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【嫉妬】


 今話はちょっとだけお下品注意です。




 それは、私の誕生日を祝うパーティでのことでした。

 まだ幼いながらも社交界の華として初めて表舞台へと上がった私は、フィリアムの第2王女が聖女の称号を賜ったというのもあり凄くたくさんの注目を浴びました。

 美味しそうな料理や、この日のために仕立ててくれたドレスにも気が回らないくらい緊張していましたが、姉さまがずっと横でフォローしてくれたお陰で何とか体裁だけは保つことが出来ました。


「ごめんなさい姉さま…」

「最初は皆そんなものですよ」

「姉さまは、どうだったんですか」

「私? 別に普通でしたけど」


 事も無げに言い切るお姿がいつも以上に大きく見えました。他国との政治・交流において姉さまほど頼りになる存在はいません。この時の私にとっては正に救世主でした。


「やっぱり姉さまは凄いです!」

「褒めてばかりでなく貴女もいずれこうなるんですよ」


 (よわい)一桁にして既に大陸随一のロイヤルレディとして名を馳せるばかりか、統治者では五大国筆頭(フィリアム)の中枢に据えられ、極めつきは最も名乗るのが難しいとされる最上位二つ名(プリンセスコード)の拝命にまで至っている。


 これで憧れるなと言われる方が無理です。次は私と言われても実感が湧きません。

 既に国内外から絶大な支持を得ている姉さまと並ぶ姿が想像出来なくて、これから事ある毎に話の引き合いに出されることを思うと不安で堪りません。


「大丈夫。心配しなくてもすぐに追いつくわ」


 でも震える手を優しく包みこんでくれたのも姉さまでした。


「貴女は私に無い可能性を秘めているんですもの。だからきっと大丈夫、焦らなくてもその内皆アルシェを認めてくれるわ」


 コツン、額と額が合わさる。

 それが姉さまの昔からの落ち着かせ方でした。


 最も信頼できる存在が最も近くに居てくれる安心感。それにより元気を取り戻した私は初めての顔見せと挨拶回りを終え、緊張していたのが嘘みたいに誕生日パーティを楽しむことができました。


――あの瞬間までは






「あの瞬間?」

「突然令嬢の一人が私たち姉妹を糾弾したのです。姉さまが耳を塞いだのでハッキリとは聞こえませんでしたが、私達に恨みを持っていることだけは分かりました」


 あのパーティで取り押さえられた女性は僻地の修道院へ飛ばされたと噂で聞きましたが、その後も似たような事例が続いたそうです。

 おかしくなったのは男性も同じで、彼等は怨嗟をぶつけるのではなく私達の美しさを讃えながら廃人と化すか、中には強硬な手段を用いてまでフィリアムに取り入ろうとする者がいたそうです。


 その頃からです。姉さまが私を人目から遠ざけるようになったのは。


「後の事はカナエ様にお話した通りです。私は正式に聖女となり、王位継承権と国内での影響力を殆ど失いました」


 口さがない人達には、私が彼女らの嫉妬心を煽ったり男を誑かしたりする悪女だと言われました。

 きっと悪評に苦しめられる私を見かねたのでしょう。姉さまが私に近づいて、それから――……あれ?


「私が城から出してもらえなかったのは、何も出来ないから…じゃない? 姉さまが私を護るため、に」



「ここまでだな」



 瞳を閉じ、アルシェに掛けた幻術を解除した。同時に彼女の身体からフッと力が抜け、抱き止めた際には健やかな寝息が聞こえてくる。


 今使ったのは「夢幻」 


 対象の無意識領域(・・・・・)を支配する霧の4性質の一つであり、視覚を介した【真偽の瞳】で脳内を支配(ジャック)――特性「精神干渉」によって封印され本人さえも覚えていなかった記憶をこれで聴き出すことが出来た。


 ヒトの脳は未だ詳細なメカニズムが解明されてない完全なブラックボックスだ。

 しかし活動原理のほぼ全てが脳に集約してるのは間違いなく、そこを押さえてしまえば意識が有ろうと無かろうと目が合った対象を自由自在に操ることが出来る。

 例えば《幻痛》で在りもしない痛みを再現したように、やろうと思えば生命維持機能を失わせたりも可能だ。

 流石の俺でもメカニズムが解明されていない脳を100%掌握し支配するのは不可能に等しい。これも魔力…いや霊力とスキルが有って初めて為せることだろう。


「エリナ=フィリアムか。俺以外で精神干渉系の力を使うやつが居るとは…」


 しかも心を護るためとはいえ実の妹(アルシェ)にだ。


 アルシェ曰く呪術のスペシャリストで俺の「霧」とは厳密には違うだろうが、精神値が高く、上級魔法でも抵抗(レジスト)されかねない相手に気付かれず何年も掛け続けるのは、その辺の害獣やら醜男(スヴェン)やらで色々試した今の俺ですら難しい。

 一つ間違えば簡単に精神を崩壊させてしまう力を支障無いとはいえ踏み切って使っている辺り、完璧に制御できる自信があるのか将又イカれてるのか……どちらにせよ相当な術者だ。


「姉の方にも俄然興味が湧いてきた。けど――今はこっちだ」


 横に逸れようとした意識を興味から遠ざけ、本来の目的に着手する。何故今になってアルシェの記憶を掘り起こそうと思ったのか。そこに知りたい情報があると俺の直感が告げたのだ。そして実際にあった。


「貴族連中がこぞって発狂、豹変……間違いなく【嫉妬】の影響だろうな」


 俺の【傲慢】や【色欲】と同じ「証」を冠する称号。

 それを初めて見た時からずっと気になっていた。

 

