火因町編-6
担当編集者の滝沢亜弓はメゾン・ヤモメの一員になった。
大家の桃果ももう一人の住人の幸子も歓迎した。幸子は三十代半ばの未亡人で夫の遺したカフェを一人で経営していた。比較的歳も近い幸子とは亜弓は気が合うかもしれない。
早速亜弓は引っ越してきて、空き部屋になっていた205号室に住み着いた。ちなみに201号室が栗子の部屋、202号室が幸子の部屋である。シェアハウスの住人の部屋は2階にあり、大家である桃果の部屋は一階にリビングの向かいにあった。まだ二階の部屋は二つ部屋が空いているが、今のところは新しく住人を入れる予定はなかった。
引っ越しも大方済んだ後、亜弓の歓迎パティーが開かれた。
一階の客間とキッチンの隣の食堂で開かれた。
テーブルの上にはちらし寿司と手毬寿司、シーザーサラダ、ピザ、クラッカー、チキンにパンにピラフとパーティーメニューがずらりと並ぶ。パンはおばさん連中の栗子や桃果が食べやすいように硬いパンではなく柔らかい食パンである。今朝、ベーカリー・マツダで桃果が買ってきた物だ。
最後にワインやビールも栗子がテーブルに並べて、さっそく歓迎パーティーが始まった。
こんな豪華に歓迎されるとは亜弓は想像していなかったのでかえって申し訳なくなり、ちょっと肩をすくめていた。
「亜弓さん、ようこそメゾン・ヤモメへ!」
栗子、桃果、幸子はパチパチと拍手をした。
「いやぁ、ちょっと照れますね。ご歓迎、ありがとうございます!」
「私、亜弓さんの事よく知らないんだけど、自己紹介しません?」
幸子がそう提案して、料理をつまみながら自己紹介をする事になった。
テーブルの席を時計まわりで、亜弓から自己紹介が始まった。
「滝沢亜弓です! アラサーです。昼出版の少女小説レーベルのルンルン文庫で編集者やってます。栗子先生の担当です。よろしくお願いします」
そう言ってニッコリと笑った。皆んなで拍手をして、改めて亜弓を歓迎した。見た目が美人だったが、サバサバし雰囲気はメゾンヤモメの住人にも伝わったらしい。お酒もボチボチと飲み始め、この場に雰囲気は緊張感が消えて、緩い空気が満ち始めた。
次は幸子の番だ。
「はじめまして。亜弓さん。私は、藤沢幸子です。火因町商店街で小さなカフェを経営してるの。みんな来てね〜」
しっとりと幸子は微笑んだ。
幸子は亜弓と別な方向の美人だった。大人しめでお淑やかな雰囲気で、火因町のおっさん連中をトリコにしているという噂。幸子と亜弓という美人二人に存在感にすっかりおばさん二人は惚れ惚れと見ていた。この歳になると嫉妬などの感情は薄れる。若い子へは孫のような感覚しかない。漫画やドラマにあるようなお局イジメとは無縁な雰囲気だった。
次は桃果である。
「千村桃果です。ここの大家ね。掃除当番は決まってるから、それだけは守ってね。っていうか、私のことはいいからチキンやクラッカー食べてちょうだいよ」
恥ずかしがって桃果は自己紹介を打ち切った。見た目は派手な服をきたキツいパーマのおばさんだが、それと反して恥ずかしがり屋のようで、亜弓は目を丸くしている。
「お料理も全部、桃果がつくったんだよ。チキンも美味しい」
「嫌だ、シーちゃん! 恥ずかしいわぁ」
チキンはコンビニファーストフードのチキンとは比べものにならないぐらいスパイシーで美味しいと栗子は思う。チキンだけでなく、ピザもピラフも皆んなおいしく、皆が料理をパクパクと食べていた。この様子だと料理は完食するだろう。すでに皿がスカスカになりはじめている。
「桃果さん、質問! どうして栗子先生の事シーちゃんって言ってるんですか?」
亜弓がぐいぐい身を乗り出して質問した。お酒も入って、気が大きくなっている様だ。
「ああ、それはシーちゃんの顔や雰囲気が優しい羊みたいだからよ。可愛いわよね」
「もともとは私のモラハラ夫が、『シープル』って呼んでたのが原因なんですけどね…」
栗子はちょっと死んだ夫について愚痴り始めたので、場の雰囲気がちょっと暗くなってしまった。
「いやぁだ、ちょっと暗くなっちゃったわ」
栗子は気を取り直して自己紹介を始めた。
「亜傘栗子です。本当は佐々木栗子なんだけど、旧姓の方がカッコいいし、この名前で仕事もやってるからね。仕事は亜弓さんのところで少女小説を書いています」
栗子は人畜無害っぽく微笑んだ。
少し暗くなりかけた歓迎パーティは栗子の笑顔で明るくなり始めた。
その後、お酒を飲みながら、美味しい料理に舌鼓をうち、賑やかな時間が流れていった。