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異変








  ……寒い


      冷たい


         暗い


           ……痛い





 意識が暗転から浮上しても、視界に色は戻らなかった。

 恐らく目隠しでもされているのだろう。歯に硬い感触を噛まされていることから口も封じられていると思っていい。当然手足には枷が嵌められている。


 まったくこの私に何たる仕打ちか。息苦しく、痛みとは別に身体が動かない。

 だがそんなことよりも異臭とカビ臭さで満ちる牢屋なぞに高貴な我が身が置かれている方が我慢ならなかった。


 ふざけるなよ愚民ども、国王はこの儂だ。数年早く生まれただけの出来損ない(レイモンド)よりも自分の方が圧倒的に王に相応しい。

 このフィリアムは儂のモノ。延いてはミロス地方を統べる王国の影響力を使って大陸中に儂の威光を示すのだ。そのために格下の公国如きと手を組んでやったのだから――



「いい加減喋る気になりましたか」



 凛、と鈴の音のような声が牢獄になる。劣悪な獄所下でその音色は瞬く間に拡散反響し、水が地面に染み込むように空間に溶け込むと、まるで風が通りぬけて心まで清涼された気になる。


「叔父上―――いえ、反逆者エファイト」

「これはエリナ様。ご機嫌麗しゅう」

 

 嗚呼、だが愚兄は最高の置き土産を用意してくれた。それだけは評価せねばならぬ。

 辺境から来た女を王室に迎え入れると聞いた時は遂に気が狂ったのかと驚いた。

 何せあそこは未開の地。あんな所にいるのなんて野蛮人か変な病気を持ってる者くらいだと思ったが、蓋を開けてみれば今まで出会ったどの女よりも美しく、抱いてきた数多の雌共が霞むほどの唆る身体つきをしていた。


 故にその女――カエデを我が物とするべく色々と画策してきた。


 特に出自を理由とした反対には多くの賛同が得られた。当然だ、歴史あるフィリアム皇后の座にそんな素性の知れない女を宛がう訳がない。少し煽るだけで簡単に貴族の支持と民意を味方に付けることが出来た。

 フィリアムが絶対王政を敷いてるとはいえ優柔不断なレイモンドの事だ。世論を押し切ってまで自分の我儘を通すことなどしない筈だ。

 奴が日に日に衰弱していった時は国王の座を掠め取られたことも相まって痰飲が下がる想いだった。このまま内外から攻めていけばやがて女を諦めるだろう。そうやって後ろ盾を失った女を介抱した後に悠々と娶っていけばいい――



 しかしその目論みは叶わなかった。



「よくもそんな態度を取れるわね。私の手がお前を八つ裂きにしないよう必死で押さえてるというのに」


 結局カエデは儂の下には来なかった。あともう少しという所で横から〖白銀妃〗が入り込んできたかと思えば贈り物(・・・)まで用意して奴らを祝福したのだ…!

 そのせいで反対派の意見は封じられ、後には手のひらを翻した者達の祝言で国中が満たされた。


 巫山戯(ふざける)なっ! こんなッ…こんな横暴が罷り通っていい筈無かろう! 腹立たしい、不公平だ。何故いつも何時も奴ばかり…!


 だが運は儂を見放さなかった。腹立たしくも皇后となったカエデは3人の子を設け、その長女が母親とよく似た成長を遂げたのだ。日に日に軆が熟れていくのを見ている内に、嘗て何度も夢抱いては諦めきれなかった渇望が再燃するのを感じ取り、今度は手から逃さないべく行動に移したのだ。


「これはとんだ失礼を。せっかくお目通りが叶ったというのに視界を塞がれては何も見えないものでしてねえ」


 だから早く布を退かせ。この眼にあの女(カエデ)の面影を色濃く残すお前を映させてくれ。妹が心配なのだろう? 平伏しながら家族を返してと懇願出来たらすぐにでも貧乏人(ルドリヒト)から取り上げてみせようとも。

 其方と違いミロス人(レイモンド)の特徴をそれなりに受け継いでるアルシェ姫に然程興味は唆られないが、それでもあの可憐な容姿だ。妻にはエリナ一人と決めていたが、ここは姉妹共に迎え入れる寛大さを見せようじゃないか。


「貴様ァ! 誰に向かってそんな口を利いている!?」

「そういうお前こそ誰の許しを得て朕を取り押さえている! 未来の皇帝相手にぞ!?」


 そんな風に妄想を膨らませていたら上から押さえつけられ、厳しく睨みつける。一般兵如きが王族の会話に割り込むな! 貴様なんぞ家畜の餌にでもしてくれるわ!


