第6話 帰省(友好の証は)
シェーシャの父の名は、カシュヤパと言う。
あれから熱が出て臥せったものの、妖精の件は看過できないと、翌日から頭に氷のうを乗せたまま書斎に籠った。
その一方で、元凶となった忍者らは、そのままシェーシャの家に残っている。
……と言うのも、今も昔も、郷に入れるのは王族など国賓レベルに留められており、そんなところに民間人が勝手に入ってくるのは前代未聞のこと。知られたりすれば、未曾有の大事件に発展しかねないためだ。
「お姉様。本当はどうなのです」
「私に限ってあるわけないでしょうが……」
湖の上を、シェーシャが漕ぐボートが進む。
正面に妹のマナサが座り、活き活きと目を輝かせる。色恋沙汰に興味津々な年頃なのだ。
「てっきり私は、あの背の高い方だと。確か、ジュウザ様、でしたっけ」
「絶対ありえないっての。あれに酷い目に合わされたんだから」
「そうなのですか?」
よく分からないと言った風に、小首を傾げるマナサ。
されたことを知れば、きっと目を剥くことだろう。
だがそれ以上の追求はせず、ところで、と次の話題を切り出した。
「あの方たちは、この大陸の方ではありませんよね」
「そうよ。東の国から来た連中よ」
マナサは、まあ、と声を弾ませた。
「海の外、北の端、森の奥に、まだまだ見知らぬ世界があると聞き及んでましたが、ああ、外の世界を見られるお姉様が羨ましいですっ」
「外の世界って言っても、私は首都ばかりよ? それに、北の端って薄汚いドワーフの地だし、海の外はあの忍者ども。ござる、ござる、うるさいし」
「あれ可愛い話し方だと思います」
息を吐きながら湖面を眺めたシェーシャは、ふと奇妙なものに気づいた。
「……」
水面から竹筒が飛び出し、小さな波紋を作りながらボートに近づいて来るのだ。
「ござる」
「ほい。何でござろう?」
ちゃぽ、と顔を出したのは覆面をした隼人だった。
シェーシャは無言でオールを持ち上げ、こん、とその頭を叩く。
「アンタたち、自分の立場わかってる?」
声を殺しながら、睨みつけた。
「もちろんでござる。だから気づかれないよう、こうして水遁の術で身を隠しているでござる。それに十蔵殿がお父上の話があると言うので、家にいられなかったでござるよ」
「お父様に……?」
人間嫌いなのに、と心配がよぎる。
そこに隼人は、お願いが、とシェーシャを見た。
「ちょっとボートに上げて欲しいでござる」
「嫌よ、転覆するじゃない。……てか、何でよ?」
「……覆面が濡れて、呼吸ができないでござる」
シェーシャはむんずと隼人の覆面を握る。
「だったら脱げばいいでしょうがァァッ」
「マスクに手をかけるのは反則でござる!? これ拙者のアイデンティティだからダメでござるぅー!?」
「その程度のアイデンティティなど失われてしまえッ!」
揺れるボートの両端をしっかり掴み、踏ん張る妹・マナサは、やはりただならぬ関係なのでは、と姉の姿に驚きを隠せない。
◇
隼人の言葉通り、十蔵はシェーシャの父・カシュヤパと対面していた。
人間を前に嫌悪感を隠さないが、十蔵は動じない。
黙したまま睨み合い、やがて、大陸の言葉でよいかとカシュヤパの方から切り出す。
「人間のくせに、エルフの言葉も知っておろう」
十蔵は、少しな、とエルフの言葉で返す。
エルフは人間を嫌うも、言語を知る者には一目を置く場合が多い。カシュヤパもこれに違わず、ふん、と鼻を鳴らしつつも警戒を緩める。
これに十蔵は話を切り出した。
「エルフは人間に使われる立場になり、かつての栄華も遠い過去になってしまっていると聞く」
「我が身で招いたことだ。理を無視し、恐怖を欲を勘違いした愚かな行いをな。結果として人間だけが得をすることになった」
