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シープルおばさまは名探偵〜秋のパン祭り殺人事件〜  作者: 地野千塩


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お祭り編-5

 その夜、栗子はお祭りの余韻よいんにしたる間もなく遅くまでパソコンに向かって仕事をしていた。


 今回は大正時代のシンデレラストーリーで、華族のお姫様が帝都一の御曹司に嫁ぐ話だ。華族のお姫様といっても、継母に虐められている設定で結婚も無理矢理させられた設定にした。片手には大正時代の文化や歴史の本も置いてあり、頻繁にそれを開きながらキーボードを叩いていた。


 プロットはたった今完成した。まだ企画が通るかどうかわからないが書き始める。描きながらプロットやキャラクター設定を調整して行くのが栗子の執筆スタイルだった。最後まで書き上げて、プロットやキャラクター設定を変える事もある。効率は悪いが、こうする事でより作品の理解が深まって書きやすいのだ。


「しかし、こんな男性は現実にいないわよねぇ」


 出来上がったプロットや最初の章を読み返しながら、栗子の愚痴ぐちっぽい独り言が溢れる。


 今回のヒーローは初っ端からヒロインに惚れ、甘い言葉を吐きまくる。自己肯定感が低くハッキリものを言わないヒロインに、細かく察してあげてもいる。ヒロインが我慢して好きなお菓子を食べるのをやめていたら、ヒーローが気を利かせてお菓子をいっぱい買ってきてヒロインに与える。


 こんな察しのいい男など絶対いるわけがない。甘い言葉の連発もホストじゃないかとも思えてくる。女や恋愛の事ばかり考えている男も気持ちが悪い。仕事しろと言いたい。


 現実の死んだ夫と比べると、あまりにもありえない夢のようなヒーロー設定で、栗子のメンタルは嫌な音を立てて壊れていくのを感じる。


 ヒーローの造形にどんでん心は冷えて、心の奥では「あり得ない!」の大合唱。実際の夫がこんなヒーローだったらどれだけ良かったか。ヒーローのシーンを書くたび、現実の夫との落差を感じて辛くて仕方ない。


 死んだ夫は、そんな気遣いないなどできず、妻より前妻の一人息子を溺愛。陰謀論にハマって常に妻を見下し、食事やフッ素入りの歯磨き粉にしょっちゅう文句をつけていた。添加物入りソーセージを健康に悪いと文句をつけ、歯磨き粉は毒入りだと脅してくる。陰謀論界隈ではソーセージと歯磨き粉は悪魔のように忌み嫌われているらしい。


 ヒーローを現実にはあり得ない造形にすればするほど、現実の夫の影が濃くなって行くようにも感じる。思い出したくない事も思い出す。モラハラ気味で、察する事などできない夫。だから夫にはハッキリものを言うクセができてしまい、この物の言い方はそのまま定着してしまった。若い頃はもっとお淑やかだった気もする。


「ハァ。コージーミステリが書きたい…」


 とりあえず、第3章まで書き上げたが、ここだけでもうメンタルはボロボロだった。


 ヒロインは亜弓に聞いた話を参考に、妾(愛人)にも動じない強いメンタルにしてみたが、だったらここで謎解きさせたいとまで思えてくる。愛人を調べて行くうちに殺人事件の謎が解けるミステリなら田辺哀夜が書いていた。似たような設定はもうできないが、コージーミステリをかける田辺哀夜が羨ましかった。


 もう深夜であり罪悪感も持つが、栗子は今日貰った焼き菓子の袋を開けた。小さめなクッキーでホロホロと口の中で崩れる。栗子のヤバいメンタルを慰めるかのように、クッキーは濃い甘さでバターの風味が強い。


 気づきと手が止まらず、クッキーの袋はカラになっていた。


 クッキーを完食して少しは栗子のメンタルも落ち着いてきた。体重や血糖値の事はとりあえず忘れておこう。


 相変わらず頭の中では、死んだ夫の影が濃くなっていて、作品とのギャップがキツいが。


 とりあえず明日もお祭りだ。


 美味しい料理と賑やかな雰囲気で、ストレス解消もできるだろう。


 仕事も一区切りがつき、データを保存したのを確認後、パソコンの電源を落とした。

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