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9月の後日談



 新学期。お昼休みになると新堂がすごい早さでわたしの席に来た。


「どこで食おうか? べつに教室でもいいけど」


 べつにいつも一緒に食べているわけではない。今日は約束して、新堂の分も作ってきたからだ。


 周りを見回すと、結構な人数がこちらを見ていた。新堂は予告通り身の回りには言ったようだったけれど、彼の交友関係は広いので結果クラスの多くのひとがわたしと新堂が付き合っていることを知ることになった。


 最初かなり多くの好奇の目にさらされたけれど、新堂その人はまったくもって気にせず、いっそ厚顔無恥ともいえる堂々たる態度でわたしに接してきた。その結果、こうやってふたりでそれっぽくしてるたびにジロジロ見られている。七月の中間経過があってもまだどこか半信半疑というか、信じがたいのだろう。


 けれど今まで新堂につられてか、なんとなく遠巻きにしていた層もすごく気軽に話しかけてくれるようになって、ほんのわずか残っていた警戒心に似た敵意もすっかり薄らいできている。

「本当は、相澤さんたちと楽しそうにしてるの見たときから、ちょっと印象変わってたんだよね」とも言われたので、新堂のせいばかりではないかもしれない。


 そういえばこの間松崎紗里奈が遠慮がちに肩を叩いてきたこともあった。用件は「消しゴム落としたよ」だけだったのだけれど、どことなく「それ以上の用はありませんから、余計なことはいいませんから」といった怯えたような遠慮をかもしていて、その不器用さにどことなくほほえましさを感じて少し可愛く思ってしまった。


 うちのクラスはなんとなく明るくて順応性が高い気がする。だからわたしたちのこともそのうち慣れるだろう。


 だからまぁ、話しているところを見られるの自体はそんなに恥ずかしくはないのだけれど。


「空き教室にしよう」


 新堂が頷いてわたしも立ち上がる。


 扉のところまで行って慌てて戻る。肝心のお弁当を忘れていた。


 扉のところで新堂が苦笑いして待っていた。


 空き教室に入って端の机にお弁当箱をふたつ乗せる。


「そんなに弁当見られたくなかった?」


 たしかに、上達してきたとはいえ、同じお弁当を広げるのって、ちょっと恥ずかしい。でも、理由はそれだけでもない。


「なんかさ、教室で話すの……まだ緊張する」


 夏休み中何度か会ったときはふたりだけだった。

 教室に、自分の好きな新堂がいるのにまだ慣れないのだ。


「え、でも、七月もちょっと話したりしてただろ」


「あの新堂と、今の新堂は……なんかちがうんだよね……」


「なんだそれ」


「新堂だって、七月にわたしと話してたとき、今となんかちがったでしょ」


 新堂は言われて少し考えて「まぁ……少しわかるかも」とこぼしてからなにげなくお弁当箱をあけた。


「うわ、見ないで!」


 とっさにお弁当を手で隠した。


「見ないでは食えないだろ……大丈夫だよ、まえも見せてもらったし」


「あれはまだちょっと教室にいるバカの新堂のほうだったし……」


「どういうことだよ!」


 しかし、せっかく作ってきたのに食べてもらえないのも残念過ぎる。


「う……どうぞ」


 断腸の思いで手を退ける。


「いただきます……」


 わたしは熱くなる頰をおさえて新堂のほうをなるべく見ないようにしながら自分のお弁当に集中した。


 新堂もわたしの緊張がうつったのか、はたまた気をつかってなのか、自然ふたりとも無言になる。謎の緊張感に満ちていた。


「あのさ……」と新堂が言って思わずびくっとする。


「な、なにっ?!」


「いや…………美味しい……です」


「なにその、です、って」


 思わず吹きだすと新堂は一瞬だけむくれたような顔をしたけれど、そのあとやっぱりつられて笑った。


「大槻、今日放課後ひま?」


「うん」


「じゃあ……行きたいところある」


「え、どこ?」


「俺と大槻が、たぶん、行っておいたほうがいい場所」







 放課後、新堂に連れられてきたのは帰り道の元バス停だった。夏の間に伸び放題に伸びた草はいつの間にか刈られて、短くなった緑が夏の終わりを静かに告げてるような気がした。

 今はまだ手付かずだけれど、バス停の残骸だっていつかは無くなるんだろう。


 ベンチに腰掛けて隣の新堂の顔を見て、ほっと息を吐いた。


「なんでここ?」


「なんか、話しやすいかな、と思って」


「……うん」


 この新堂と一緒にくるのはまだ二回目で、でも、たがいちがいに毎日会っていた場所。


「俺、ここに来るのちょっと久しぶり……」


 そう言って新堂が目を細めてあたりを見回す。そうか、そうなるか。


「あれだけ俺を嫌ってた大槻が普通に隣に座ってくれてる……」


 新堂がしみじみ言うのでちょっと笑ってしまった。


「わたしはずっと逆だったな……」


「逆って?」


「放課後あんなに優しい新堂が、教室では嫌な顔ばっかりして……ほんと毎日、好きになりそうになるたびに嫌いになってたよ」


 今度は新堂が笑った。


「あいつが馬鹿でごめん……」


「新堂でしょ」


「うん、俺だ……ほんとごめん」


「でも、新堂が慰めてもくれた」


 傷付けたのも、欲しかった言葉をくれてわたしをほんの少し変えてくれたのも同じ新堂。

 あの放課後会っていた新堂は、もうここにいる。それで、教室の新堂も。同時にここにいる。


 それからゆっくりと、話をした。

 あの梅雨の頃の話。


 それはきっと、いまだにほんの少したがいちがいだった現在の時間軸の新堂とわたしを擦り合わせて、一致させていくような作業だったかもしれない。


 終わりかけの夏、夕暮れが近づいて、小さな雨が降った。


 バス停の小さな傘の下で、わたしたちはしばらくその水滴を見つめた。


「そろそろ帰るか」


「え、でもまだ雨降ってるよ……新堂……」


 わたしが言葉を言い終わる前に、新堂が鞄から折り畳み傘を出してみせた。


「あ、そっか、新堂、鞄持ってるんだね」


「そういうこと。でも、もうちょっと……一緒にもいれるから」


「え?」


 新堂が傘を広げて「……送ってく」と言って雨降りの路面に足を踏み出した。


 そうだ。


 わたしたちはもうここから、ふたりで何処へでも行ける。





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