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シープルおばさまは名探偵〜秋のパン祭り殺人事件〜  作者: 地野千塩


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秘密編-2

「ただいまぁ」


 メゾン・ヤモメに帰ると、美味しそうなコンソメの匂いが鼻をくすぐった。


 キッチンに直行すると栗子と桃果が野菜スープを作っていた。匂いの正体はこれだろう。キッチンにある小さなテーブルの上には作りかけの弁当が置いてあった。


 ピーマンの肉詰め弁当のようだ。豪華に五つもピーマンの肉詰めがはいっている。その隣にはほうれん草とニンジンのサラダとプチトマトが入っている。緑と赤が映える弁当だった。あとはご飯を詰めるだけで完成のようだが、赤と緑の彩りが良く食欲がそそられる。


 二人に事情を聴くと、今日子の夫である光に持っていく弁当だった。栗子本人はコミュ力が無いと言うが、ここまで持って行けたら意外とコミュ力はあるのかもしれない。


 亜弓も弁当のご飯を詰めるのを手伝ったり、野菜スープをスープジャーに注いだ。


 出来上がった弁当は美味しそうで、亜弓は写真におさえる。SNSにはあげないが、食べてしまって見られなくなるのは惜しい気がする。


 栗子は出来上がった弁当とスープジャーを紙袋の入れた。


「これを私が持っていくの?」


 またお色気大作戦だと言い出しそうだった。


「うーん、本当は色仕掛けで幸子さんとあなたがいくといいんだけどねぇ」


 栗子はため息をつきながらチラチラと亜弓を見ている。


「シーちゃんも捜査したいのよ。コージーミステリのヒロインみたいにね」


 苦笑しながら桃果が言った。


「だって、私だって捜査したいんだもの。初稿しょこうも速攻で終わらせたからいいじゃない?」


 確かにあれだけ早く原稿を終わらせたのは、亜弓も助かった。初稿なのでまだまだ完成品では無いが。


「ダメ?」


 おばさんの上目遣いは若干気持ち悪いが、結局二人っで光に弁当を届ける事になった。幸子もまだ仕事で帰ってきていないし、これから夕飯の支度に取り掛かるより今すぐ出来立てアツアツの弁当を持って行った方が良いと言う事で意見がまとまった。


「こんばんは。お隣のメゾン・ヤモメのものです」


 栗子がチャイムを押すとすぐに光が出てきた。上下スエット姿で髪もぐちゃぐちゃにだったが、妻をなくした男の姿としてはこんなもんだろう。


「え、ああ。お隣の…」


 光は亜弓を見るとちょっと戸惑ったような表情を見せた。


「どうぞ。お弁当です」

「いやぁ、本当にすみませんねぇ」


 光は恐縮しきって頭を下げた。


「なんか悪いな。お茶はどうですか?」

「いいんですか?」


 栗子は若干はしゃいだ声をあげていた。これは調査ができると喜んでいるのに違いないと亜弓は思った。


「どうぞ、どうぞ」


 栗子はにんまりと笑って、光の家にお邪魔していた。


 亜弓はため息をつきながら、栗子に従って行った。

 香坂家のリビングは、広々とした開放的な雰囲気だった。


 ただテーブルの上は花瓶の花は枯れていたり、カップラーメンの食べたカラが積み重なっていた。それだけで今日子の不在を感じさると亜弓は思った。


「こんなんしか出せないんですが」


 光は、グラスに入れたお茶を持ってきて栗子や亜弓の前に置いた。


 広々としたリビングだったが、ソファはふかふかすぎてかえって居心地悪いと亜弓は思う。隣にいる栗子はらんらんと目を輝かせているが、亜弓はちっともいい気分になるにはなれなかった。


