第7話 いざ決戦の地へ
決戦の日を迎え、同盟・アルカナの面々には緊張の色が浮かんでいた。
城に入ってゆく敵同盟・ハルジオンの人員は途絶えることを知らず、途中で数えていた者も150を超えたあたりで口を閉ざす。
こちらの二倍を上回る総数260名。始まる前から暗雲が垂れ込める。
(かつてと逆の立場、か)
対して、シェーシャに諦念はなかった。
なぜなら、寡兵であっても質でそれを上回っている自信があったからだ。
後ろに並ぶは十蔵と隼人の二人の忍者。そして後ろに整然と並ぶ侍と妖精族がいる。東の国に渡った者か、妖精の中には黒装束の者が四名。あとリザードマン。
多種族混成と言うべきか、ごった煮と言うべきか。
誰の目にも奇異に映る、この増援たちの存在が心強くてならなかった。
(エルフが参加しないのは、発端が痴話喧嘩なのが理由でしょうけど)
妖精族の参戦に尽力したと感じとれる。
援軍を足しても、こちらの戦力は160そこそこ。眼前の城に待つ、アナンタ率いる同盟・ハルジオンを破るには、もう一つ――
「みんな」
シェーシャは黒いハイ・ウィザードの外套を翻し、仲間たちに全員に向き直った。
「私はこれまで、やりたい放題・言いたい放題してきた。勢いだけで勝っていただけなのに、驕り、最後にはそれが原因で足を引っ張ってしまった……。だけど、自分の力とあるべき姿を知った今、もうそんなことにならないと宣言するわ。だから――みんなの力を貸して!」
みんなで力を合わせて。
杖を掲げ、そう高々と宣言すると、これまでついてきてくれた仲間たち。そして忍者と侍、妖精とリザードマンは、手にしたそれぞれの得物を掲げ、
「おおーっ!」
と、気持ちを一つにするのだった。
◇
【敵なしの現王者 vs 雪辱を果たす元王者】
首都の南側交差路・中央にある池には、どこに隠れていたのかと思えるほど、人が殺到しているらしい。
と言うのも、王宮側が遠見用の魔法道具〈バイルダー〉を城に取り付け、特別中継を行うと表したからである。
妖精族に対する、王族の弱腰な対応。
杜撰な警備に、女王が襲撃を受けた。
などの失態を有耶無耶にしたい、王宮の思惑が垣間見れる。
そしてついに、彼らが待ちわびたその瞬間が。
ゴーン、ゴーン、ゴーン、と、決戦を告げる鐘が街中に鳴り響く。
怖い、と初めて感じる音だった。
マスターの役目はゲームダイスを振ること。指示を求める視線を受け、シェーシャは小さく息を吸った。
「突入班、前へッ! 教授はアンチ・マジックミストの展開を優先! レンジャー隊は、後ろからひたすら矢を放ちまくって!」
おう、と地竜に乗ったナイトたちが第一歩を踏んだ。
城の入り口は狭く、前庭に入るや魔法の雨あられが降る。
シェーシャが策は講じていた。
ナイト五名、ビショップ一名をひと班に。それぞれビショップを囲い守る。多少の犠牲を払うが、これが確実だ。
これが功を奏したのか。レンジャーの矢の援護も受け、ほぼ無傷で魔法を封じる霧を展開したらしい。押せ押せと前線の指示が飛ぶ。
これに侍・神楽は、朱色の槍を手の中で回し、そして大きく回旋、脇に構えた。
「次鋒ゆくぞッ! 武士の生き様を見せん!」
猛々しく吼える狼たちと、ナイトの脇から回り込む。
これに気圧されるかのように、ハルジオンの前線はみるみる下がり、対するこちらの後衛らが城の入り口に飲み込まれて行った。
城の入り口前に立つシェーシャは、よし、と胸の前に拳を掲げた。
それに呼応するかのように、街の方から、まるですぐ近くで観戦しているかのような歓声が沸き起こる。
「まずは上々」
赤い襟巻きで口元を隠す十蔵も、うむ、と頷く。
これに横に立つ隼人は、背に差した白鞘の刀を確かめるよう握る。覆面から覗く目は、少し不安の色が浮かぶ。
「怖いか、隼人」
「……万が一、もあり得るでござる」
「構わぬ。その時は私が尻を拭ってやる。迷いなく死ね」
「拙者に死があるのならば、それは十蔵殿にしか与えられぬものでござるよ」
では、と隼人は風を残して消えた。
「――弟に対しても、ドライなのね」
後ろからシェーシャが冷たく言い放つ。
「忍びとはそんなものだ。死と隣り合わせならば、巡り会うこともまた期待する」
「そう。でも、死を命じることが権力と思っているなら大間違いよ。ま、模擬戦は死ぬことないし、アンタらの望みなら、喜んで死になさいな」
「山々だが、守るべき者が突っ走らぬ限り、それはない」
ふふ、とシェーシャが笑った。
前庭は完全制圧。ウィザードたちが追って入り、城から風と轟音、悲鳴と雄叫びが止むことなく続いている。
それを眺めながら、前に出るなと言ったくせに、と軽く唇を尖らせて見せた。
「ふ。死を恐れているのは、私かもしれんな」
「臆病者は陰で笑う。しかし、戦いは最後に笑った者が勝ちよ。憎くて堪らない奴の頭を踏みつけながらね」
前に歩み出たシェーシャは、顔だけを横に向け、
「この戦いで、私は自分に決着をつける。本当の輪廻はここからよ」
「忍びが開くは、死者で作られた修羅への道。その上を歩く覚悟はあるか?」
それが覇道なら、女主君は真剣な表情で入り口を眺める。
「行くわよ。存分に影働きをしなさい」
十蔵は、承知、と短く返事をし、シェーシャの前を歩いた。




