の国の支配せんと襲撃してきた」
いくら斬りつけても死なず。
消耗戦になり、最終的には相手の思うつぼになる。のちに〈怨の一族〉と呼ばれるようになった、隼人の祖先が名乗りをあげ、その身に封じた。
万が一に備え、唯一〈怨鬼〉と渡り合えた忍び・〈無月衆〉に守護を命じた、と十蔵は明かす。
「魔の力のおかげで隼人は死なぬが、あれは奥の手か常套手段か分からぬほど、ポンポンと封印を解く」
「なんでそんなのが、死と隣り合わせの忍者なんてやってるのよ……」
「当人は『面白いから』と言っている」
やめさせろ、と口をへの字に曲げるシェーシャ。
この間にも、伏せっていたハルジオンのレンジャーが現れ、弓を引き絞るが、矢を放つ前に十蔵に首をはねられる。忍びの本領発揮であった。
「よくそんなの傍に置いておけるわね」
「怠惰は最大の敵だ。敵という存在、超えるべき壁がなければ虚無しかない。いい緊張感を保てている」
これまでどうして、十蔵は姿を現したままだったのか。
そして内部工作をしなかったのか。
その理由は、城内各所に設置されたバイルダーにある。
常時姿を消し、目に見えない速さで敵を仕留めるのは目立つ。あくまで他のアサシンなどと同等に見せるため、あえて“クラスの一つ”として振る舞ったのだ。
怨鬼が暴れた際、バイルダーも破壊。これによって十蔵はいつものように姿を消しつつ、敵の排除が可能になった。
「あんたたち忍者って何なの。本当はクラスじゃないでしょ」
ううむ、と十蔵は少し難しく唸った。
「クラスと言えばそうなのだが、我が国にはそのような概念が存在しない。〈魔結晶〉による肉体強化が方法として伝わったのが、大陸と交流が始まってから知ったのだからな」
「でも、輪廻はやってるんでしょ? アンタの動き、明らかに人間辞めてるし」
「近しいものだ。忍びにとって極限は新たな始まり、ひたすらに修練を積む」
「空しいわね」
痛いとこをつく、と苦笑する十蔵。
「しかし、よく背後からの怨鬼の触手に気付いたものだ」
「あのね、常日頃からお尻狙われ続けてたら、嫌でも気配に敏感になるっての」
「つけ回した甲斐があったものよ」
馬鹿たれ、とシェーシャは目をつり上げた。
◇
視線の先に、ぼんやりと輝く橙火が。それは通路の終わりを告げる光だった。
シェーシャは手ぐしでプラチナブランドの髪を整え、黒い外套を二、三度叩いて馴染ませる。そして顔を真っ直ぐ、並ぶ燭台が明るく照らす大広間に、意気揚々と踏み入れた。
「――よくきたわね」
奥にいたのは、かつての友でありハルジオンのマスター・アナンタだった。
他に誰もいない。正真正銘、一騎打ちを望むかのようにハイ・ウィザードの外套を翻す。シェーシャもまた、それに応えるかの如く大股で向かってゆく。
「決着をつけましょう」
アナンタが言えば、
「望むところよ」
シェーシャもそう応える。
天井を支える柱が等間隔に並び、そこに灯る燭台が据えられている。
敷かれた赤い絨毯の上を、互いに部屋の中央へ。彼女が引いたのか、そこには白い十字が描かれている。
アナンタは出遅れ、シェーシャが先に到達。
するとどうしたことか、アナンタは急に足を止め、艶めかしい唇の端を持ち上げた。
「ホント、馬鹿よねあなた」
「え――」
橙火の光の輪の外。
真っ暗な柱の影から、弓を手にしたレンジャーが一人、現れたのである。
驚くシェーシャに向かって矢が。ドッ、と低い音を立てて腹部に突き刺さった。
「う゛……っ」
「あっははははははっ! 間抜けッ、アタシがいつもみたいに挑んでくるって思ったあ? 相変わらず勢いだけで何も考えない、バカ女がッ」
高笑いするアナンタの前で、何かが落ちる音がした。
