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出会ってしまいました



朝を告げる鳥が鳴き日が昇り始めると、ナナキ・ティアードは自然と目を覚ます。

早朝というよりまだ夜と言ってもいいくらいの時間だが、彼は毎朝この時間に起きると一時間ほどのランニングを行うのが日課だった。


昨夜は考え事をしていてすぐ寝付けなかったためかいつもより幾分か身体が重いが、これくらいなら走ってるうちに気にならなくなるだろうと、ザッと顔を洗って運動着に着替え、まだ人気のない外へと走り出した。




『ナナキ、婚約者が決まったわ』



風を切るような勢いで走りながらも、ナナキは昨晩の出来事を思い出していた。



そう告げられたのは、 珍しく父も母も揃って夕食を食べ、妹や弟が一生懸命今日学んだことを報告してくるのを聞きながら食後のお茶を楽しんでいた時のことだった。


自分は侯爵家を継ぐ長男であるから、自由な恋愛など出来ないことはわかってはいる。

けれど、いつものろけて聞かされていた、舞踏会で出会った母に父が一目惚れしたという話のように、いつか自分も、限られた中であっても、恋をした女性と結婚するのだと思っていた。



ナナキは意外と恋に夢見る少年だったのである。



名門ティアード家の次期当主で、次期国王とも幼なじみで親友。騎士としての実力も同年代に敵うものはおらず、成人して正式な大会に出れば大人にだって負けないと言われるほど。

そんなナナキはかなりモテたが、真面目な彼は遊びで彼女らに手を出すことはなく、いつか心揺さぶられる相手に出会うと信じて待っていた。



会ったことのない、親が決めた相手と結婚するということに酷く狼狽えたが、『武を極めよ。身体を鍛えることはすなわち心を鍛えること、身と心は一体である』という師の教えを守っていたお陰かその動揺に両親が気付くことはなく、婚約相手の姿絵を見てキャッキャとはしゃいでいる。


ナナキにもそれを見せようと母が手招きをするがそんな気にはなれず、自分は明日も朝が早いので、とその場を辞した。


教えられた名前も知るものではなく、すぐに頭から抜けてしまった。辛うじて、三日後に挨拶に行くと言われたことだけ覚えていて、つまり今からしたら明後日だが、すでにそれが憂鬱で仕方ない。




考え事をしながら走っていたせいか、だいぶ王都の外れまで来てしまっていた。いちおう道は整備されているものの脇には森が広がり、もう少し行ったところは農地になっていた。

王都にはたくさんの物が流入してくるが、食べ物のほとんどは王都内でまかなわれている。王都が孤立しても、飢えることはない。



「っ!こら、アマデウス!」



突如背後で上がった声に振り向くが遅れをとったようで、迫ってきていたものにナナキはまんまと襲われる。マウントをとられた。



「わんっ!」

「…犬?」



ナナキを押し倒し顔を舐めまわしているのは、巨大な犬だった。



「ごめんなさい!こら、アマデウス、こっちに来なさい」



アマデウスという大層な名前らしいその犬は、わん!と一声あげると、少女のもとへ戻っていく。

少女は手綱をそばの木の太い枝にくくると、ナナキのもとに駆け寄ってきて、手を差し出してきた。



ー白い。綺麗な手だ。



幼い頃から剣を握りタコが出来ては潰れ固くなった自分の手とは別物のようだ。薄明かりのなかで彼女の手は浮かび上がるかのように白く、滑らかな肌をしていた。



「あの、大丈夫ですか。お怪我は?」

「あ、ああ。大丈夫だ、怪我もない」



いけない、ボーッとしてしまった。

それにしても、この少女の声の響きは独特だ。大きな声を出していなくともよく聞こえ、高すぎず低すぎず、とても耳心地がよい。ずっと聞いていたくなってしまう。


少女の手をとろうとするが、その手は小さく震えていた。薄暗いため気付かなかったが、よく見ると彼女のブラウスの肘の辺りに血がにじんでいる。



「お前のほうこそ、怪我をしてるじゃないか!」

「え?ああ、アマデウスが急に走り出したとき、手綱に引っ張られて転んでしまって。とても利口な子で今までこんなことなかったのだけれど。本当にごめんなさい」



自分の怪我には全く頓着していないようだ。

けれど、話している間にもどんどん赤い染みは広がっていく。



「ちょっと失礼するぞ」



ナナキは少女の袖口をまくると、案の定酷く擦りむいた傷口が露になった。綺麗な肌を持つ彼女はこんな怪我したことないだろうに。

血がある程度止まるまでタオルを押し付ける。その後持ってきていた水筒を取りだし、水で血を洗い流す。いつも訓練で怪我が絶えないために持ち歩くことが習慣となっている傷薬を塗り、清潔なさらしをそこに巻いていく。



「ベタベタして気持ち悪いと思うが、その薬の効果は確かだから。1日はそのままにしておけ」

「わかりました。いろいろとご迷惑をおかけしてしまってすみません」

「いいっていいって」



さらしの端をキュッと結び終えた頃にはもうだいぶ日が昇ってきていて、周囲も明るくなっていた。もう家を出て二時間近く経ってしまっているのだろう。いつもより遠くまで来てしまったし、そろそろ家に戻らなくては朝食に遅れてしまう。



明かりの中で初めて少女の顔をまともに見ると、驚くほどに整っていた。

綺麗なアーモンドの形をした目を縁取る睫毛は長く、頬に影を落とすほど。肌は美しい陶磁器のように滑らかで白いが、それと対をなすように黒い髪と瞳は黒雲母のように輝いて見える。先程の血を彷彿とさせるほどに赤い唇は小ぶりながらもふっくらとしていて誘惑的。




うちの家系はどうも一目惚れしやすいらしい。



ナナキはいま自分が恋に落ちたことがはっきりわかった。

三話ほどでサクッと終わらせる予定です。

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