表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シープルおばさまは名探偵〜秋のパン祭り殺人事件〜  作者: 地野千塩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/49

色ボケ編-7

 栗子は工藤の家から帰宅すると、トーストと野菜スープだけの雑な昼食を済ませた。その後、再び自室で事件についてわかった事を推理したり、オペラグラスで隣家の様子を見ていたが、進展はしなかった。やっぱり怪しいのは優馬だ。イケメンなので、栗子としては甘く見たい気持ちもわかるが、怪しい事は怪しい。


「パティシエ探偵花子!」では、犯人は被害者の夫と共謀していた。コージーミステリでは、意外な第三者が犯人であつ事が多いのだ。三上牧師も怪しいといえば怪しいが、動機がない。敬虔な牧師が殺人をするとも思えなかった。確かに警察に今日子の事を黙っていた事や第一発見者である事は怪しいが、いかにも怪しい人物がコージーでは犯人にならない。第一発見者も犯人で無い事も多い。そもそもコージーミステリではヒロインが死体の第一発見者になることが多い。今回の事件で死体の第一発見者になれなかった事は少し悔しいと思う。


「シーちゃん、お客さん来てるよ」


 そこへ桃果がやってきた。


「緑澤優馬っていう若い子。っていうか、あの子今日子さんの不倫相手じゃない!」


 桃果はちょっと興奮気味だった。


「あの子誰?事件に関係あるの?」

「大丈夫、大丈夫。とりあえず、いくわ」


 野次馬根性を抑えきれない桃果を少し諌めて、優馬の待つ客間に向かった。すでに桃果が紅茶とお菓子を出しているようだった。お菓子は絢子のために作ったパウンドケーキのあまりだ。


「栗子さん、こんにちは!」


 優馬はきらきらとした笑顔を見せた。その眩しい笑顔の栗子は、やっぱりくらりとしてしまう。今日はジーパンに厚手のシャツという姿だったが、少女小説のヒーローのような王子様の格好をしたらとても似合うだろうと思う。もちろん、この格好も若者らしくよく似合っているのだが。


 なんとか自制心を押さえながら、優馬と向き合って座った。


「今日は何しにきたの?」

「サインを貰いに来ました」


 そう言って栗子のデビュー戦でもあるコージーミステリ「パティシエ探偵花子!」の文庫本を差し出す。もう絶版なので、中古ショップの値札が表紙に付いていたが、それでも嬉しかった。本の表紙は日にやけ、小口は黒ずんでいた。可愛らしい表紙だったが、新品と比べるとやっぱり見劣りはする。


 準備が良い事に優馬はペンを用意していた。栗子は表紙をめくって一枚目の白紙ページにサインをサラサラと書いた。昔は応募者全員サービスで何百とサインを書いたので、崩し文字で書きやすいサインに変えている。こう言った販促活動は無償だが、腱鞘炎になるほどサインを書き続け、もう二度とそう言った仕事はしたくないと思う。まあ、コージーミステリの新作が書けるのだったらを、そう言った苦労は買ってでもしたいものだが。


「ありがとうございます。栗子さんは、こう言ったミステリのトリックはどこで思いつくんですか?」

「そうねぇ。もう何年もコージーミステリは書いていないから、書き方忘れてしまったわ。今が頭お花畑の女性向にシンデレラストーリーを書いてるから」


 優馬の前だったが、少し愚痴っぽくなってしまった。ただ、やっぱり「パティシエ探偵花子!」の読者がいるのが嬉しくて仕方ない。雪也は、栗子の仕事は馬鹿にするし、桃果は少女小説ばかり絶賛する。死んだ夫は、小説を書く仕事は遊びだと決めつけていた。締め切り前の修羅場中でも、一切家事を休むなと怒鳴られた。そうでなくても家事を手伝ってくれる事もなく、いつも偉そうにしていた。夫が死んでくれて正直なところところ嬉しく無いわけがなく、かえって生き生きとし始めた記憶がある。


「すごいなぁ。僕はこんなトリックは思いつかないです…」


 優馬にそんな事を言われて、嬉しくなりにんまりと笑う。当時に評論家達にはトリックは陳腐だと酷評されていたので余計に嬉しいものだ。栗子は殺人事件の怪しい容疑者と対面している事を忘れそうになる。


「そんな話はいいじゃない。ところで、あなたは今日子さんと不倫してた?」


 優馬のきらきらとした甘い笑顔に蕩けている場合ではない!改めて栗子は自分の心に喝をいれて、自制心を保つ。大地にしたようにカマをかけた。大地のように何かをボロを出すかもしれない。


 しかし優馬は微動だにしない。表情も全く変わらなかった。


「どっからそんな発想になるんですかね。はは、さすが作家さんだ」


 桃果が目撃した今日子に不倫相手は、優馬だったと判明している。ただ、状況証拠だけで物的証拠でがない。


「僕は今日子さんのハウスキーパーやっていただけですよ。家に入るのは当然でしょう。人聞きが悪いな」


 再びきらきらとした王子様スマイルを見せてきた。


「パン屋の和水さんやケーキ屋の拓也さんから聞きましたよ。小説の取材として今日子さんの事件を調査しているとか」


 栗子は否定も肯定もせず、紅茶をごくりと飲み込んだ。


「それに工藤さんが逮捕されたんでしょ? 今日子さんとトラブルがあったとか」

「そうねぇ。でも工藤さんが犯人だとは思えないのよねぇ。パン祭りのシールで揉めてたようだけど、そんな事で人殺しする?」

「まあ、頭のおかしい連中はどこにでもいますからね。工藤さんの奥さんのところも仕事で行っていますが、苦労しているようですね」


 優馬は機嫌がいいのか鼻歌を歌い始めた。どの曲かはわからなかったが、聴いていると酔いそうな気分になった。


「栗子さん」


 きらきらとした目で優馬は栗子を見つめ始めた。


「栗子さん、僕は、実は栗子さんの事が気になっています」

「は?」


 どういう事だろう。気になるというのは、作家としてか、何なのか全く分からず、栗子の頭の中はパニックになる。


 戸惑っている栗子を横目に雪馬は、再び柔らかく微笑んだ。そして両手で栗子の手を握り始めた。


「ちょ、ちょっと!」


 栗子の顔はゆでダコみたいに真っ赤になる。


「僕に母親は早くに死んでしまってね。甘えたいんだよ。ねぇ、栗子さん。僕の言う事聞いてくれる?」


 そして、そっと包むように栗子の手を握り直した。


「栗子さん、ずっと僕のそばにいて。事件の調査なんてもうやめてね」


 栗子の頭は真っ白になり、何も考えられなかった。


 この歳にして春がきた?


 これはお花畑シンデレラストーリーを書き続けた報い?


 そんな事は全くわからなかったが、栗子は優馬の手を握り返す。


 散々現実にはあり得ないと呪っているシンデレラストーリーの少女小説のヒロインのように、栗子は無邪気に微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