第6話 言わなくても分かる、は男の都合のいい言葉
決戦の日は三週間後と告げられる。
先日のマスター同士の諍いがあったせいで、街の話題は、無敗の現王者と雪辱を果たす元王者の対決で持ちきりに。女王襲撃の不祥事について、街は興味が失せたらしい。
だが、“マスター間にある並々ならぬ事情”が焚きつける一因となっていることに、シェーシャは些か複雑な思いをしていた。
また酒場での賭博では、トップを走るハルジオンが一番人気のようだ。挑戦者となったアルカナは、7に対して3と水をあけられる結果となった。
【ナイト 30】
【レンジャー 20】
【プリースト 25】
【ウィザード 25】
約100名。相手は150か200か、こちらと戦力差がありすぎるのだ。
しかも更なる増員の動きがあれば、元王者の肩書きなど無きに等しい。
「――相手の忍者は、何か仕掛けてきてるの?」
「今のところはない。だが、くのいちが相手なら油断はできん」
「言われた通り、限られた娼館しかいくなって伝えてあるけどさ、同業者なら消し合いなさいよ。なんでそこだけ正々堂々、真っ向勝負なのよ」
満月が浮かぶ夜。シェーシャの部屋は、ランプの灯火が揺れる。
裏の世界に住んでるんでしょ、と唇を尖らせる家主に、腕組みする十蔵は眉を下げた。
「面倒なのだ。任務であれば闇から闇へ屠るだけだが、ただでさえ大陸を渡り、それも言わば遊びの枠の中だ。その程度で消すなぞすれば、各方面がうるさい」
「で、相手はお構いなしかもしれない。――遊びじゃなくて、こっちは誇りがかかってるのよ」
「そんなものクソ喰らえ」
「あのね、エルフは命よりも階級と誇りなの。喧嘩ふっかけておいて無様に負けました、なんて郷どころか大陸にすらいられなくなるわ」
「ならば東の国にくればいい」
面倒くさそうな国だからパス、とひらひら手を振って返す。
テーブルには攻め入る城の見取り図が。その周りには、丸められた紙が大量に転がっている。
「第二砦……改めて見ると、相当面倒な配置よね」
シェーシャが何度目かのため息を吐く。
入ってすぐ、通路は二叉に別れる。片方は最短で城内へ、もう片方は塁壁に沿って前庭を迂回するように城内へ――。
最短ルートは大きな幅員を持つ直線道。また迂回する方はやや狭い幅員だ。どちらも両脇に射場が平行して伸びているのだが、最短ルートには撃ち下ろしの傾斜までついている。
ここは最近まで『攻めやすく守りにくい城』だったが、『兵力が充実していれば、これほど守りやすいものはない』と、ハルジオンが評価を逆転させた。
「ルートは既に決めた。確認はいいが、それ以上の迷いはするな」
「分かってるわよ。私は歩くだけ、その道を切り拓くのは仲間の仕事でしょ」
「それを理解していればいい」
十蔵は言って、出口に向かって踵を返す。
模擬戦は二日後。普段通りにしているが、殺気に近い雰囲気が感じられるその背中に向けて、シェーシャは躊躇いつつ口を開いた。
「その……ありがとね」
十蔵は何も言わず。
背を向けたまま、僅かに顔を横に向けた。
「私が引きずっていた過去を断ち切るために、したんでしょ?」
「ついでだ。たまたま利が重なっただけにすぎん」
「ふふ、そういうことにしておくわ。……だけど、たまには素直に本音言わないと、奥さんにも愛想尽かされるわよ。言わなくても分かる、は男の都合のいい言葉なんだから」
「……まぁ、参考にしよう」
玄関を開ける音を立てず、十蔵は消えた。
「素直じゃないんだから」
シェーシャは薄く笑み、ふっと燭台を吹き消した。
窓の月明かりが、夜陰に染まった部屋を青白く照らす。灯火に隠されていた闇も澄明に、壁にかけられたハイ・ウィザードの外套が、色鮮やかに浮かんでいる。
◇
夏の夜は短く、外が白むのも早い。
