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天職、悪の女幹部  作者: 西山ありさ
第二幕
7/16

1


一体なにが起こった。


私は思考停止状態のまま、声を発することも、体を動かすこともできないでいた。

というか、物理的に動けない。

右腕を誰かに掴まれたまま、宙ぶらりんになっているのだ。

唯一自由のきく目だけ動かすと、視界に映るはところどころにヒビの入った白い建物、大きな窓越しに見える屋内には整然と並んだ机、椅子……

どこを見ても、さっきまでの景色とはまるで違う。

これは夢か?それとも――


「……うわっ!?」


その時、ものすごい力で上に引っ張りあげられた。

そして重力に従って足が地面についたと思ったら、勢いよく正面から抱きしめられた。


「っ!?ちょっ……!」

「やった!やったぞ、ジリアン!!おれの勝ちだ!!」


見知らぬ人間に急に抱き着かれてパニックになる。

混乱の中、叫び声を上げようとした時――はたと気付いた。

嬉しそうに笑い、私を『ジリアン』と呼ぶこの声には聞き覚えがあった。


「あ、アンタ……もしかして、ブラック?」

「ああ、そうだ!ヘブンブラックだ!」


興奮気味に返ってきた声はやはりブラックのものだった。


「はー、よかった!ほんとギリギリだった!」

「ちょ、ちょっと待って!意味分かんないんだけど!?」


さらに抱きしめる力を強くしてくる男に、とりあえず離れて!と叫ぶと、男は案外素直に解放してくれた。

ふう、と息を吐き、改めて自分の姿を確認してみる。

歩ける、触れる、見える、聞こえる。体に異常はないようだ。

自身を見下ろすと、風に揺れる白いリボンとセーラー服が視界に入った。

これは、まさか。ひょっとして。


「私、生きてる……?」

「そうさ。まあ正確に言えば、生き返った、かな」


と元ブラックは飄々とそう言った。

反射的に顔を上げると、黒い学ランの男子が私を見返してきた。

真っ黒な髪をさらりと流し、黒目がちな瞳で真っ直ぐにこちらを見つめて微笑んでいる。

かつて仮面の裏から聞こえていた涼やかな声も、稽古の時に見たしなやかな肉体も、記憶にある『ヘブンブラック』そのままなのに、その顔には全く見覚えがない。

なんだか変な感じだな、と思いながら、


「生き返ったって、どういうこと?」


と当然の疑問を投げかけた。


「おれの願いだよ。君とおれを生き返らせてほしいって、室長に頼んだんだ」

「……は?」

「子どもたちの人気を集めて10万(ポイント)を貯めたら、どんな願いでも叶えてくれる。でも10万じゃひとりしか生き返れないって言われたから、20万貯めたんだ」


頑張ったんだよ?おれ。と元ヒーローは綺麗に笑った。

――いや、頑張ったとかそういうレベルでは。


「……フツー、10万貯めるのも大変なのに」


呆然と独り言のように漏れ出た私の台詞に、ブラックは


「そう?10万は最初の五日くらいですぐいったけどな」

「…………。」

「でも20万となると、やっぱなかなか。俺専属アンチみたいな奴もいたみたいだし」


平然と、何でもない事のように言ってのけた。

……こいつが戦隊ヒーロー全員に嫌われていた理由を、ようやく理解した。

悪意がない分、いっそう性質が悪い。

悪かったな、イエロー。アンタの気持ちが、今になって分かったわ。


「……それで?」

「うん。ようやく20万貯まりそうって時に、タイムリミットが近付いてるのが分かって。あの生放送の日、ちょうどジリアンの誕生日だっただろ?先に転生されたら、もちろんこの世に生き返ることはできない。マジで間に合わないかと思ったよ」

「え?もしかしてそれが『時間がない』って言ってた理由?」

「そうだけど」

「でも、生き返るならアンタ一人でよかったでしょ?何で私まで……」

「そりゃ、君が好きだから」

「は?」


瞬間、時が止まった気がした。

予想すらしていなかった台詞を、男は簡単に口から出した。


「何驚いてるんだ?」

「お、驚くでしょ。そんな、急に……」

「もともと告白しようと思ってここに呼び出したんだけど。覚えてない?この手紙」


とブラックから差し出された紙切れには見覚えがあった。

たしか、私の靴箱に入っていた手紙だ。罫線の上にバランスよく配置された字で、『大事な話があるから昼休みに屋上に来てほしい』ということが書かれていたと思う。

そうだ、思い出した。

差出人は不明だったが、私はそれを読んでここに来たのだった。


「でも、こんなことなら屋上を待ち合わせ場所にするべきじゃなかったな。もっと中庭とか、校舎裏とか、少なくとも安全な場所がよかった」

「何をのんきな……」

「だって、屋上以外の場所だったら、君はきっと死ななかった」


私はひゅっと息を飲んだ。

ブラックの硬い声。その表情は真剣そのもので、急に居心地が悪くなった気がした。


「屋上のドア開けたら、そこのぶっ壊れたフェンスを乗り越えた君が見えた。で、そのまま」

「…………。」

「急いで走って、手を伸ばしたけど追い付けなかった。今まで生きてきて、あの瞬間ほど絶望したことはなかったよ」

「もしかしてアンタ、私の後に……」

「うん、飛び降りた。すぐに」

「な……」


絶句。今度こそ私は言葉を失った。

非常に疑わしいことだが、百歩譲って本当に私に惚れていたとして。

それでも、屋上から飛び降りた相手を追って、自殺する奴がどこにいる?


