第二十九話 最後のページ ☆
フィオナのおかげで開いて止まったボス本を見て、レナードは興奮せずにいられなかった。
先人たちが必死に記録したボス本攻略のための呪文。
残りあと僅かで完成というところまで来ていたが、なかなか最後のピースを長年埋められないでいた。
ところが、その呪文の言葉を見事に見つけ出せたのだ。
最初、目にしたときは信じられなかった。
でも、もう一度確認しても見間違いではなかった。
「カサドラ嬢、良くやった」
彼女だから、彼女でなければ、この機会を作り出せなかった。
だから、彼女がくれた、この好機を逃すわけにはいかない。
本が開いているうちでないと、魔法は取得できない。
しかも、目の前でボス本が魔法を放とうとしている。
時間は待ってはくれなかった。
レナードははやる気持ちを抑えて魔法の取得に専念する。
何度も擦り切れるくらい覚えた魔法の取得呪文を唱えるのだ。
『故人の人生を知りたいと望む者よ。
この魔法は、記録を残すものなり。
述べるが良い、その求める者の名前を。
歴史を刻み始めた日を。
生まれ落ちた奇跡の地を。
誰とも知らぬ者を記すことはできぬ。
血の縁は故人の血脈を確かにし、縁の品は故人の想いを呼び起こす。
故人が何を経験し、何を感じ、誰と出会い、何を成したのか。
記録は人間性を描き出す。
女神フェルテナータの名のもとに汝の願いを叶えよう。唱えよ、人物記と。』
レナードが呪文を唱え終わると、ボス本が激しく光り、本から光る文字が飛び出て宙に浮かぶ。
『人物記』
その魔法の文字が、レナードの身体に吸い込まれたと思ったら、ボス本が光の粒となって弾け飛び、部屋から完全に姿を消した。
ついにやった。
やれたんだ。
込み上げてくる熱い感情のせいで、言葉が出なくなる。
この気持ちを分かち合いたくて、周囲に視線を送ると、フィオナが視界に入った。
彼女は呆然と立ち尽くして、ボス本が消えた空間を見つめたままだ。
レナードは彼女に声をかけようと思い、一歩踏み出したときだ。
静まり返った部屋に響くのは、そばにいたガザフの大声だ。
「マジかよ! 本当に新人がやりやがったぜ! まさか呪文を完成させるなんてな!」
すごい大興奮だ。
長年多くの魔法司書たちが望んでいたページをちょうど見開いてくれたフィオナの偉業を彼も心の底から讃えている。
「本当に魔法を取得できたんだね。僕もびっくりだよ」
ハンスも驚きのあまり目を丸くしている。
こんなにもみんな大はしゃぎなのに、呆けたままのフィオナが気になってくる。
「カサドラ嬢、大丈夫か?」
レナードが近づいて彼女の顔を覗き込む。
「あの、本当に終わったんですか? 魔法を取得できたのって本当ですか? 本をちゃんと止められなかったのに」
「ああ、本当だ。カサドラ嬢がずっと読みたかったページを開いてくれたおかげだ」
「あんなに本が分厚くてページがいっぱいあるのに、そんな都合の良いことが起きたんですか!?」
フィオナはいまだに信じられないようだ。
「俺も驚いたが、本当なんだよ。ペラペラとめくれる本を君が蹴ってくれたおかげだよ。見事に見たいページで止めてくれたんだ」
そう言うと、
「よ、良かったです。本当に魔法が手に入って」
フィオナの涙声に驚いて振り向けば、彼女は大粒の涙を流していた。
顔と目を真っ赤にして、くしゃくしゃにしている。
女性らしく華奢な身体で、先ほどまでボス本の恐ろしさに屈しないで勇敢に戦っていたのに、今はとても弱々しい存在に見える。
これが本来の彼女の姿なのだろう。でも、目的のために覚悟を決めて立ち向かい、最後はレナードたちを守ろうと決して後に引かなかった。
そんな彼女にレナードはとても強く心動かされていた。
彼女が手で目元を拭こうとしていたので、慌ててレナードはポケットからハンカチを取り出して、彼女の顔に当てていた。
「す、すみません。ありがとうございます」
潤んだ目と視線が合った瞬間、レナードは彼女から目が離せなくなる。
緑の瞳は透き通るように輝いていて、とても綺麗だと思ったからだ。
そんなとき、ハンカチを持つレナードの手にフィオナの手が触れたとき、彼女が目を細めて照れくさそうに微笑んでいた。
その彼女の笑みを見た瞬間、ドクンと心臓が一際ひどく動悸して、レナードは気づいたら、彼女を両腕で抱きしめていた。
見た目どおり、細々しい彼女の身体を直で感じて、より一層胸にこみ上げるものがあった。
「カサドラ嬢、よくやってくれた。ありがとう」
感謝の気持ちでいっぱいだった。
フィオナに出会えたことは、レナードにとって幸運だったと感じるほどに。
ところが、レナードの胸が急に苦しくなり、鼓動までますます速くなった気がする。
自分の異変を怪しく感じて、名残惜しいがフィオナからすくに離れた。
彼女は驚いた顔でレナードを見ていて、すでに泣き止んでいた。
まだレナードの胸の奥は騒がしかったが、この動揺を知られたら不審に思われるので平静を装う。
「二人もありがとう。おかげで、無事に魔法を取得できた。心から感謝する」
レナードはガザフとハンスを見つめながら丁寧に頭を下げた。
「そうだそうだ! もっと感謝しろ!」
ガザフはふざけて笑い、
「礼を言うのは、こちらこそだよ」
ハンスはそれこそ大人の対応だった。
「さて、荷物を回収したら、ここから移動しよう。いつもとは違って扉が二つある。さっそく調査したい」
レナードの言葉に仲間たちは異論なく了承してくれた。
すると突然、目の前にいたフィオナの身体が光に包まれる。
驚いてレナードを見ている。
「セレストさん、なんで光っているんですか!?」
「なんだと!?」
「ゴードンさんも!」
彼女の指摘に驚いていると、彼女だけでなく、レナードとハンスの光が、上の何もない空間に集まり、字を綴り出す。
『運気上昇』
そして光の文字は散るように消え去った。
「レナード、今のは何なんだ?」
「ガザフ、運気上昇の加護が消えたようだ。取得方法をバラしていないのに何故なんだ?」
みんな一瞬考えて無言になる。
「以前、運気上昇を調べたとき、"ルーレットで一度だけ強運になる"と確認したはずだ」
「そうです。レルトニーさんがギャンブルの加護だと話していましたよね」
フィオナの声を聞きながら、レナードはルーレットそのものを思い出す。
そのおかげで気づくことができた。
「そうか、あのページのめくりの中で、当たりのページを止めることが、ルーレットと同じだとみなされたわけか!」
「マジかよ! でも、確かに確率の問題だよな」
「強運も三人分となれば、ページが開かれたのは、必然になったんだね。魔法を取得できて、君たちの命運が開かれて本当に良かったよ」
ハンスがしみじみと嬉しそうに言うから、レナードもつられてこみ上げてくるものがあった。
「ありがとう。今まで助けてくれて本当に感謝している」
レナードが言うと、ハンスは肩に手を回して、ポンっと軽く触れてくる。
その優しい気遣いにホッとした。
それから気持ちを改めて、移動を開始する。




