第三十七話 君と共に ☆
「ドラン夫人、偽証罪の疑いで逮捕」
レナードは自宅の寮で新聞を開き、その見出しを見つけ、中身を詳しく読んでいた。
「過去、ドラン夫人は結婚前に魔法司書として勤務中に禁忌を犯したが、その罪をエインズワース子爵夫人によるものだと偽証したとして身柄を拘束。他にも余罪があるとして治安隊で取り調べを受けている。それに伴い、ドラン伯爵は夫人と離縁し、夫人の子供を後継者から外す意向を表明した。」
この記事を読んで、ようやく長かった戦いが終わったことを実感した。
ドラン夫人の罪は、偽証罪以外にも脅迫、監禁、下剤を飲ませようとした犯罪の教唆。
それ以外にも、エインズワース子爵家の後継者としての権利をレナードが失ったので、その高額な賠償金請求がドラン夫人には待ち構えている。
魔法省からは、禁忌違反行為として、過去に受け取った退職金の返還請求もあるだろう。
しかもメリルもドラン家に監禁されていた物的な痕跡を残してきたらしい。
治安隊が屋敷に入れば証言どおりの痕跡を見つけたはずなので、言い逃れはできないだろう。
ドラン夫人の社会的な地位は終わる。
もう二度と不快な思いをしなくてもいいのだ。
頭では全て終わったと理解しても、まだ感情は追いついていなかった。
レナードは新聞をゴミ箱に捨て、外出するために支度を始める。
ドレッサーを開け、一番仕立てが良いスーツを選び、袖を通す。
鏡を見て、身だしなみを確認する。鳥籠から出てきた小鳥を乗せて寮を出た。
向かう先はフィオナの屋敷だ。
これから彼女の両親と顔を合わせる。想像するだけで緊張してきた。
以前と同じ屋敷の前にたどり着いたが、ただの同僚ではなく、恋人として今回レナードは挨拶しなくてはならない。
フィオナの婚約破棄のために王都に飛んできた彼女の父親まで同席すると聞いている。
昨日、ドラン家との婚約破棄の手続きがあったので、本日レナードとの顔合わせとなったのだ。
魔法省の上層部や、迷宮のボス本と何度も立ち会った経験とは違った精神的な重圧を感じる。
玄関をノックすると、待ち構えていたのかフィオナが歓迎してくれた。
笑顔の彼女の姿を見ただけで、緊張が少しほぐれた気がした。
だが、それも束の間。彼女の両親に挨拶するときは、とてつもなく硬くなってしまい、かえってフィオナの家族たちに気を遣われるはめになっていた。
以前食事をしたテーブルに着席し、フィオナの両親と向き合う。
初めて会ったフィオナの父親は見るからに優しそうな人で、普段なら緊張などする必要のない感じだが、今日ばかりは違った。
「実は、カサドラ嬢と結婚を前提にお付き合いさせていただきたいのです。本日はそのお許しを得たくてお伺いさせていただきました」
「うん、フィオナから君のことは聞いているよ。是非、うちとしても娘をよろしく頼むよ」
フィオナの父親からあっさりと許可をもらえて安堵したが、フィオナの母は困ったように「でもね、」と切り出すので、レナードは反対か、交際に何か条件を出されるのかと身構える。
「セレストさんには悪いけど、婚約しただけで大丈夫なのか心配なのよね」
「心配、ですか?」
レナードは息をのむ。
「実はね、成果発表会のときに、来賓として第二王子殿下がいらっしゃっていたでしょう? あのとき、あの方から恐れ多くもお声がけいただいたのよ。令嬢の身辺が落ち着いたら、是非一度同伴の上で会いたいって。ほら、まだ殿下って独身でしょう? ここだけの話だけど、万が一にでもね、あちらから申し込まれたら思うとね、心配でならないの。あなたたちが婚約していたとしてもね、まだ結婚してないなら、簡単になかったことにできるでしょう?」
「分かりました。それなら喜んで今すぐに結婚させていただきます」
レナードは迷いなく即答していた。
元々結婚前提での交際の申し込みだった。いつか彼女と結婚するなら、少しくらい早くなっても問題はなかった。
籍は先に入れても、関係は少しずつ進めれば良いと考えていたからだ。
フィオナの気持ちは大丈夫なのかと気になって隣に視線を送ると、嬉しそうに頬を染めているので、問題ないようだ。
こういうときに、彼女の分かりやすさはとても助かる。
「よく決心してくれたわ! それではさっそく手続きに行きましょう。善は急げよ」
フィオナの母が腰を上げると、みんな一斉に素早く立ち上がる。
レナードは平民なので、内務省の戸籍課で婚姻届を出すだけだ。
高位貴族のように国に承認をもらわなくて済む。
あとは男爵家からフィオナの戸籍が抜けるだけで手続きは終わる。
「セレストさん、これからもよろしくお願いします」
「うん。こちらこそ。あと、結婚したのだから、レナードと呼んでくれ」
そう頼むと、フィオナは見るからに恥ずかしそうになる。
「レナードさん、でいいですか?」
上目遣いで、頬を染めてもじもじしている姿はかなり可愛らしい。
人目がなければ、抱きしめていた。
ふと気づく。
ああ、これが好きという感情なのかもしれないと。
すると、パズルのピースが当てはまるように、次々と過去の自分の感情が理解されていく。
ストンと腑に落ちた感じだ。
「そういえば、俺の今の住まいは独身寮なんだ。すぐに新しい住まいを探さなくてはならない」
フィオナの屋敷に戻る途中、レナードが彼女に伝えると、フィオナの母が振り向いてきた。
「なら、しばらくはうちを使えばいいわ。フィオナのことが落ち着いたから、私たちは領地に戻るつもりだったの。次に王都に来るときは、半年後だから、それまでに新居を決めればいいわ」
「本当? お母様、ありがとう。レナードさんもそれで大丈夫かしら?」
「あ、ああ」
彼女と二人きりの生活?
そこまで予測してなくて、レナードは突然動揺して、胸まで熱くなってきた。
「レナードさん、安心してください。いきなり押し倒しませんから」
レナードだけに聞こえるようにフィオナが耳打ちしてくる。
そこは心配が逆ではないだろうか。
でも、彼女もレナードと同じように少しずつ距離を縮めようと考えていることが分かり、嬉しくなる。
そんな彼女が可愛らしいと、レナードは感じる。
隣を歩くフィオナの手を握ると、彼女は一瞬驚いたようにこちらを見たが、すぐに微笑むと手を握り返してくれる。
この肌から伝わる感触が、胸の奥をくすぐるような高揚感となる。
これも好きということだろうか。
第二王子も狙っていると聞いて感じたのは焦燥感だった。
誰にも渡したくない。そう強く思ったのだ。
これは独占欲だろうか。
今回、もし手順を間違えていたら、彼女を失っていたのかもしれない。
そう思うと、彼女といられる大切さを十分すぎるほど理解していた。
フィオナの屋敷に戻り、彼女の手を離す。
そのときに一時的に温もりの喪失感に気づいて、物足りなさを覚える。
これが寂しいということか。
色づいていく感情。
それを教えてくれたのは、目の前にいるフィオナだ。
これからも彼女と一緒に過ごしていきたい。
幸せを感じながら、レナードはそう強く願っていた。
だからこそ、彼女と二人きりになったとき、きちんと言葉で伝えよう。
君のことが好きなのだと。
《完》
投稿期間中、連載を追っていただき、ありがとうございました!
とても励みになりました(涙)。




