黒い者のはなし
ナーチルの過去編です。
自分の一番最初の記憶というものを憶えているだろうか。
私の場合は、真っ赤な世界だった。
辺り一面が真っ赤な炎に包まれており自分はその中心でそれらに守られるようにして佇んでいる。
周りの何もかもを焼き尽くし、遠くで人の叫び声が微かに聞こえた。
そこから場面は切り替わり、神殿の中央にある陣の中に閉じ込められている記憶に変わる。
何日間そこにいたのかは分からない。人がやってきたこともなければ食料や飲み物も与えられず、空腹のままただそこに座って生きながらえているだけの日々はある日、途端に終わりを告げた。
その部屋に転がるようにして入ってきたのは、真っ黒い中に少しの白が混じった髪の持ち主だった。
「はあ、はあ、やっと、見つけた」
その人は私を視界に入れると荒く呼吸をしたまま膝に手をついた。
呼吸が整ったのか深呼吸を何度かした後、私が座っている陣へと歩み寄ってきて陣の外側から扉をノックするようにコンコンと空間を叩いた。
「ふう…随分いい加減な結界陣ですね、君ならこんなの簡単に破れたでしょう」
当時の私は、目の前の人物の言っている意味が半分も理解できず、ただただ首を傾げるだけだった。
「ああ、制御ができないのなら活用もできないかもしれませんね、すみません」
理解できていないと分かると、すぐにその人は笑顔になって、これからは私が教えてあげます、と何故かとてもいい笑顔で胸を張ったのだった。
その後、様々なことをこの人、マクロス神官長から教わった。
私が5歳だということ、魔力量が膨大で制御しきれていないこと、そして私が自分の村を焼いてしまったこと。何がきっかけになったかは分からないが、私は村を焼いた以前の出来事を忘れてしまったらしい。
「幸運にも死者は出ずに済みましたが、村は壊滅状態になってしまいました。重傷者が出たとも聞いています」
村を焼いた事実は、たとえそれを憶えていなかったとしても幼い子供には衝撃的だった。
しかし神官長は、子供だからといって残酷な実情を隠すことをしない人だった。制御できるようになったら一番に謝りに行きましょう、と微笑んでくれた。
「魔力の爆発に気づいた神殿の者が村に向かった時、君は焼き炭の真ん中で眠っていたそうです。おそらく突然の暴発で魔力が底をついたのでしょうね。それでそのまま君を持ち帰り、また暴走しないようにこの陣にいてもらったのですが、この陣の作成者はちょっと気まぐれでしてね、君を陣にいれたあとすぐに辺境へと飛んでしまったんです」
見つけるのが遅れてすみませんでした、と謝る人を見つめてボーッとしているとその人は、先ほど壁があるようにノックしていた場所をなんなく通り過ぎ陣の中に入ってきて私を担ぎ上げた。
「さあ、覚えることがたくさんあります。まずは腹ごしらえをしましょう」
それからというもの、神官長直々に魔術を教え込まれた私は10歳になるころには、すっかり制御も覚え神殿の大人たち殆どを上回る魔術師になっていた。
その頃から次第に神官長から結界を張る仕事が回ってくるようになった。
結界は魔力の量と質が同時に必要となるとても面倒くさい仕事であったが、当時の私は尊敬する人物から頼まれるということに子供らしく喜んで作業した。
13歳になれば、城下のアカデミーへ通うように言い渡された。正直、今更基本など学んでも仕方ないと思い断わろうとしたが、神官長が頑として許してくれず、渋々通うことになったのだ。
アカデミーでは発達途上らしいいたずらやいじめが蔓延していて、我関せずとすていた私も、過去の事件のことで一時期は格好の餌食となった。
しかし、アカデミーは完全実力主義だ。実技の授業で完膚なきまでに叩きのめすとそれ以降はわざわざ私に近づいてくるものはいなかった。
卒業し神殿に帰ってきた際、神官長になぜ私をアカデミーへと送ったのか聞いてみると、精神的に強くなってほしかったのだと語ってくれた。
神官長の時代は、まだまだ《闇人》の概念が強い時代で徹底的に鍛えられたらしい。それに魔力持ちというのは何故か貴族に多いため陰湿ないやがらせも多いのだという。
確かにそうだったかもしれないが、あまり良く覚えていないと言えば、お前には必要無かったかもしれませんね…と遠い目で言われた。
それから6年、24になった私は神官長と陛下によって着々と仕事量が増え、いつの間にか副神官長となっていた。




