日常
こんな夜中まで学校に残ったのは久しぶりだ。歩いて通り過ぎていく教室の置時計を見ると時刻はとうに下校時間を超えていた。
「今日は本当に助かったの。私一人だときっと朝までかかってたよ。ありがとう、孝輝くん」
「こんなことどうってことないよ。優奈の力になれて俺自身嬉しかったしさ」
と強がってみたがかなりクタクタだ。放課後に放送部の仕事を手伝ってと優奈にお願いされて30分ぐらいで終わるだろうと思って臨んだらまさかの3時間の労働だとは。
「いやー放送部って声だけの仕事だと思ってたけど違うんだな」
「基本的にはそうなんだけどねー。ただイベントがある時はその映像を記録するための機材を用意しなきゃいけないから大変なの」
「俺の中だと放送部って体育祭で日陰にいながら快適に実況する楽そうなイメージが強いからさー」
「それってちょっと偏見過ぎるかも」
優奈は少し困った顔を浮かばせた。冗談でいったつもりだったが少し真に受けてしまったようだったのですぐさま弁解しておく。
しばらく廊下を歩き、目的地の俺と優奈の教室である2-Cにたどり着いた。教室のドアを開けて入ろうとした瞬間優奈が急に声を発した。
「ああっ! 明日読む原稿先生にチェックしてもらうの忘れてた!!
私,舟形先生の所に行ってくるね。すぐ終わると思うから先に校門で待ってて!!」
「いや別に……」
それくらい一緒に行くと声をかける間もなく教室に入って自分の鞄を掴むと風のように俺の脇をすり抜けていった。
行動力の速さは相変わらずだ。
「しゃあねえ、帰りの支度すっか」
暗い教室に電気をつけて入る。
俺の机はクラスの一番前にあるドア側の席だ。
名前順に席は決まっているから雨照 孝輝という名前の俺は番号的に男子の中で一番早い。
机の端に置いてある鞄を持ち上げて中に入った教科書を机に積み上げた。
古文、数学、物理、日本史など計10冊とノート類が山となっている。
先週まで中間テストだったせいで家に持ち帰っていたものを今日全部持ってきたから量がすごいことになってんなー。教科書を持ち帰ってまで勉強したおかげで理数系は手ごたえを感じたけどこればっかりはテストが帰ってくるまでわからないし。
「明日は火曜だから数学と現代文がテスト返しだろうし…………げっ、舟形先生の授業あるじゃん」
教科書の山から『能力開発』と表紙に書かれた教科書とノートを抜き出して、ノートをペラペラとめくってみるがため息しかでない。
能力開発は人が持つ不思議な力が見つかってから確立された分野で比較的歴史は浅い。授業内容は能力使用のメカニズムや発見の歴史、個人の能力向上などの授業だ。
筆記と実技によるテストを行って、50点以上が合格でそれ以下だと補習という居残りレッスンとなる。
「まあ、筆記は満点無理だろうしあの実技の結果じゃ補習は確定だろうなー、ははは」
まったく笑い事ではないが笑わずにいられるか。また、舟形先生とマンツーマンで補習の日々が始まろうとしているのだから。
この二冊だけはボストンバッグに放り込み、残った教科書は机の中へ無理やりねじ込んだ。
「うっし。完了!」
バッグのジッパーを閉めて、教室の外に出ようとしたその時廊下からカツ,カツと足音が聞こえてきた。放課後で静かなせいもあるのだろう。足音がはっきりと耳に響いてくる。
この足音……優奈だろうか。女の子の足音にしては少々落ち着きのないがさつな音のような気もする。
「誰だ、優奈か?」
俺の声に反応したのか足音はクラスの前で消えた。
何も答えない。
「ひょっとして優奈だと思った?」
そんなふざけた声が聞こえるとオレンジ色に近い茶色の髪の毛を持った人物が入口からひょっこりと顔を出す。
「残念俺でした!」
「ああ、バカか」
「え? 扱いひどくない?」
「冗談だよ祐也。でどうしたんだ?」
「いや別にー。クラスに電気が点いてたから誰かいんのかと思ってさー。」
つまり俺に用事があった訳ではないのね。
こいつ初丘 祐也とは去年高校1年生の時からの縁だ。お調子者で俺をいつも面倒事に巻き込む言わばトラブルメーカーと言ったところだろうか。巻き込まれた事件は思い出すのが面倒なほどある。
「祐也はこんな時間まで何してたんだ? 珍しいじゃん」
祐也は部活にも入ってないし生徒会にも所属していない。帰宅部の頂点を目指すとかなんとか言ってたやつがこんな時間まで何してたのか。
「ははは、聞いて驚くなよ。おれはこの建物の最も高き場所にてsleeping devilという強敵と戦っていたのだ! そして負けた!!」
「はいはい,屋上で寝てたのね。てかその英語だと悪魔が寝てることになるぞ?」
「いいんだよ孝輝に通じればな。で、お前こそ何してたんだよ。今日も先生と補習か」
「いや今日は優奈の放送部の手伝いをしてたんだよ。おかげでこんな時間になっちまったけどな」
すると祐也から舌打ちが聞こえた。
「ち、リア充が」
これだけでリア充呼ばわりかい。リア充の定義も狭くなったもんだ。
と、こんなことで時間潰してる場合じゃかった。
「ほら優奈と校門で待ち合わせしてるから行くぞ」
もし先生が見つからなかった場合、優奈は先に校門で待つ可能性がある。祐也とグダグダ喋っていたせいでか弱い優奈を待たせるのはかなり忍びない。
「あ、待てよ孝輝ー」
俺はバッグを肩にかけて教室から出た。




