犯人逮捕大作戦編-4
その後、深夜まで囮大作戦の計画を練った。ああでもない、こうでもないと三人で知恵を出し合うが意見は全く纏まらない。
土曜日まではまだ時間がある。
とりあえず明日も続きをすると雪也は帰っていった。
その後、亜弓は文花にメールを送った。亜弓の推理は結果的に栗子や雪也と共有しているわけだが、やはり文花にメールを推理の内容を送った。
するとすぐに返事が返ってきて、昼出版にやってくるとまである。
やはり文花にメールを送ったのが判断ミスだったらだろうか。しかし他に適当な人材がいなかった。
昼過ぎ本当に文花は昼出版にやってきた。しかもお菓子まで持参していた。ドイツ菓子のシュトーレンだという。クリスマス時期の菓子だという。そういえば来月はクリスマスがある。亜弓はすっかり忘れていた。
昼出版の応接室に通し、シュトーレンも皿に出して置いた。しっとりとした断面には色とりどりのドライフルーツが見え、見た目も鮮やかだ。
なんでシュトーレン?
文花の意図がよく見えなかったが、昼出版内部の噂ではまた何かトラブルに巻き込まれているらしかった。まあ図太そうな文花の事だから放って置いても大丈夫だろう。
「どうぞ、シュトーレン召し上がって」
文花に促され、亜弓はフォークでシュトーレンを崩しながら口に入れる。粉砂糖がゆっくりと舌の上溶ける。確かに不味くはないが、文花の意図がわからない。そういえば前も蒸しパンを持ってきた事があった。懐かしい味の蒸しパンだったが、あの時も何故蒸しパンだったかよくわからなかった。まるでコージーミステリのヒロインのように菓子を配っている。もしかして文花も知らず知らずのうちにコージーミステリのヒロインのような事をやっているのかも知れない。
「メール読んだわ」
文花はニヤニヤとちょっと不気味な笑いを見せていた。
「意外と面白かったわね。知り合いの探偵にも確認してみたけど、だいたいあなたの推理は合ってるんじゃない?」
そう言われて少しホッとした。まだ優馬や光は捕まっていないが、やはりあの二人が犯人だと思う。
「食事の事で殺意を持つことってあり得ますかね?」
亜弓は一応主婦である文花に聞いてみた。光はベジタリアンの妻に合わせるのが苦痛になった事で殺意を持ったと推理したが、その点はいまいち確証は持てなかった。
文花はそれを聞いてなぜか苦笑していた。
「認めたくないけど、それはあるんじゃない?」
「認めたくない?」
「うちの夫は私が作る料理が嫌いなの。ろくに食べやしない。せっかく健康的なご飯を作ってあげてるのに。だからまら身体壊して入院してたの。馬鹿ねぇ」
そういえば田辺は文花の作る料理が意識高い和食で、味が薄くてちっとも美味しくないと言っていたのを思い出した。
「今日子さんはベジタリアンで、意識高い料理を作ってたみたいです」
「あぁ。そうなの…」
文花は眉根を寄せて、本当に苦々しい表情を作っていた。
「そうなの。それは動機としてあり得るわね。私も夫に殺されるかしら?」
そんな怖い事も言っているが、この文花を殺すのは怖すぎる。呪いのノートを書いている噂もあるし、そんな素振りを少しでも見せたら返り討ちに合いそうだ。田辺は今は不倫している噂を聞かないが、この恐ろしい妻と一緒にいる事は想像以上に大変そうだ。しかも食事の好みが合わないとは。はじめて田辺を同情した。あの男もそれなりに不倫の報いを受けて居るのだろうと感じた。
「それと、この事件に夫も興味を持っているようなの」
珍しく文花は言いにくそうに話しはじめた。
「え?」
「うちの夫は、ミステリ作家に転向したい様だけど、そうそう事件なんて起こらないのよねぇ。『愛人探偵』も一応シリーズ化したけど、もう一つ新しいシリーズを書きたいと思っているようなの。つまり、滝沢さんが関わっている事件をネタにして新作を書きたいみたい」
「恋愛小説はやめてしまうんですか?」
亜弓は田辺の恋愛小説は好きだった。愛人探偵は嫌いではないが、やっぱり恋愛小説の方が向いてるんじゃないかと思うのだが。ただあの男は不倫をしないと恋愛小説を書けない悪癖を持っている。あれほど不倫しているのも芸の肥やしの為だった。そう思うと自分の不倫も田辺の侮られた結果な様な気もしてしまう。自業自得の不倫ではあるが、そこの愛などは全くなかったと今更気づく。
「まあ、やめてほしいわね。恋愛小説なんて罪深い」
吐き捨てるように文花が言った。田辺に恋愛小説に
ついてはよっぽど腹に据えかねている事が察せられた。はじめて文花が可哀想な女だと思った。作家の妻などなるもんじゃないと思う。
「もいウンザリ。恋愛小説なんて」
その文花の口調は、シンデレラストーリーを書くのがしんどいという栗子にそっくりで、少し笑ってしまうほどだった。意外と文花と栗子は気が合うのかもしれない。二人とも見た目は害が無いように見えるのに、本性は狼である。
「だったら栗子先生と田辺先生が会う機会でも設けましょうか。もちろん栗子先生が同意するかは分かりませんが」
何となくこの件は栗子が同意しない気もそたが、とりあえず文花にそう行って置いた。
「ところであなた、犯人はどうやって捕まえるつもり? 色仕掛けの囮を本当にするの?」
珍しく文花は亜弓に憐れみの表情を見せた。
「そうなんですよね。その点をどうしようかと思って居まして」
「辞めなさい。不倫している様な女なんてメンタル弱いんだから、犯人に殺されそうになったらどうするつもりよ?」
「文花さんはどうしたんですか?」
確か文花は、婚活カウンセラーや少女小説編集者を殺した犯人と対決して捕まえている。この小柄で地味な女が一体どうやって捕まえたのか亜弓は不思議で仕方ない。
「怖くなかったんですか?」
「はは、怖く無いわね」
文花は涼しい顔をし笑っていた。
「だって夫に不倫されるよりマシよ」
思わず亜弓は下を向いてしまった。顔をあげられない。こんな事を言わせてしまう不倫は本当に罪深いと感じた。そんな不倫を自分もしていたと思うと恥ずかしくて仕方がない。文花は確かに異常な女だが、これほど不倫をされれば心は壊れるのだろう。不倫は心の殺人という言葉は本当なのかも知れない。心の殺人に比べれば、現実の殺人事件も怖く無いのかも知れない。そう思うと居た堪れない気持ちになった。罪悪感も感じてしまい、不倫なんて二度としたくないと思った。
「あなた、護身術は心得てる?」
「護身術?」
「犯人を捕まえるのなら、必要ね。私も犯人に殴られてロープで縛られたんだから」
サラッと言っていたが、かなり酷い状況ではないか。
「教えてあげる」
どこでそんな護身術を覚えたのかは謎だったが、この後文花から護身術を教わった。意外と力のない女性でもできる護身術だった。実際それを使う状況が無い事を祈るばかりだが。
ちょうど文花が亜弓の首を掴むという護身術をやっている時、常盤が何か用があるのか入ってきた。
「ちょっと何やってるんですか! 文花さん、本当に人殺しですよ! いくら愛人が憎いからってあんまりですよ!」
常盤は何か誤解していたらしい。後で亜弓は文花から護身術を教わっていたよ説明しても信じてくれなかった。文花のメンヘラ地雷女という汚名はなかなか消せないだろうと亜弓は思った。




