秘密編-1
亜弓は会社のディスクでため息をついた。今日はリモートではなく出社する日で会議が多く、一日中バタバタと過ごした。
栗子が早めに原稿を上げてきれたおかげで仕事はサクサクと終わる。しかしあまり喜べない。この後、文花に会う事になっていた。
常盤が時間を調整してくれて、今日の14時という事になった。もうすぐ時間が近づいてきてドキドキしてくる。
給湯室で文花のために紅茶を淹れる。キムの輸入雑貨店で買った茶葉だ。安い割に香りも味も良い。なぜか常盤に会社が用意している緑茶は文花の機嫌を損ねるので辞めた方が良いとアドバイスされた。
ちょうどお湯がわいた頃、常盤がわざわざ文花がやってきた事を教えてくれた。紅茶を盆に乗せ、文花が待っている応接室へ足速に向かった。
「久しぶりねぇ、滝沢さん」
文花はゾッとするほど冷たい笑顔を見せていた。もともと滅多に笑わない冷たい女だが、今日はいつも以上に顔が怖く見えた。
とりあえず二人向き合って座る。
「あれ? 紅茶の匂いがいいわ…」
文花は紅茶を一口のみ、何故か笑顔を見せた。メンヘラ地雷女として有名なこの妻の考えていることはさっぱりわからない。
「そういえば、あなたお腹の具合は大丈夫?」
「え?」
「常盤さんに入院したとか聞いたけど」
「ああ、あれは大した事なかったです。賞味期限切れのお肉使ってラーメン作ったのがいけなかったみたいで」
婚約破棄をされるまえ、お腹を壊して入院したが大した事はなかった。
「そう。よかったわね」
本心で言ってるのか、嫌味で言っているのか亜弓には判断できなかった。文花は基本的に無表情で本心が見えない。
「ところで今日は何? 私、この出版社でメンヘラ地雷女って呼ばれてるからあんまり来たくないんですけど」
「すみません…」
亜弓は、田辺と付き合っていた事を頭を下げて詫びた。意外な事に文花は、無表情で白けた顔をしていた。
「ふーん。謝って気がすんだ?」
嫌味っぽい。
亜弓はイライラとしてきたが、奥歯を噛み締めて我慢する。
「でも薄汚い不倫女で謝ってくるのは珍しいわね。よっぽど婚約破棄がこたえたのねぇ。やっぱり自分がやられないとわからないでしょう」
「全くその通りです…」
変な女でがあるが、意外と言っている事は筋が通っている。
「少女小説の仕事はどう? なんか評判がいい見たいね。文芸の方に戻って来れないようで、本当に嬉しいわ。このままずっと少女小説レーベルに居てね」
「そうですか…。でもちょっとトラブルがありまして」
「トラブル?」
話の流れでつい殺人事件のことについて話してしまった。文花は興味がありようで、事件に詳細を聞いてきた。文花も二度殺人事件にかかわり、探偵事務所でパートしていると聞く。興味がある話題なのだろう。
「その謎の不倫相手が気になるわね。全く男も女も不倫なんてしている人間はろくでもないわね。もちろん私の夫も含めてだけど」
実感を伴って言われた。亜弓も反論はできない。
「不倫された旦那さんが可哀想」
文花はチラリと亜弓をみた。嫌味っぽいたらない。京都に住めばイケズな会話で、すぐ馴染むのではないかと思うほど。そういえば田辺も文花ちゃんには口では絶対に勝てないと言っていた。この様子では納得である。可愛げのない女だが、田辺が一体この女のどこを気に入って結婚したのか謎である。
「でも意外と今日子の旦那が犯人だったりしてね」
クスクスと文花は笑いながらスマホを捜査し始めた。無言で紅茶を飲みながら数分、なんと文花は香坂今日子の裏アカを見つけてしまった。
「これが香坂今日子の裏アカね。馬鹿な作家さん。表のブログで挙げている写真と裏であげてる写真が完全一致。不倫女にありがちなポエムも呟いているね。馬鹿ねぇ」
大笑いしながら亜弓にも裏アカのアドレスを送ってきた。あっけなく裏アカを調べてしまい、『愛人探偵』で妻が不倫女を調査している描写はどうやら間違いが無いようだった。
「いえ、どうもありがとうございます?」
一応文花に例をいっておいた。
「まあ、不倫女が殺されるのは自業自得ねぇ。あなたも気をつけて!」
最後まで文花は嫌味っぽかった。
とはいえ、裏アカを発見できたには大きな収穫だった。
文花が帰ると、残業しないようしゃかりきに仕事を終わらせ、定時になったら速攻で退社した。
帰りの電車の中で今日子の裏アカをチェックする。確かに文花の言う通り、不倫中のポエムが綴られていた。作家のせいか文も上手いので、うっかり共感しそうになる投稿が多かった。不倫中の女性の界隈ではいくつかバズってる投稿もあった。裏アカでは作家である事は隠しているようだが、担当編集者Tさんの愚痴もチラホラ投稿されていて、少し怖い。常盤にこの事は教えない方が良いだろう。
亜弓はため息をつきながらさらの投稿を閲覧し続けた。旦那の愚痴も多かったが、喧嘩のようなものはなく一見仲良し夫婦ですとも投稿していた。
料理の写真も多く挙げている。玄米や雑穀米にハマっていたようで、きちんとした品の良い和食に写真が並んでいる。美容や健康についても意識の高い投稿が目立つ。しかし執筆中は家事は全てやりたくなるらしく、正気を失って書いているようだ。執筆中は鬱になり、テンションはかなり落ちるようだ。栗子も執筆中はメンタルがおかしくなるし、作家病のようなものだろうか。確かにあまりにも現実離れしているものの創作は、現実とかけ離れているほど、嫌なギャップを生むのかもしれない。キラキラとした本の裏には、ドロドロとした現実があるようで、楽しめるのは読者だけのようだ。
また微妙にモテる事へのマウンティグも目立った。パン屋などのサービスしてもらった事を、自虐しながらも自慢していた。チクチクと嫌な言葉のチョイスで、これは女性の敵を作りそうだ。いくつかアンチのようなコメントも付いているが、本人は全く気にしていないようだった。
亜弓はため息をつき、今日子の裏アカを見るのをやめた。
不倫をしていた事は事実のようだが、相手はわからない。文花には悪いが、それほど重要な裏アカでは無いのかも知れない。




