第5話 ザマアミロ(宣戦布告)
シェーシャはその足で、街の南側・中央交差路にある池にやってきていた。
混雑を極める昼の最中。ぐるりと迂回した南側に、同じエルフの女が立っている。
「アナンタ」
呼ばれ、振り向いたその女は、まさかと顔を歪めた。
「シェーシャッ……ああそう、この手紙を送りつけたのはアンタか」
ポケットから小さな封筒を取り出すと、興味を失ったかのように破り、池にポイと投げ捨てる。
そして腕を組み、それで、と居丈高に顎を持ち上げた。
「噂を聞いてのことでしょうね」
「ええそうよ。婚約解消って聞いて、慰めにきたの」
「慰め? ハッ、アンタにされるほど落ちぶれちゃいないわ。てか何その恰好、クラスまで底辺に落ちたっての?」
嫌味な口調にも動じないシェーシャは、そうね、と微笑み返す。
「落ちるところまで落ちれば、スッキリするわよ。アナンタもどう?」
「冗談。落ちたきゃ勝手に一人でやって」
「そう。でも近くそうなるかもしれないわよ」
「なにを――」
パンッ、と乾いた音が鳴った。
時間が止まったかのように、周囲から音が消えた。
「ッ……なにすんのよッ!」
「過去の清算。友達ごっこはもうお終いにしようってこと」
再び、パンッ、と乾いた音が鳴った。
今度は逆――シェーシャの左頬に、熱いものが走る。
行き交う者たちは、なんだなんだと足を止め、珍しい女エルフの喧嘩に食いいっている。
「……ッ」
「ふッざけんなッ、何が友達だ身勝手女! さぞいい気分だろッ、やっと人の仲を引き裂けたんだからね!」
「そっくりそのまま返すわ。これは宣戦布告、どっちが上か下か、次の模擬戦でハッキリさせましょう」
「望むとこだよッ! 忍者を飼っているのはアンタだけじゃない。せいぜい今から策を練り直しておきなッ!」
ふん、と鼻を鳴らし合う二人のエルフ。
互いに背を向け合い、ギャラリーの野次馬を押しのけ姿を消した――。
◇
「――と、言うことで忍者ども、策を講じなさい」
夜。部屋に戻ったシェーシャは、紅茶を啜りながら、二人の忍者・十蔵と隼人に命じる。
「猫も跨ぐような痴話喧嘩をした挙げ句、その勢いで無策の宣戦布告とは恐れ入ったでござる……」
「いーでしょ別に。奴らを罵る絶好の機会だったんだから」
「しかし拙者は、その女の言葉が気になるでござる」
もしや、と水を向けられた十蔵は、静かに頷いた。
「〈心矢衆〉の三花・青い蝶――お前は知っているはずだ」
「あまりいい記憶はござらぬ」
「ならば、いい記憶に塗り替えろ」
仕方ないでござるな、と頭を掻く隼人は、いつになく真剣だった。
青い蝶。それは隼人が血気に逸り、失態を犯し、敗北したくのいちである。
それで、と十蔵はシェーシャに顔を向けた。
「言ってしまったものは仕方あるまいが、兵を率いる長として、あちらとの兵力差を把握しているのか?」
「……知ってるわ。こちらはクラン二つが消え、あっちは二個増えている。普通にやれば負けるわね」
「結構。敵の忍びは三人。それもみな忍軍を率いれる上忍クラスだ。以前のような内部工作は通じん」
「なら簡単なことじゃない。真っ向からぶち破るだけ」
その通りだ、と応じる十蔵。
「隼人、我々は表に立って戦う。そのつもりで準備しておけ」
「承知したでござるよ。十蔵殿はシェーシャ殿と供に、勝利を考えてくだされ」
無策こそ策ね、と微笑みながらシェーシャは三つ紅茶を煎れる。
そして一つずつ〈茶運び人形〉の盆の上に乗せ、板張りの床の上を走らせた。
「――この人形、気に入ったわ。どうにかして手に入らないの?」
隼人、十蔵と盆から湯気たちのぼるカップを持ち上げる。
そして最後に、人形は方向を変えシェーシャの下に進んでゆく。
「〈茶運び人形〉自体は手に入るが、これは暗器だからな」
「暗器?」
人形はシェーシャの前に止まる。
「忍びの暗殺道具でござる。これはまぁ忍び用のオモチャでござるが――」
そしてカップを受け取ろうと身を屈めた、その時であった、
『デンチュウ デ ゴザル!』
人形から声があがるや、盆を勢いよく真上に、カップを跳ね上げたのである。
それは「え……」と声をあげるシェーシャの、その眉間に向かって、真っ直ぐに、
「――不意打ちに、熱々の茶をぶっかけるでござる」
バチャッと熱湯をかぶった。
「ふおああああああああああーーッ!?」
椅子から転げ、床の上でのたうち回るシェーシャの横で、
『デンチュウ デ ゴザル! デンチュウ デ ゴザル! ワーッ!』
背中に“参”と番号が表示された人形が、くるくると回り続けていた。