シェーシャが目覚めたのはその明るさではなく、外の騒々しさで。ネグリジェ姿のまま、寝ぼけ眼を擦りながら何事かと、そっと扉を開いて確かめてみる。
その瞬間、目は一瞬にして冴えた。
扉の前に立っていたのは、今まさにノックをしようと手を掲げた女が一人。冴え冴えとした赤色の鎧――麻糸を編んで作ったのかと思えるほど繊細さをもち、しかし無骨なそれを身につけている。
――十蔵の妻・神楽
頭に鉢巻きをした、記憶に新しい凛とした顔。
思い出すのに時間は要しなかった。
「あ」
神楽は目をぎょっと開き、瞳を下から上へ。もう一度、繰り返す。
その顔は、鎧にも負けないほどみるみる赤く染まる。
「し、失礼いたしたっ!」
深く頭を下げる神楽。
それによって、彼女の後ろに仰々しく並んだ、沢山の狼族の姿き気付く。
どこか目線や色気だった者の姿に、シェーシャは何ごとかと自分の身体に目を落とした。そこでやっと分かった。
「ああ」
ライムグリーンのネグリジェ姿。
心もとない細い紐一本で支える三角の布は、胸を覆いきれず大きな谷間を露わに。薄いシルクのため、腰のラインから白の細いショーツが透ける。
寝るときにブラはしないので、目の前の女には薄らと乳頭が見え隠れしているのだろう。
ばつが悪そうにする神楽に、女同士なら別に困るものではないのに、と思いながら、ガウンを羽織って仕切り直した。
「――で、何かしら?」
「こ、この国の女子は大胆……い、いや、うむ、十蔵様の妹・琴様より要請を受け、我ら犬飼家、微力ながら助太刀に参った次第」
「へ?」
「正確には、隼人様よりでありますが。その、お、おお、夫となる十蔵様のた、ためと言うか……」
シェーシャはもじもじする神楽ごしに、後ろのそれを見た。
大陸から忽然と姿を消した狼族。……とは言え、大昔に大陸から一つの群れが渡った子孫らしいので、大陸から姿を消した者たちに含めるには、些か語弊がある。
そんな彼らが、ざっと見ただけで30名近く。
神楽と同じ鎧姿で、その立ち居は威風堂々と構えていた。
「これが、サムライ……ってやつなの?」
「左様。正真正銘の武士でございます。この大陸の騎士とやらにもヒケは取りませんぞ」
増援なら越したことはない。
シェーシャは居住まいを正すと、胸の前で両手を交差し折り目正しく片膝を曲げた。
「貴君らの増援、心から感謝致します」
「期待以上の働きをご覧に入れましょう」
エルフの礼に対し、神楽も流れるような所作で応じる。
甲冑姿のため上半身を屈めるだけであったが、礼儀作法を重んじる彼女の心が伝わり、シェーシャは胸の中で感嘆の息を洩らしていた。
そこに隼人が現れたのはしばらくしてから。
シェーシャと神楽、二人で茶を飲みながら十蔵と打ち合わせをした配置を伝えつつ模擬戦の説明をしていた時である。
ワジに迎えに行ったものの、待ちきれず十蔵様の妹君に頼んで先に出立してしまった、と説明する神楽。
十蔵に挨拶をと狼族を束ねる白牙を伴い、部屋を去ったすぐあとのこと、
「おーい。朗報だぞー!」
昨晩、ふらっと部屋を出ていた妖精・パックが、元気な声と共に帰ってきた。
いつものリザードマンの姿はない。
シェーシャの下にやってきたパックは、懐から丸めた紙を取り出すと、
「女王が、20名送ってくれるってさ!」
シェーシャはすぐに理解できなかった。
気付いたパックが、模擬戦の、と言うと思わず喫驚してしまう。
「あの十蔵が要請してたんだって。妖精だけに、なんつって」
にへっ、と無邪気に笑う妖精をよそに、シェーシャはしばらく立ちすくんだ。
そして、笑うフリをしながら、
(ホント、言わなくても分かる、は男の都合のいい言葉なのよ)
気付かれないよう、そっと目元を拭うのであった。




