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第7話 帰省(知ってた)

 帰省してから二週間があっという間に過ぎる。

 忍者はもはや姿を隠さず、シェーシャも完全に諦めがついたのか、家の中をうろちょろしても何も言わなくなっていた。


「隼人。白鞘が欲しいなら、この樹はどうだ?」

「拙者もこれに目をつけていたでござる。若木だけど力強そうでござる」


 庭に生えた一本の樹を見繕う忍者。

 これを後ろの縁側から見ていたシェーシャは、そこの馬鹿忍、と声低く本気の目で制す。


「その樹は絶対に伐らないし、伐らせないわよ」


 若返りの効果がある黄金の果樹。一家に一本、一年に一個しか採れないそれは、家の貴重な収入源だ。伐られたら破産は確実である。

 油断も隙も無い、と息を吐く彼女の胸元には、大きな深緑のエメラルドが光る。

 これは王宮からの積み荷の一つで、壊れた木箱から覗いていたもの。目を留めているのに気付いた十蔵が、『今なら相手の罪にできる』と(そそのか)し、誘惑に負けたものだった。


『お二人方、お姉様。お茶が入りましたよー』


 背後のリビングの方から、マナサが上機嫌に呼びかける。

 こちらも危うい。妹は隼人を懸想(けそう)しているのか、チラリ……チラリ……と目を向けては、照れたように口元を緩めるのだ。


 ――こいつらをつれて、一刻も早く郷を出ねば


 シェーシャはそう思うものの、どういうわけか、人間嫌いの父が十蔵を気に入っているらしい。

 早くと急かしても、コトは慎重を要する、と理由をつけて引き延ばす。


(お父様がお酒を、しかも、とっておきを出すなんて……)


 妖精族のこと以外で、色々と打ち合わせをしているようだ。

 と言うのも、肝心な妖精族についての解決方法はたった一つだけ――妖精族を統べる女王〈ティターニア〉に会い、エルフが仲立ちをして和睦の道を探る。

 選ばれた者は不運、きっとハゲるでしょうね、とシェーシャは心の中で憐れんだ。根っこに妖精の森を焼いたことがあるので、それは茨の道に違いない。


(過去の不始末と責任を、現代で追求するなんて愚かなことはしないでしょうし、王族が素直に宝冠を返却して、ゴメンナサイ、すればその場で解決だろうけどね――)


 あふ、とあくびをする。

 自分の役目はここまでだ、と思うと一気に気が抜けた。


(戻ったら冒険しようかしらね)


 初心に戻る。野を駆け回り、土に汚れることも気持ちいい。

 妹のマナサが『変わられましたね』と驚き、感心されたのだが、理由はきっとそこにあるのだろう。これまでは、ブーツが汚れることすら不快に思ったぐらいだ。


(……だけど、お父様はどうして急に『留まっている間に、本を読んでマスターとしての在り方を勉強しろ』なんて、言い出したのかしら)


 冒険者なんて唾棄すべきもの、と言うくらい嫌っていたのに。

 春の陽だまりに両瞼が落ち、いつしか規則正しい寝息を立てていた。


 ◇


 それから三日がして。シェーシャと十蔵は、父・カシュヤパに呼び出された。

 嫌な予感を胸に抱きつつ、シェーシャは父の待つ書斎に入るやいなや、


「――この場所が、妖精族の棲む森だ」


 机の上に折りたたんだ地図を置く。

 そして娘に目を向けると、


「妖精を相手にするときは、倒すことよりも寄せ付けぬ戦法をとれ」

「あの……それはいったい、どういう……?」

「すべて言わねば分からぬか? 妖精の襲撃を知るのはお前たちのみ。秘密裏に済ませる判断をしたのは賢明、そしてエルフが仲立ちをするならば事情をよく知る者がいい、と言うことだ」


 それはつまり、とよろけてしまう。


「仲立ちに、私……を?」

「これを成功させれば、ナージャ家の名は上がる。しかもお前の格も上がり、伯爵ではなく公爵家からも声がかかるかもしれん」


 シェーシャは足下が崩れたかのように、ふらりと二歩、三歩後ずさりする。

 分かっていた。

 何となくそうなるかも、と分かっていた。

 妖精族との対応と方針が決まれば、もっと騒動になっていいはずだ、と。

 禿げ上がるかもしれない不安、まるで興味のない成功の報酬。

 シェーシャのやる気はモリモリ下がり続けてしまう。


「仲間と相談し、妖精の遺体はこちらで弔うことにした。葬儀には同じ森の住人・古き友として、王も参列されるとのこと。つまり期待もそれほど大きいということだ。失敗は許されんぞ」


 エルフは人間と協力関係にあるが、重きは妖精に置いている。

 争いが起きた場合の保険に聞こえ、娘はただ『ずるい』と思うだけであった。

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