 前者は元々の性格的に獲得していても違和感なかったが、この世界にきて【色欲】を得てからは趣味や嗜好がガラリと変わった。

 俺に猟奇的快楽を植え付けた代物である故、アルシェにそれが宿っても不思議ではないし注意深く観察したが一向に狂気は見られなかった。

 だが先日の一件から証保持者に影響を及ぼすという知見を得、これまでの前提を覆して考えたところ一つの可能性に行き着いた。それは――


アルシェの周りで(・・・・・・・・)嫉妬を(・・・)()いた(・・)()()その(・・)感情(・・)()増幅(・・)され(・・)破滅(・・)する(・・)。王族とは言えこんなのを抱えて公の場に出せる訳ないか」


 状態異常『嫉妬』  それは「体力」と「精神」を著しく損なう代わりに「力」を限界以上に引き上げる狂化の発症(バーサーク)と、思考を麻痺させて正常な判断を奪う危機感の喪失(セーフ・ロスト)

 

 更にそれを所持しているのが地位も容姿も実力も兼ね備えた全ての女性の憧憬(カリスマ)だ。

 平民ならいざ知らず、見栄や上昇志向の強い上流階級の女にこれを羨むなと説得する方が無茶というもの。異性でもアルシェに男の影がチラついたら駄目なのは過去が証明してるから回避するのも容易ではない。

 むしろ未だ当人に気付かせないその手腕に感心する。


「しかし何ともチグハグだな。サポーターに特化した能力である以上味方を頼らないといけないのに、その周囲を巻き込んでしまう体質なんだから」


 アルシェのレベルが低かった原因もそれだろう。魔物から得られる経験値は倒した本人に与えられるが、付与魔法なら掛けた側にも幾らか分配される。

 なのに初めてステータスを見た時のアルシェのレベルはたったの19。

 この世界でずっと生き、最上位二つ名を与えられた割には召喚されて1ヶ月にも満たない俺に抜かされている。

 覚醒した獣を多く狩ってるとはいえ明らかにおかしいと思ったが、その理由が彼女自身にあったなら納得もいく。


 アルシェの臣下は(エリナ)が選別したと言っていた。

 なら【嫉妬】に狂わない者を慎重に見極める必要があり、頭数を揃えるのに相応の時間が掛かったはず。

 要するにレベル上げをしようにも出来なかったのだ、主に【嫉妬】のせいで。


「つまりアルシェの姉も【嫉妬】が与える影響を知ってたってことか。記憶操作の件といいどこまで…」


「ふわあぁぁ~~…」



 再び思考が逸したところに気の抜ける欠伸が聞こえてきた。うちのお姫様が起きたらしい。



「んみゅう……」

「随分遅い起床だな。アルシェのくせに生意気」

「うぅん……?」


 俺の胸に凭れかかり眠気眼を擦りつけてくる。

 匂いフェチなのか、気に入った香りを見つけると顔を(うず)めて口元が綻ばせるから無理に剝がすことはしない。初日からずっとこんなこんな感じだ。

 寝起きに弱く、寝惚けが収まるまで甘えてくる。


「えへへ~~♡  カナエさまぁ♡♡」


 好意を隠さないのは普段と同じだが、聖女と王女という2つの仮面(ペルソナ)を被ってない状態なので気持ちに歯止めが効かないのだろう。

 愛愛(ラブラブ)オーラを全面に出してアピールするのを愛でながら、このアルシェも美味しく頂こうと画策したところで瞳に理性が戻り、ここまでだと悟った。


「♡♪ ん~~…? あ、れ……ッ゛!?」


 しかしタダで見送るのは勿体ないと、悪戯心が囁くので油断しているところに唇を落とした。勿論舌もねじ込んで。


「んっ……ぷはっ! はっ、はっ――///」


 うーんエロい。これで聖王女とか無理でしょ(n回目)

 いやネタじゃなくて、顔を羞恥に染めながら涎を拭うのを見ると、人前にこの美少女を晒すとかそれもうテロリストじゃん。

 性格終わってるのは自覚してるが誰彼構わず狂わして悦に浸るほど外道ではない。殺るなら犯罪者に限る。


(わたくし)のからだをご所望ですか? 少々お待ちを」

「いやいい、ちょっとした出来心だ。まだ回復してないだろ」


 肩から落ちそうになっていた服を正してあげる。

 今日は朝から盛り始めて、途中で意識が飛びかけてたから休憩ついでに催眠を施して情報を引き出したのだ。

 万全とは程遠く、ヤってもすぐにまた潰れるだろう。


「口惜しいです。私に体力があればもっとご奉仕できたのに」

「十分だと思うぞ? 俺が疲れ知らずなだけで」


 こればかりは相手が悪かったという他あるまい。

 経験なんて無いのに娼婦のように扱われ、そのお陰で【色欲】の破壊衝動もある程度抑えられるんだから、むしろよく尽くしてる方だ。

 いくら惚れている相手とはいえ、聖女姫たる尊厳を捨てて奉仕に徹するのは肉体的にも精神的にも参るだろう。


…………ん? 尊厳?



(寝惚けててあまり覚えてないけど、さっき姉さまの事を呟かれてた。私が至らないばかりに興味を持たれてるんだとしたらもっと頑張らないと!)

 


 ふと思いついた。広範に影響を齎す【嫉妬】を制御することは出来ないけど、あくまで俺自身の問題である【色欲】は何とかなるのではないかと。

 謎に気合を入れているアルシェを見ながら、頭の中で〝そうなった時の問題〟を一つ一つ潰していくと正に理想とするシチュエーションが思い浮かんだ。


(これならイケるな)


 可愛い可愛い俺の女(アルシェ)を撫でてやれば、気持ちよさそうに身を寄せてくる。


 そんな心底慕ってくれる彼女だからこそ心の中で謝罪した。



 こんな最低な勇者で申し訳ない、ってね♪






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