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シープルおばさまは名探偵〜秋のパン祭り殺人事件〜  作者: 地野千塩


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殺人事件編-4

 翌日、亜弓は職場である昼出版の一階のロビーのソファに座り、常盤を待っていた。時間より早く来てしまったようだ。


 今朝、栗子からベーカリー・マツダで買ってきたというシナモンロールを箱で渡された。これを今日子の事情を知っているかもしれない人に渡して食べさせれば口が軽くなるだろうと言う事だった。とことんコージーミステリのヒロインになりきりたいらしい。もっとも栗子本人ではなく、亜弓にやらせているわけだが。


 常盤とは実はほとんど面識はない。自分の不倫がばれてすぐ少女小説レーベルに移動になり、入れ変わるのように常盤が漫画編集部から文芸の編集部に移ってきたのだ。シナモンロールが気に入るかは不明だ。甘いものが苦手でなければいいと思いながら待った。


 それでも同じ会社にいるので、常盤の噂はよく聞いていた。田辺の妻である文花の扱いに困っているとか、文花と不倫をしているという噂も聞いた事がある。いずれにしろ、田辺と文花に手を焼いているのは確かのようだった。


「滝沢さーん」


 時間ぴったりに常盤がやってきて、ソファに座った。やはり担当作家が亡くなった影響か顔は疲れていた。小太りで人の良さそうなカワウソのような顔をすているが、果たしてシナモンロールは気にいるか。


「滝沢さん、聞きましたよ。担当作がいくつか重版そてると」

「ええ。結婚しるより仕事やってる方が向いてるかもしれないわね」

「そういえば婚約破棄になったと。あの文花さんのあのノートで」 


 文花の話題になり常盤は顔を青くしている。よっぽどこわがっているらしい。自分もあの女は怖いと亜弓は思うので、同情心しか無い。


「これ、うちの近所のベーカリーのシナモンロール。今朝買ってきたのなんだけど、シナモンは好き?」

「好きですよ。甘いものは基本的になんでもいけます。食べていいんですか?」

「どうぞ」


 常盤はシナモンロールの箱を受け取り、小さくちぎって食べていた。みるみると目尻が下がり、頬が緩んでいる。味は問題なさそう安心した。コージーミステリのように、口が軽くなって事件の事をペラペラ話してくれるのかは不明であるが。


「これおいしいっすね。林檎りんごジャムも入っていて最高。ふわふわでいくらでもいける。滝沢さん、ありがとう」

「美味しい? よかった」


 栗子がシナモンロールを持たせたのは、間違いではなかったようだ。コージーミステリを抜きにしても、美味しい食べ物を前にするとやっぱり人は弱いのかもしれない。


 そんな事を考えながらさっき自動販売機で買った缶コーヒーをちびちびとすすった。


「あ、香坂先生の事でしたね…」


 シナモンロール効果で少し常盤の期限も良さそうになったが、やはり話題が事件の被害者・香坂今日子にうつったら、常盤の顔はどんよりと重くなり始めた。


「実は今朝、警察に事情を聞かれまして」

「なんて答えた?」

「いや別に。香坂さんは仕事に意欲的だし、最近流行りのシンデレラストーリーを書きたいと意欲的だったから自殺はないでしょうって答えただけですけど」

「そっか」


 警察が常盤に接触したという事は、殺人事件だと認めて動機に繫がりそうなトラブルがなかったかと操作しているという事だろうか。


 常盤さらにシナモンロールをちぎって口に入れていた。2個目だ。やっぱり気に入ってくれたようでよかったと亜弓は思う。


「他になんかない?」


 これだけで栗子に報告するのもなんとなくバツが悪い。それに亜弓自身も事件について知りたい気持ちもあった。乗りかかった船である。どうせ警察が解決するだろうし、ちょっとだけ事件を詮索しても良いんじゃないかと思い始めた。


「うーん。旦那さんとも仲良しって言ってたな。田辺先生の事件の報道を見て、うちは絶対旦那は不倫しないから文花さん可哀想って同情してた」


 それは本当に同情か亜弓にはわからなかった。いわゆるマウンテングのようなものも感じる。文花がそんな台詞を聞いたら呪われそうである。あの芯の強そうな、図太そうな女は他人から同情されるのが嫌そうに見えた。


「旦那さんに料理作ってあげるのが1番幸せって言ってたなぁ。一見いい奥様でもある。誰かとトラブル起こしていたとは思えない」

「読者のアンチとかは?」

「それもないね。田辺先生にはアンチいっぱいいるけどさ。『愛人探偵』のせいでアンチ倍増ですよ。それはともかく香坂先生はふわふわしたガーリーな作品だし、人を不快にさせるような描写や表現がない。すごく心地よい文章を書く人だった。だからすごく惜しいよ。昼出版にとっても大きな喪失そうしつだろうね」


 常盤は真っ直ぐ人の良い性格なのだろう。あまり人の欠点も見えないタイプかもしれない。もっとも田辺や文花のような癖の強いタイプと付き合う現状では、そう言った鈍感どんかんさは役に立っているのかもしれないと思った。


「他に本当にない? 気になる事は?」


 亜弓は念を押した。


「そうだなぁ。あ、料理本を読むのにハマってるとは言ってたかな。別に事件と関係ないと思って警察には言わなかったけれど」

「そっか、ありがとう」


 ここで別れても良かったが、亜弓は常盤に言いたい事がもう一つあった。


「常盤さんって文花さんと連絡つける?」

「つけますよ。なんでですか?」

「実は、やっぱり文花さんに不倫した事を謝罪したいと思ってる。文花さんについてはどうかな?って思う非常識な人だとも思うけど、私がしでかした事は悪い事だったから」


 素直にそう思う。自分の恋愛が上手くいかないからというのもあるが、人を傷つけておいてそのままにいるのも何とも気持ち悪かった。結局は自己満足での謝罪かもしれないが、このまま何もしないのも間違っている気がした。亜弓の心の中にある良心は、謝った方がいいと叫んでいるようにも思えてならない。


「わかりました。まあ、正直あの文花さんと会話するのも怖いんですが」

「ごめんねぇ。手間取らせちゃって」

「いいですよ。謝るんでしょう? あの人は喜ばないとは思うけど、反省している気持ちが伝わればいいんじゃないですかね」

「そうね。本当だったら私、訴えられてもいいぐらいなのに。意外と文花さんってお人好しなのかな」

「いや、まさか。メンヘラ地雷女でしょう」

「そうよね。メンヘラよね」


 こうして二人は文花をネタにして笑っていた。

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