 光も亜弓達に向き合うようにソファに座った。


「事件はどうです? 犯人は捕まりそうですか?」


 栗子は身を乗り出し質問している。野次馬根性やじうまこんじょうを全く隠そうともせず、亜弓はちょっと恥ずかしい気分になりグラスのお茶を飲み込んだ。


「いえ、警察からは全く連絡がなくって」

「そうですか。辛いですねぇ」


 亜弓は二人に会話をさせて自分は無言を決め込む事に決めた。どうせ栗子がぐいぐい聞いているので、自分が口を挟むすきはないだろう。


「本当に一体誰が殺したんだ。悔しいですよ、俺は」


 亜弓は棚の上に飾られている写真立てをチラリと見る。結婚式の写真っで二人とも笑顔だ。この写真だけ見ると、何か問題があったようには見えない。


 そこへ一匹の猫がやってきた。可愛らしい灰色の猫だった。


「あら、可愛い猫ちゃん!」


 栗子は黄色い声をあげる。一方、光はゴキブリでも見るかのような表情で猫を見ていた。猫も何かを感じ取ってのかい隣の部屋にゆっくりと行ってしまった。あまり光は猫を可愛がってないのかもしれない。


「妻が保護団体からもらってきた猫でね」

「でも可愛いじゃない。ねえ、滝沢さん」

「ええ。動画とったら再生回数稼ぎそうじゃないですか。でも一人で世話するのは大変じゃないですか?」


 なぜか光の表情が泣きそうに歪んだ。その理由が亜弓にはわからなかった。


「うちの妻は、動物愛護の活動も熱心でね。最近では肉も食べなくなっていた。いわゆるベジタリアンというものです」


 亜弓はベジタリアンとオバタリアンって語感が似てるなとどうでもいい事を考えながら、再び緑茶を飲む。確かに今日子の裏アカでは、肉食はしないと宣言しているのを思い出す。


「でも悪い事ではないわ。私はアメリカに住んでた事もあって、アメリカの友人もいるけど、向こうでは結構よくあるわね。ビーガン専門のレストランも見た事があし、野菜では取れないビタミンBなどのサプリメントも売ってるそう。あと、大豆で作った代替肉だいたいにくもよく売ってるんだって。最近では昆虫食こんちゅうしょくもあるとか」


 そんな栗子出した話題で亜弓も光もちょっと顔を顰める。


昆虫食こんちゅうしょくですか。気持ち悪いですね」


 特に光はゾッとした顔をしていた。確かに虫を食べると思うと亜弓も気持ち悪いと感じる。


「香坂さんはお肉大丈夫です? お弁当、ピーマンの肉詰めですよ」


 亜弓が効くと、光は深く頷いた。


「俺は何でも食べますよ」

「あら、本当にいい旦那さんね。うちの死んだ旦那に聞かせてやりたい。人が作ったものにケチつける旦那だったんで粗大ゴミに捨てたくなったわねぇ」


 こんな事を言ってる人が、カッコいい王子様のようなヒーローのシンデレラストーリーを書いている事は、亜弓はちょっと罪悪感をもつ。まあ、コージーミステリを書かせるわけにはいかないが、こうして調査の真似事をしているのは大目に見ても良いかもしれない。


「あら、ちょっとお手洗い行きたくなちゃったわ」


 栗子がそう言うので、光はトイレの場所を説明してあげていた。栗子は足早にトイレに向かっていた。


 賑やかに話す栗子はいなくなると、この場がだいぶ静かになった。


「いや、本当弁当ありがとうございます。あなたが作ったんですか?」

「ええ」


 実際はご飯を詰める事ぐらいしかしていないが、料理下手の亜弓にとってはそれも作る事の一部に考えていた。弁当箱にご飯をつめる作業は意外と難しいのだ。亜弓は実際やってみて、ご飯が弁当箱のフチにつくし、難しいと感じた。それだけでなく食材の管理なども意外頭を使う。


 メゾン・ヤモメに来る前は、よく食材を腐らせていた。世間の主婦は実は頭の回転が早いのかも知れないと亜弓は思う。料理を作るたびに実家の母に頭が下がる思いがする。


「実はさ、今度二人きりで会えないかな?」

「へ?」


 予想外の台詞に亜弓はただただ目をパチクリさせていた。これはどう見てもオスの台詞だ。


 奥さんを亡くしたばかりなのに?


 やっぱり中のいい夫婦のふりは演技だったようだ。


「いいですよ。とりあえず連絡先だけ交換しましょ」


 この男の本性の辟易へきえきとしたが、逆にいえば事件を調べるチャンスかも知れない。


「嬉しいわ」


 連絡先を交換し終えると、亜弓はいかにも肉食女子っぽく目を細めて微笑んだ。

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