エルフのため息は、今では短くなった寿命を嘆くものとなっている。
その理由は定かではない。傷を癒やす回復魔法が普及したことや、人間の棲まう世界に出た、と一説で唱えられているのみ。何にせよ寿命が短ければ、ただの高慢な頭でっかちにすぎない。
だがそれは、表向きの理由にすぎず。
妖精族との諍いの際、対立する側に回ったことが大きい。
人間と交流を続けてゆく内に、じわりじわりと種族間に水をあけられてしまっていた。
「人間が上になっているこれを、覆してみるつもりはないか?」
「なに?」
片眉を上げる父に、十蔵は懐から白い布にくるんだものを机に置いた。
それを紐解き中を検めた瞬間、カシュヤパの顔が一変した。
「こ、これは……!」
「エルフと人間が友好を結んだ証、と聞いている」
震える手に握られていたのは、赤に金のラインが入った短刀であった。
柄や鞘には意匠を凝らした彫金が施され、エルフらしい落ち着いた煌びやかさを放つ。
「〈結界切り〉……ど、どうしてこれを!」
「友好の形がここに。貴殿ならば、価値が理解できるだろう」
結界切り。それは、エルフと人間が友好を結んだ際に贈与されたものだった。
エルフの郷を隠し・守る結界を破る力を持ち、王族との間に阻むものはないと誓った宝剣なのだ。
その宝剣が手元にある。
それが意味すること――カシュヤパは、湧き上がる笑みを堪えきれない様子だった。
「ふ、ふふ……」
やがて高々と、娘と同じ笑いをすると、真っ正面に十蔵を見据えた。
「紛失したとなれば、人間の王は青ざめることだろう」
「それに加え、此度の積み荷襲撃の折、王宮は有能な兵を多く失っている。人は石垣と言うが、あと十年、いや五年もすれば、相当に脆くなっているはずだ」
「どうして言い切れる」
「面倒ごとをきらう連中が、二番手、三番手を空いた席に座らせたからだ」
「ふっ、無能に肩書きを与えると言うことか」
面白い、とカシュヤパは口を開けて笑った。
「だが、囚人を一人更正しても何の意味も無い。それと同じく、一人や二人消えたところで、思うような成果は得られぬ」
「当然だ。しかしそれが、一度に消えてはどうか」
何、と眉を上げると十蔵は壁に向かって歩く。
そして、そこに向かいながら言葉を続けた。
「妖精の襲撃で我々は疑いをかけられた。その際に王の側近九名と、騎士隊の統括・家臣のまとめ役の首を落としている。積み荷が襲われた時も、城は手練れを投入し続け、計八十四名が死んでいる。加えて貴殿の娘御と荷を守った時、十五名死なせた――と、その刃の持ち主も含め、ちょうど百名だな」
死なせた、とカシュヤパは言葉尻を掴む。
「要職の末席に座る者が縁戚にいてな。そこで消すべき者を組み込んでもらった。流石に人手が足りぬであろうから、外からも登用することになろう」
「ふ、ふふ……あっはっはっはっはっ! なるほど、面白い。では私にその手の内を明かした理由はなんだ。お前に協力しろと?」
「賢いエルフならば分かるだろう」
ふ、と薄く笑みを浮かべ、しばらく思案を続ける。
城に送り込むのを誰か、王族に圧をかけるのは誰がよいか。
友好の証を天秤の片皿に置いて、あれこれ欲で測っているようだ。
「……妖精族の件が片付かねば、すべて水の泡だろう?」
「その通り。遭遇して分かったが、思ったより速く飛び回るのが厄介だ。奴らについての情報が欲しい」
「今の私はすこぶる機嫌がいい。必要な知恵はすべて与えよう」
小さな笑みを交わすエルフと人間。
カシュヤパは十蔵を見ると、残念なことだ、とふいに首を振った。
「我が娘では扱いきれん男だ」
「娘御の下にいる内は大丈夫だ。――それに、ああ見えてよくやっている」
二人の傍らには、友好の証となった短刀が空しく横たわっている。