「どうして……」

「さあ」

「なに、それ」

「正直、よく覚えていない。ここから落ちたらどうなるかなんて、幼稚園児でも分かるのに。でも、気付けば君の後を追っていた」

「…………。」


めちゃくちゃな論理だった。

その言い分にはひとつも賛同できるところがなく、支離滅裂だ。

誰にも知らせず自殺したと知ったら、親や友人、悲しむ人がたくさんいるだろうに。

そんなことも気にせず、私について行って……死んでしまって。


「でも、いいんだ。おれたちは生き返って、またこうやって現世で会えた。本当に……よかった」


しかし、ヒーローはこうやって〝いい話〟にまとめてしまうのだ。

結末が良ければ、それですべてが丸くおさまるのだというように。

自分の正義を振りかざして、手を差し伸べて、ぜんぶを救ってやったんだと笑う。


「…………ふっ」


ふと息が漏れた。

なんだかひどく可笑しい気分で、笑い出したくなった。


「……どうした?」


急に様子の変わった私を怪訝に思ったのか、ブラックはこちらを覗き込んできた。

私に会いたかった?だから、苦労して願いを叶えて、元通りに生き返らせた?

おあいにくさまだ。


「――私は、生き返らせてほしいなんて、頼んでない」


悪役の私は、やはりその手を取りたくはなかった。


「私は、本当に死にたかったからここから飛び降りた。言ったじゃない、願いなんてなんもないって」

「…………。」

「生き返るなら、アンタひとりで勝手にすればよかったんだ!!私を巻き込むんじゃない!!」


この世界に、希望なんか何もない。そう確信したから私は飛んだのだ。

当然翼はなく、落ちたら地面にぶつかるだけと知りながら、憧れすら抱いていた。

――ヒーローには、到底分からないことだろうが。


私の台詞を最後に、会話は途切れた。

沈黙する私たちの間に晩秋の冷たい風が通り抜ける。

言うべき言葉が見当たらないのか、私を助けたことを後悔しているのか。男の思考は、役者仲間だった時も生き返った今も、さっぱり分からない。


「あのさ」


たっぷり数分の間を開けて、ヒーローは再び私に視線を向けた。


「そもそも、ジリアンはどうして自殺したんだ?」

「……アンタに関係ない」

「あるよ。だって君に惚れてるし」

「……それも、意味わかんない。私たち、会ったこともないのに」

「うーん、やっぱり視界に入ってなかったのか。傷つくな……」


本当に他人に興味ないんだもんなあ、とブラックは肩を落とした。

そうは言われても、本当に知らない。

彼に言わせればどうやらお互い面識があるようだが、少なくとも私の記憶の中にはなかった。


「まあいいや。とにかく話してよ、君に何があったのか」

「嫌。関係ないって言ってる」

「関係ある」

「なんで?私はアンタのことなんか……」

「おれは、君に生きてほしいと思った。だから死ぬ物狂いでヒーローをやって、(ポイント)を貯めた」

「私自身は望んでいない」

「そう、君を生き返らせたのはおれの独断だ。だから、おれは君の〝生〟に責任がある」

「…………。」

「言っておくけど、君が自殺したら、おれもまたすぐに死んでやる。そして(ポイント)を集めて生き返る。もちろん君とね」

「な……」


私は愕然とした。

驚いて顔をあげると、男は全然冗談を言っている風ではなかった。

もう生きていたくないと言っているのに、この男はあくまで私に〝生〟を突きつけるらしい。

それは、もはや正義の範疇を超えているのではないか。


「……アンタ、頭おかしいんじゃないの」

「ハハ、初めて言われたよ、そんなこと」

「いや、普通に気が狂ってるとしか」

「まあ、君限定で、かな」


おれは聖人じゃないからね、などと正義の味方はのたまった。


「とにかくさ、話してくれる?君が死を選ぶほど絶望したのは何故か」


男の両の目がじいっと私を見つめて離さない。

どうやら私はこいつに話をするまで逃げられないらしい。

死ぬまで……いや、死んでも追いかけてくるつもりとか、なんて厄介なんだ。

はあ、と大きなため息を吐く。


「……聞いたところで、時間の無駄になるだけと思うけど」


と前置いて、私は生前の自分の記憶を呼び覚ますことに意識を向けた。




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