「まったく、だから――」
あれ、とアナンタは眉を寄せた。
目の前にいるのは、腹を射貫かれ、膝をつくシェーシャ……ではない。
黒いハイ・ウィザードの外套をつけた、丸太が一本。そこに鉄の矢が、深く突き刺さっている。
状況が把握できず、目をぱちくり棒立ちのエルフの横で、
『ン゛ほぉぉ――ッ!?』
部屋に、嬌声のような断末魔が響き渡った。
何ごとかと目を向ければ、柱から奇襲をかけたレンジャーが、へたりと腰から砕けていた。
「え、え……?」
それを合図にしてか通路の奥に、灰色の輪郭が浮かぶ。
『私があんたの誘いに乗ると思った?』
「しぇ、シェーシャっ!?」
「影は光が増すほど濃く、そして近いほど見えなくなる――それが忍者の言葉よ」
そこから現れたのは、レオタードスーツ姿のシェーシャであった。
膝をついたまま、小さく痙攣しているレンジャーをチラリと。そして視線を後ろへ流す。
「あれは仕留めなくていいの?」
『問題ない』
彼女の後ろに、十蔵が現れる。
「思い切り深くまで沈んだからな」
「そう。夜のお道具セット、そこにも使ってるのかしら」
伏せっていた弓兵。それは、堅物で有名なレンジャー・エリザであった。
股ぐらが黒くなっているのは、明かりによる影か定かではない。
「――さて、アナンタ。小細工はもう終わりかしら?」
「え、あ……っ」
アナンタは狼狽え、後ずさりを続ける。
痙攣するエリザの姿に、身体が何か思い出し恐怖を伝えているようだ。
いや、それだけではない。
――万策尽きた
目が、そう訴えていた。
「勝負しましょうよ。貴女の威力特化、私の詠唱特化、どちらが強いか」
「そんなの――く、くそッ!」
アナンタは抜き打ちに火球を放つも、シェーシャが放った氷塊がそれを相殺した。
くそ、くそッ、とヤケクソ気味に乱射するが、
【水の精よ。凍てつく氷で、我らを守りたまえ】
床から飛び出す鉄よりも頑丈そうな、ぶ厚い氷柱の壁がそれを阻む。
いくら火の魔法を唱えても氷壁は溶けず、ついには呆然と立ちすくんでしまった。
「なんで……」
「生まれ変わったのよ。自分の驕りを矯正するため、一からね」
アナンタもどう? と、氷を溶かし、小さな火球を放つ。
それはアナンタが持つ杖に当たり、直後、空気の塊が彼女の身体を叩いた。
「あぐッ!?」
「もちろん、高速詠唱と輪唱詠唱はそのままでね」
近づいてくるシェーシャから逃れるように、アナンタは上半身を起こし、這う這うの体で後ずさる。
しかし、シェーシャの足はそれよりも速く。
目の前に立ちはだかると――黒杖を大きく振りかぶっていた。
「このッ……淫乱泥棒猫がッ!」
「あぐッ!?」
杖をアッパー気味のドライバースイング。
顔面を打ちつけられたアナンタは、勢いの方向に転がり、呻きながら手で鼻を抑える。鼻血が噴き出したのか、指の間からポタポタと血が滴り落ちる。
実のところ魔力が尽きた。
シェーシャは杖を投げ捨て、アナンタの背中に掴みかかる。
「アンタだけは信じてたのにっ」
「どの口が言うんだよっ、さんざん人を見下しておいてっ」
シェーシャが殴れば、アナンタも殴り返す。
「どこが見下してんのよっ」
「自覚ないからローウェンに捨てられんだっ! アンタの妄想、アタシが全部叶えてやったよ! 何が知りたい、ベッドで囁かれた愛の言葉? どんな愛撫? 高慢女の自慢、聞かされる方の身にもなれってのよっ!」
「うるさいわねっ、だからって横取りすることないでしょうが!」
髪の毛をつかみ合い、ビンタし、揺さぶり、投げ合う女エルフ。
十蔵は痙攣するエリザの尻間に指をかけ、トドメを刺す。その手にはバイルダーが握られ、死闘繰り広げる女たちに向けられていた――。