「それがあなたの本性ですか。成れもしない妄執に取り憑かれたばかりか国王陛下への謀反を企てるとは」


 違うっ、これは妄執などでは断じてない! 儂は貴様を従えてこの国の王となり、果ては大陸を統べる覇者となるのだ! そのために奴が持ちかけてきた計画に乗り……………ならどうして儂は此処にいる?


 王なら頭を押さえられて這い蹲ったりしない。

 こんな薄汚い牢屋なんぞに監禁されていない。

 ずっと求めていた女に見下されたりしない。


 何故だ、なぜだなぜだなぜだ。


 儂は王に為れないのか? ここで惨めな最期を迎えるのか? 己より劣ると思っていたレイモンドに地位も女も奪われて汚名を着せられながら死んでいくのか…



――この耳飾りを片時も離さず付けるのです。何かあってもあの(・・)御方(・・)が助けてくださるでしょう。



 そんなのは嫌だ、認められない。

 儂はまだ何も果たせていない。


 愚兄や媚びを売るだけの取り巻き、馬鹿な民衆に他国の猿ども、そして最後まで儂を行け入れなかったカエデの娘たるこの女に憐れみを向けられるのは我慢ならん。そんな生き恥を晒すのは御免だ!


 私はムデロ=エファイト、五大国筆頭フィリアムの正統なる王! ()に仇なす者には極刑を――いや天罰を与えてやろう!!



 リン…








「エリナ様の御前だぞ! 黙ってないで答えろ!?」


 おおよそ部位ごとの周径が等しく見える肥え太った体に、目や鼻が痛くなるほどの装飾や香水を付け、気色の悪い笑みを浮かべるその男を私はよく知ってる。

 私とは叔父と姪の関係にあたり、今は隠されているが昔からこの(ねば)ついたような視線が嫌いだった。


 年齢が二桁を超えたぐらいから急に胸が大きくなり始め、そのせいで周囲から不躾な眼で見られることが多々あったが中でも顕著だったのがこの男だ。

 下心が透けるどころか開けっ広げに近付き、ブクブクと脂ぎった手で身体を触られそうになった事は数知れない。


 幸い妹や弟には関心が無かったおかげで被害はゼロに抑えられ、存在価値と釣り合わない王弟という立場から面と向かって注意できる者がおらず増長していたところをボコボコにして城門に吊るしておいた。

 それ以降遠巻きに眺めることはあっても前ほど絡んでくることはパッタリと無くなり、お飾りの十傑で満足してると油断した矢先の謀反だ。


(この男のせいでアルシェは……)


 今すぐ八つ裂きにしてやりたいが情報を吐かせた後だ。

 今回の襲撃に関わった組織と人数、アルシェの居場所、そして首謀者を明かしてからでないと処分できない。

 アルフリードが押収した証拠品の中には遠くの者と会話できる古代級魔道具(アーティファクト)もあったが、此方からの呼び掛けに一切応答がなく勘付かれた可能性が高い。故にまだこの男を生かしていた。


「返事を、しろ!」

「ぐっ、」


 しかし腹立たしいことに決して口を割らない。

 用済みになれば処されると分かっているのだろう、会議でも拷問や処刑といった悪趣味な量刑だけは積極的に発案していたため自分がそれに掛けられることを恐れたのだ。

 訓練された兵士でも耐えられない尋問を数日間受け続けても一向に折れる様子が無い。


「もういいです。下がりなさい」

「はい!!」


 短く声を掛け、後ろに控えさせる。


「こうなれば()を使うしかありませんね。あまり予備が無いので出来れば取っておきたかったですが」


 

 リン…




『っ、今の音は…! エリナ!!』


「エスタ様? 後にしてください、今構っている暇は…」


『そうではない! そいつの耳飾りをよく見ろ、何かある!?』



 言われて初めて気づいた。

 あれは、鈴のアクセサリー?

 以前は付けていなかったがいつの間に





『あれ、バレちゃった? じゃあもういいか』




 

 違うッ、ただの鈴じゃない!

 あれには霊()の痕跡がッ――




 リン…




「うぐっ!? お、う…ガアアァァ!!」


「エリナ様!? こいつ急に苦しみ始めて!」

「この場から逃げなさい! 今すぐに!」



 狭い独房に鈴の音が響くと、それに呼応するかのようにエファイトの身体がうねりを上げて空気が振動する。




〝弾けて反響(なら)せ〟





 拙い!! 【乖権(かいごん)】が、発動する!





    リィン……




「っ、エリナ様!!?」



 声に反応した時には、背中から黒翼を生やした何か(・・)が高速で迫っていた。

 そのナニカが人を簡単に貫けそうな鉤爪を、エリナに向けて突進してくる――



 ザシュッ!!





嗚呼(ああ)アっ、エリナ様ァァーー!!」




 噴き出した鮮血が、空中を舞った







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