殺人事件編-2
お隣の美人マダム香坂今日子が死んでしまった。
栗子はメゾン・ヤモメの一階のリビングで、安楽椅子に座り紅茶を啜っていた。テーブルの上には機能貰った焼き菓子がお皿に乗って置かれていたが、手をつけられていなかった。
もう昼過ぎだが窓の外は騒がしかった。今日子の事件のせいだろう。
桃果は本当にこの町で殺人事件が起きてしまってショックを受け、自室に閉じこもっていた。見た目が派手なおばさんだが意外とメンタルは強くないのだ。
野次馬達のの噂話を総合すると公園の奥にある廃神社で今日子は何者かに殴られ殺されていたらしい。
第一発見者は早朝ジョギングをしていた三上千尋。この町のプロテスタント教会の若き牧師である。
警察に通報し、騒ぎになったという流れだった。三上牧師も相当なショックを受けているようだ。見た目は温厚そのものの牧師だが、神様、神様と言って泣いていた。
夫である光もあの様子では相当ショックを受けているのだろう。あの後に、光も三上牧師も病院に行ったそうだ。
栗子はため息をついて紅茶をすする。
今日子は自殺では無いと思う。特に根拠はないが、昨日の様子では自殺するように思い詰めた様子もない。彼女のSNSも覗いてみたが、食事やファッションやヨガ、仲のいい夫、のんびりとした田舎ぐらしが素晴らしいと、SNS映えする生活をしていた。今日子出した本もオシャレな日が綴られたエッセイ風に小説らしい。この火因町でオシャレな生活するのはけっこう大変かもしれないが、SNSというバーチャルな空間では今日子は幸せそうに見えた。昨日の光の様子を見ても問題ある夫婦だったようにも見えない。
不倫疑惑も今となっては本当なのかもわからない。ただ誰かから逆恨みのようなものにあっていてもおかしくない。目立つ美女だったし、何もしていなくても嫉妬され恨まれた可能性もある。
コージーミステリだったらここでクッキーやドーナツを配りながら容疑者達を調べて行くが、栗子にそれができるかどうかわからない。自分は人の良い雰囲気のおばさんではあるが、怪しい人物が口を開くかどうか。
それにしても平和なこの町で事件が起きるなんて。最初はワクワクしていたが、もし本当に殺人だったら?
この町に殺人犯がいることになる。栗子は我知らず、ぷるっと震えて紅茶を一口だけ口の含んだ。
そこに亜弓が降りてきた。最近は疫病の影響で、仕事はリモートで自宅やってる事が多いようだったが、今日は土曜日で休みだ。やはり町で事件が起こった影響で、亜弓の表情もあまり明るくはなかった。
亜弓は考え耽っている栗子をじっと見つめていた。
「あの、念のために聞きたいんですが、先生」
「何かしら?」
栗子はわざと羊のようにおっとりした表情で微笑んだ。
「先生、コージーミステリみたいに事件を勝手に捜査するつもりじゃないですよね?」
亜弓もソファに座り、栗子に視線を合わせた。
「すごい、何でわかったの? 滝沢さんってエスパー?」
「いやいや、見れば分かりますよ。それに本当にコージーミステリみたいに小さな町っで事件が起きるなんてびっくりですよ」
「これは私にコージーミステリを書けという天の思し召しね。さっそく取材も兼ねて容疑者達を調べなくちゃ」
栗子は安楽椅子から立ちあがろうとしたが、亜弓に肩をガッチリ掴まれた。
「何言って言ってるんですか。先生。先生にはきっちりシンデレラストーリーを描いて貰いますよ!」
珍しく家でも亜弓は編集者モードに入り、栗子はシュンとして、ぶりっ子のように両手を合わせ始めた。
「え、だめ〜?」
「そんな上目遣いぶりっ子してもダメですよ! そもそも警察に任せましょうよ。そのなコージーミステリみたいに素人探偵が事件を解決してたら警察いらないでしょ」
亜弓のツッコミはもっともなものだったが、栗子の胸のうちで好奇心と正義感が責め合う。この事件を取材してコージーミステリを書きたいというワクワク感と、この町の平和を脅かす犯人への許せない気持ち。居てもたっても居られなかった。
「でも」
「でもじゃないですよ。それに栗子先生はどうやって容疑者達を調べるんですか? お菓子作りは得意ですか? コミュ力はありますか? 栗子先生は思わず容疑者達が口を滑らす何かスキルはありますか?」
そう言われると栗子は口をつぐむしかない。コージーミステリのヒロイン達はみんなコミュ力が高い。料理もうまい。容疑者達の胃袋をつかみコミュ力を発揮して犯人を探すのだ。
一方栗子といえば料理スキルは微妙だ。コミュ力も長年家に引きこもって作家業をしていたせいか、あれこれ妄想したり噂話に花を咲かせる方が得意だ。人畜無害な容姿だが、もう老人に近いおばさんだし町の人気者というわけでもない。
桃果は料理スキルは十分だが、残念ながらコミュのは乏しく、メンタルも強くない。彼女に容疑者を探させるのは酷だろう。
ふと、亜弓の顔を見つめながら閃いた。コミュ力があるといえば編集者の亜弓が居るではないか。しかも彼女は美人で大抵の男は油断するのではないか。幸子もそうだし、二人で協力して容疑者達に当たれば良くないか?それに胃袋については桃果が作ったお菓子やパンを配ればいい。これって鬼に金棒?
「先生、何か良くない事考えてません?」
こうやって意外とカンが良いのも探偵向けではないか?
そんな事を考えている時、幸子が帰ってきた。いつもより早い時間の帰宅で、栗子と亜弓は顔を見合わせる。
「幸子さん、今日早くない?」
栗子がきくと幸子はとても残念そうな顔を見せた。
「何か商店街の近くで事件があったみたいで、警察が町の人たちを調べるからってお祭りが中止になったんです」
「え?」
栗子はその報告に顔が熱くなっていくのを感じた。更年期障害のせいかもしれないが、これは怒りでの顔の熱さだ。
正気を失いながらシンデレラストーリーを書く栗子の息抜きは、このお祭りだけだった。事件があったにせよ、お祭りは中止になるとは思えなかったのに!
「残念だけど仕方ないですね。もともと町内会町の松田さんには、疫病が流行ってるのに祭りするなって嫌がらせのメールとかもあったみたいで」
幸子の言葉など栗子の耳には届いていなかった。
「先生? どうしたんですか?」
「栗子さん、顔が真っ赤よ」
わなわなと怒りで震える。やっぱり犯人が許せない!こんな事件を起こして、唯一の息抜きのお祭りを奪った!好奇心も正義感もぶっとばして、お祭りまでも奪った犯人を栗子は決して許せることはできなかった。
「滝沢さん!」
「なんですか、先生」
「私、この事件を起こした犯人が許せない!」
栗子の普段温厚そうな羊の皮が完全に剥がれていた。幸子も亜弓もギョッとしている。普段の顔とあまりにも違う。目は怒りで吊り上がり、鼻に皺をよせ、口はへの字にして歯を剥き出しにしている。これは羊ではなく、狼のようだ。
「私はこの犯人を捕まえる!」
「本当ですか〜? っていうかどうやって?」
滝沢は恐る恐る狼状態の栗子に問う。
「あなた達にかかってるわ。滝沢さんと幸子さん。色目を使って容疑者達を調べてきて!」
とんでもない事を栗子は言っていた。亜弓も幸子もただただ困惑するばかりだった。




